第十六話 融 和・・・・・奇妙な共同生活


 

 十一月二十五日、土曜日に純姉さんと秀樹兄さんが来て今月末にこの部屋に住む人が今日来るからと話され、契約をするからお前も立ち会えと云ってきた。

 今までそんな話は一言もなかったのに、いったいどんな人が来るのか?でもあの部屋にはトイレもお風呂も台所もなかったけど??もしかしたら今流行りのシェアハウス、なんて思っていたら畑の中の道を赤い軽自動車が・・・・あれぇっ、ちょっと見たことあるぞ。


 まさか、まさか、まさか・・・やっぱり梶ちゃんだ、いったい今日は約束なんてしていないし梶ちゃんの友達が借りるのかな?なんて思っていた。

 しかし、車の中には梶ちゃん一人の姿しか見えないし、契約者とは関系ないのか!なんて思っている俺だったが、寝耳に水とはこの事なのかも知れない。


「梶ちゃん待ってたわよ、部屋の中見る?やっと出来たのよ。いろいろ条件があるけど、これから兄さんから説明があるから納得出来たら判子押してね」


「純さん、本当に私に部屋貸して頂けるんですか?でも、場所は・・・って、まさかこの家なんですか!だってこの家は関矢君が一人で住んでいるんじゃ・・・・でも、もう日にちも無いし、話だけでも聞きます」


「梶谷さん申し訳ないね、わざわざ来て頂いて。この話は実は死んだ親父が決めていた事なんだよ、其れで純の会社で部屋を改築してもらってやっと完成したんで来てもらったんだ。部屋を見てどう?気に入ってもらえた」


「おじさんが私に?部屋は気に入りましたが、トイレや台所、それにお風呂はどうしたら良いのでしょうか」


「其処なんだよな。この家には浩史がいるからちょっと問題なんだが、当然だけど部屋には鍵が付いているし風呂にもつけてある。つまり、お風呂もトイレも台所も、浩史と共有と云う形で納得して頂ければ嬉しいんだが。其れと条件なんだけど、男と女同じ屋根の下での生活なので、鍵は風呂もトイレも部屋もしっかりと掛けてもらう事。あいつは俺達の弟だから何もしないとは思うけど、其れこそあったら大変な事になってしまうからね。それとこの地区は「連」があるから、必ず誰かが家に来ることはしょっちゅうだから・・まっ、殆どが様子見だけどね。気にしなければ問題は無いよ。細かい所は浩史と話し合ってもらうけど、どうだろう?」


「純さん、私はどうしたら良いの?部屋は借りたいけど、関矢君は問題ないの?私は未婚の妊婦だよ。おかしな誤解がうまれたら関矢君に申し訳ないし、それに家賃の問題もあるし」


「それなら問題ないよね、浩史。家賃は今まで妹さんと半分ずつで幾らだったの、其れと同じくらいでいいよ、ねぇ浩史。其れから浩史が夜帰ってくるので夕食を作ってくれるなら水光熱費はタダって事でどうかしら、此れから赤ちゃんも産まれるし、あまりお金は使いたくないでしょう。其れに赤ちゃんをお風呂に入れやすいように洗面所は広くとってあるから、此れならお風呂に入れやすいし、着替え交換も出来るから鍵を掛けておけば浩史に見られないよ」

 

「俺は梶ちゃんの裸なんて見ないよ、純姉さん酷いなぁ。梶ちゃん、俺はそんな事は絶対にしないからね、全く、なんてこと言わせんの。それから夕食造ってもらえんならそれでいいよ、でも無理は絶対にしないでよ。其れと俺が早く帰ってきた時や土・日の休みの時には出来るだけ俺も作るから、面倒はかけないようにするよ」


「それじゃ決定で良い、浩史と梶谷さんが了承してくれるんなら俺からはなんの云う事はないので。梶谷さん、契約書はこれだから。今、行った事を追記して有るので此処にサインして判子押してください。そして引っ越しの日程は今月末からでも良いし、来週の土曜日なら浩史も休みだろうから手伝えるよな。純もいるし、出来るだけの協力はさせてもらうよ。親父が死ぬ前にさ、お袋が梶ちゃんを気に入っていたと云ってさ、それで困っているんなら出来るだけ協力してやれって。俺たち病院に呼ばれて、この部屋の改築の設計も実は親父が書いた通りに造ったんだよ。だからさ、借りてもらえると俺達も親父の遺言の一つを守ったと云う事になるんだ。今日まで浩史には伝えていなかったけどな」


