第十五話 慟 哭・・・・・俺の過去
俺は高校時代に交通違反や喧嘩を繰り返しては、いつも忙しい警察官の親父や教師をしていたお袋の気を引こうとしてた時期がある。
優秀な秀樹兄さんや純姉さんと違い俺は普通だし「どうせ期待はされていない」と勝手に思い込み、家族を困らせていたりして・・・遅く出た反抗期だったのかも知れない。
俺は高校三年の冬に自動車免許を取り、友達と三人で車を借りて夜遊びをした帰りに道路の真ん中に無灯で停車していた車に追突して、後席に乗っていた友達の黒沢が外に放り出されて死亡してしまう人身死亡事故を起こしてしまった。
その結果として家裁裁判所で過去に事故や喧嘩、そして死亡事故等を合わせた判決が決定し、専門学校への入学が決まっている事、相手が無灯で走路の真ん中で停車していた事等によって情状酌量されたけれど、多分それだけはないと思うが保護観察処分五年と云う実刑が言い渡されたのだ。
親父とお袋はその前月に公務員を退職して、新しく人生の第一歩を踏み出し会社勤めを始めていた。
あの時に裁判官から判決後に、親父とお袋がかなりきつい言葉で言われていたのが今でも耳に残る。
「お父さん、お母さんは共に公務員であって、特にお父さんは警察官、自分のお子様には目が向けられませんでしたか?今まであなた方は自分のお子様を蔑ろにしていませんでしたか?その結果としてこのような判決が出たんです。ご両親として仕事と家庭の在り方を考え直した方が良いかも知れませんね」
俺はお袋や親父が転職をしていたことを五月の連休時に、友達が東京へ来て教えてくれて初めて知った。
警察官として働いてきた親父、そして教育者として働いていたお袋は俺の自慢であったはずなのに、俺はそれを奪ってしまったのだ。
俺は親父が毎月送金してくれる寮費などをすべて断り、アルバイトを掛け持ちしながら専門学校を卒業し、多くの会社の面接で俺の状況を話しては撃沈、其れでもやっと理解してくれた今の会社に入社できたのだ。
入社後は、給料から毎月五万円と云う僅かな金額であったが親父に送金し、茨城に帰って来てからも親父に手渡していた。
今の俺には其れしか出来なかったし如何して良いのかが分からなかった。
家族全員に掛けてしまった迷惑、とてもお金では償えないものと云う事は知っていたし、家には俺の居場所は茨城の実家にはないと考えていたから。
しかし、心のどこかで秀樹兄さんの帰って来いと云う電話を待っていた自分がいた?俺はもしかしたらこれを待っていたのかもしれない。
帰る事に後押しをしてくれた渡辺部長や近藤支社長、そして黒沢社長には感謝している。
しかし、まさか上司が家族と繋がっていたとは?今まで知らなかったし、俺って本当に仕事以外は何も出来ないのかも知れないと思うと情けなくなってしまう。
親父にしても秀樹兄さんや純姉さんにしてもそのことに触れなかった、ただ帰ってきたことを喜んでくれたのだ。
俺は親父に何をして好いのかも分からなかったし帰って来ても今だに荷は解いていない、いや多分気まずくなって長くはいられないだろうと思って解く事は出来なかった。
其れなのに、親父はいつも俺を黙って見ていては笑いながら声を掛けてくれていた。
梶ちゃんの事についても優しく受け入れていたのに・・・まさか何もさせてくれていないのにお袋の所に旅立ってしまうなんて思っても居なかった。
会場には親父の警察官時代の友人や警友会の方々、勤めていた会社関係者、そして親族一同、近隣の方々が参列し天久良波神社の宮司によって式の説明が始まった。