「本当に俺は何も聞かされていなかったし、本当の話なのかい、其れ」


「あぁ、本当だよ。知らないのはお前だけ。サプライズだよ、サプライズ・・親父からのな」


 

 翌月から、俺と梶ちゃんの奇妙な共同生活がはじまった。

 三十三歳・妊娠八カ月の未婚の女性と三十三歳未婚の男、元カノと元カレとの共同生活、誰が思ってもそれは可笑しいだろ、他人事ならそう思うけれど実際に俺たちは始めてしまった。

 

 引っ越してきた梶ちゃん、純姉さんに連れられて大きなお腹を抱えての近所への挨拶回り、中には同級生の家も有るのでそれなりに時間はかかる。

 果たしてこれからうまくやって行けるのだろうか?とは云っても大家と間借り人との関係なのだと割り切る事しか出来ない。


「どうだった挨拶回り、何か変な事言われなかった」

 

「浩史、なに言ってんの。この地区の人たちは皆いい人ばかりだよ。おじいさんの葬儀の手伝いをしてくれていたんでみんな顔見知りで良かった。子供たちとも仲良くなれたしね!皆、梶ちゃんの人徳だね」


「純さん、本当に有難う。私、挨拶回りなんてした事なかったし不安だったけど、回って見たら皆さんあの時に良くしてくれた人ばかりだったから安心しました。それに子供たちがお腹を触ってくれて、お腹の子も喜んでいたようで沢山動いていました。子供達にはきっと会話が出ているんですね」


「へぇ、梶ちゃんのお腹の赤ちゃん動いているんだ、初めて知った。安産祈願の時にはまだ動いていないと話していたような。そうなんだ?動くんだぁ!」


「あらぁ浩史ぃ、もしかして貴方も触りたいのクックックッなんか興味ありそうね。でも駄目だよ、あんたは他人で大家なんだから触ったらセクハラになるからね」


「いやっ触りたいわけじゃないけど、どう動くのか俺だって知りたいなぁって思っただけだよ。セクハラになるのは知ってるよ・・・梶ちゃん御免、変な気持ちで言ったんじゃないからね」


「あっははは、大丈夫よ関矢君。あなたがそういう人でないのは皆知ってるから、純さんは弟の浩史さんをからかっただけだから、謝らなくていいの。私気にしていないわよ」


「まったく浩史は、何でも真面目に考えるんだから、こういう時は素直に触らせてくださいって言えばいいの。ねぇ梶ちゃん、浩史に触らせてあげれば・・あなた達はまだ手を繋いだことも無いんだから・・それくらい、姉の私だって知ってるのよ。良い機会だからお腹触ってみれば、但し服の上からだけよ。梶ちゃんお願い、浩史に触らせてあげて」


「別に触ってもいいですけど、純さんその前に、私達が手を繋いでいないは余計な事ですよ((笑))。ねぇ関矢君、お腹触っていいわよ・・ウフフ但し、服の上からね」


「えっ良いの。おぉぉう、動いてるよ。其れも元気に・・・ここに居るよって話しかけてるみたいだね」

 

 「はいっ、もうお終い。それ以上は本当にセクハラなってしまうからね、それにそろそろ地区の人が挨拶返しに来るからお茶の準備しておいて」


 「えっ挨拶回りで終わりじゃないんですか、挨拶返しも有るんですか?初めて知りましたぁ」


「そうよ、この地区は挨拶回りをして、挨拶返しを迎え入れてそれで初めて地区の人として迎えてくれるの。これをする事によって繋がりを大事にしているのよ、ちょっと面倒くさいけど、それでもその御蔭で助かっているのは事実よ。私が嫁いだ隆さんの地区はやんないけどね」


 純姉さんの思惑通り、間もなくしてして地区の人達が其々手土産を持って梶ちゃんに挨拶返しにやってきた。

 この地区はこうして、挨拶をしたら必ず挨拶返しをしてお互いに家に入れる事で自分をさらけ出して仲間入りを許されるようになっているのだ。

 これを断れば昔で言う村八分的な事になってしまうので近所付き合をしたくなければ断ればいい、でも二分の葬式と火事だけは皆が協力をしてくれようになっているので、本当に困った時には安心できる、便利なシステムなのだ。


 秀樹兄さんや純姉さんは、梶ちゃんは間借り人だから本当はしなくても良いのではと考えていたらしいが、秋江おばさんから「面倒な事になる前に筋だけは通しておいた方が良いから」と忠告されていたのだ。

「連」の付き合いは意外と固いので筋さえ通しておけば、皆顔見知りになるし本当に気軽に声を掛けてくれるので、一人身になってしまった年寄りにも安心して過ごせる、多分、都会の人では理解できないだろう。


 純姉さんの下でこれからの共同生活について三人で話し合っていく、妊婦の生活や、出産後の事について男の俺として何もできないし全く知らないのだから、当然と云えば仕方のないことだ。

 お風呂にの準備や入る時間帯、洗濯の時間、そして食事の時間や準備、買い出しなどを紙に書いていく

 

 ① 買い出し

 二人で共同で行う。土曜日もしくは水曜日に一週間分もしくは不足した物だけを購入する。購入代金は毎月大家が支払う事

 

 ② 調理と食事の時間

 調理は梶谷が月曜日ら金曜日までは行う。ただし、仕事の都合によって不可能な場合にはどちらかが作る物とする。

 食事は一緒にする時も有れば、各自の時間帯でする事とし束縛はしない。


 ③ 入浴、洗濯

 入浴、洗濯は女性を優先とすること。

 最後の入浴車は風呂の掃除をする事

 ④ トイレ掃除 

 各々使用者がその都度掃除をする事


 ⑤ 薪ストーブの管理

 薪ストーブの管理は大家がする事、使用時には危険や火災が起きないように管理し誰が使って良い事とする。


 その他気が付いたことについてはその都度、大家と協議する事とする。


 等と取り決めを行い、今夜から行う事になったのだ。


「ねぇ関矢君何食べたい、今夜どうしようか、二人で買い物に行く?」


「そうだね、此れから買い物に行こうか。俺的には何でもよいけれど、任せると云うのは無責任の気もするからね。取り敢えず肉と野菜と、でもあまり高価ではないやつでお願いします。それにお酒も・・・・あっお酒は自分が買うので気にしないでください」


「あっははは、そうだね。私たち共同生活者であって夫婦じゃないからその辺は適当にお願いします。それに私は妊婦ですから飲めませんので、その辺はどうぞ自由にやってください」


「美咲ちゃんと一緒に居た時には如何していたの?俺は今まで親父と生活していた時には俺が作ったり親父が作ってくれたり、時々純姉さんが来て作って置いてくれたりで。東京にいた時には全部コンビニか外食だったから、自分では造らなかったし、ヘトヘトで夜は食べない時の方が多かったかな。不摂生の塊みたいだったよ。だから昼はしっかりと食べてたね、コンビニか外食物でね」


「ウワァ何それ、よく頑張ってこれたね。仕事以外には遊ばなかったの?栗原さんとデートとかしたんでしょ?他にも彼女はいなかったの」


「うぅ~ん誰も居なかったよ、本当だよ。栗原さんともデートらしいデートしなかったなぁ、多分つまらない男だと思ってたんじゃないかな。彼女、社内で一番モテたんじゃないの?合コンで会うまでは高嶺の花だったからね。でもすごく良い人だよ、梶ちゃんと仲良くなれるかもね」


 俺は既に梶ちゃんと栗原さんが友達になっているなんて・・・女性は怖いと後で知って思った次第です。


 毎日朝早く出る俺は、梶ちゃんが起きる前に薪ストーブに火を入れ土間を温めていく事が日課となった。

 薪ストーブは温まるのが早いので、一度火をつけて薪を入れておけば梶ちゃんが出るまでを温めてくれているはずだし、火災の心配もないように隆義兄さんが設計してくれたがこれは土間があるから出来ているのだろう。


 音を立てないように気を使って出ていくけれど車の音で気が付くらしく、其れに梶ちゃんは子供の頃からお父さんが造園業をしていた関係で早く起きるのは慣れていて、「気を使わなくても大丈夫だよ」と云ってくれたのだ。


 梶ちゃんは実家に住んでいた時に、お母さんと一緒に職人さん達のお弁当を造ったりしていたとか、なるほど!其れで料理が上手で美味しいと云う事が分かった。

 其れから朝は梶ちゃんは一緒に起きてきて朝食を作ってくれたり、弁当を作ってくれたりしてくれるので、現場や営業所では新婚さんみていだとからかわれているが、其れでもコンビニ弁当を食べるよりも美味しい、お袋が中・高校の時に作ってくれた以来なので懐かしさも有った。


「関矢君、なにか嫌いなのあるお弁当作りたいんだけど、確か魚系はダメなんだよね。昔、お母さんがそんな事言ってたような気がするんだけど」


「俺的には今は好き嫌いはないよ、昔はさぁ毎日魚って日が有ったから我が儘言ってたんだよ。其れがさぁ俺ほぼ全国回って来て、海外も東南アジアを中心に回って来たからとても好き嫌いなんて、どっちかと云うと人が食べない物迄・・・芋虫やヘビとかトカゲだとかも食べて来たよ。ゲテモノと思うかも知れないけど、其れでも向こうじゃご馳走だったりするからね」


 なんてことを話した後から、梶ちゃんは毎日弁当と朝ご飯を作ってくれて。

 ご飯の時も有ればパンの時も、無理をして欲しくなかったけれど俺的にはもう満足でコンビニさん御免なさい、彼女の弁当が美味しいんです。


「おっ主任さん今日も愛妻弁当かい、いいねぇ!俺達もそんな時があったなぁ。最近、俺なんか自分で詰めて来てんだぜ。其れも昨晩の残り物をさ、朝だって送ってくれもしないんだからやんなっちまうよ」


「俺ん所も同んじだよ、最近なんか娘は俺の事を嫌ってさ、洗濯ものを別々ンに洗ってくれとか云うんだぜ。其れに臭い、煩い、タバコ吸うなら外で吸って、で、俺のいる所なくなっちまうんだよ、女房は娘と息子の見方だしよ」


「主任さんの所も気を・・・・いけねぇ!まだ結婚していなかったんでしたっけ、面目ない。忘れてください」


 梶ちゃんは年内まで働き、年明けから産休に入り十月のゼロ歳児保育の申し込みが通るまでは休むようにするとの事だった。

 純姉さんや近所のおばさん達が多分協力はしてくれるとは思うけれど、男の俺には何もできないのは十分知っている。


 純姉さんや秋江おばさん達は毎日のようにやって来ては俺の監視と云うか、梶ちゃんの様子を見に来ている。

 妊婦さんと云うのは臨月近くになるとデリケートになるらしく、それに産み月にもうすぐ入ると云う事で心配している事が分かる。

 そういえばだんだんとお腹の膨らみが下がってきているような、でも、あまり見ているとセクハラとまた云われそうでヒヤヒヤする。

 

「梶谷さん良かったですね、引っ越し先が決まって。私としてもホッとしてますよ、赤ちゃんが産まれたら次の引っ越しの時には協力できますから。其れと母子家庭の保育園入園はポイントが取れますから優先で入れると思いますよ」


「あらっ梶谷さんいつまで働くの、年末まで働くの。ふぅ~ん!そうなんだぁ。それじゃ来年の秋には復帰できるよね、人事異動は春にあるけど・・・・戻ってきたら今の所じゃないかもしれないわね」


「課長、育休ですが、来年一月から九月までお休みしますが、後期保育園の申し込みをしまして、入園できない場合には延長したいと思っていますが宜しいでしょうか?」


「それは仕方ないね、取り敢えず申請をしてください。私は別に問題は有りませんので人事部へあげておきますから、年内中に申請をお願いします。梶谷さん頑張ってくださいね、私達は応援していますから。其れと引っ越し先は何でも友達の家だとか?良かったですね。福祉課の連中は本当に協力体制が出来ていないんだから困ってしまうよ、まっ其れも仕事上だから仕方がないんだけどね。でも本当によかった、元気な赤ちゃんを産んでください」

 

 



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