遂に親父を葬送する葬場祭が始まり、宮司による祭祀奏上がマイクを通じて会場全体に響き渡り、シ~ンとなった会場で厳かに執り行われていく。
弔辞の奏呈が始まり、親父と親交のあった方から述べれていく事で俺の知らなかった親父の一面を知る事が出来た。
「関矢浩介さん、久しぶりです。まさかこのような形で茨城へ呼ばれるとは思っていませんでした。ご子息を預かりまして十五年、お父様の御意思に沿って私たちなりに鍛えたつもりです。いかがでしたか、お父様の元に御返し今の御子息を見て頂きましたが安心して頂けたでしょうか。関矢さん御夫妻とお会い出来たこと、私自身の転機にもなりました、ご指導いただきましたこと感謝申し上げます。立派なご長男の秀樹さん、そして純さん、預かっている浩史君は、今では会社の中で慕われる存在となっています。安心して旅立ってください。本当に有難うございました」
社長の弔辞を聞いて俺はこんなに涙腺が弱かったのかと思うくらい涙が止まらず、俺は一人嗚咽していた。
式は進み、参列者全員の玉串が奉奠されて静かに偲びの柏手が打たれ、そして・・・そしてついに親父との別れが始まる。
ホールから火葬場に親父は運ばれ、宮司による祭祀が奏上され火葬祭が終わり、親父の棺の中に別れの花が添えられて、遂に姉弟・親族で棺に釘を打ち親父との最後の別れが来たのだ。
ゴォーっと響く釜の音、立ち竦む俺には不思議ともう流す涙はなかった。
時間が進むにつれて家族での思い出や俺の知らない親父の側面が聞かれ、俺にとっては凄く嬉しかったしもっといろいろ知りたかったけれど、時間はあっという間に過ぎてゆくのだ。
二時間ほどが経ち、係の人から火葬が終わったことが告げられ、皆で釜場の前に集まり、もう骨だけの姿になった親父を骨壺の中に箸で拾い入れていく。
もう人の姿ではなくなった親父、あぁあ人はこうなってしまう事で現世界との別れが実感する訳で、「親父はもうこの世にはいないんだ」と云う事を知るのだろう。
親父はこれから一族の墓場に行き、お袋が納められている墓所に埋葬される。
一般的には四十九日になってから埋葬されるのだろうけれど、この地区では前述もしたが火葬後すぐに埋葬されるため、斎場から遺骨を抱えて墓所に移動し宮司による埋葬祭を執り行い、納骨される。
墓守男たちの手によって墓は開かれていて、親父の到着を待っていた。
親父の遺骨は秀樹兄さんの手から墓守男たちに渡され、墓に納骨されると宮司による埋葬祭祀が奏上され、親父はお袋の隣に安置された。
埋葬祭が終わると今度は帰火祭が行われ、そして純姉さんの同級生だった武蔵魚屋さんで直会の儀が始まった。
直会の儀は宮司さんやお世話になった人に振る舞いをして通常の生活に戻る儀式であって、葬祭の最後の締めになる。
秀樹兄さんから親父のために働いてくれた地区の方々に対して、御礼の言葉を俺に言えと云ってきたのだ。
「兄さん俺は・・・言えないよ。俺は今まで家を留守にしていたし、それに俺のして来た事は親父やお袋を苦しめた訳だし、俺にはとても言えないよ」
「いいから、お前が最後は締めろ。お前は親父の最後の言葉を受け取ったんだろう。だからお前が最後の言葉を言えばいいんだ」
「そうだよ、関矢君。今日の関矢君は何時もらしくないよ、お義父さんと最後の会話をしたのは関矢君なんだから、心から思ったことを皆さんに感謝の言葉としていえば良いんじゃないの」
「梶ちゃんそうは言っても、今の俺には親父に謝る事も親孝行も出来なかったんだ、そんな俺が皆さんに・・・」
「何言ってるの、そんなの関矢君らしくない。秀樹さんや純さんたちは関矢君の事を一番大事に思っているし、お父さんだって・・・だから社長さんに預けたんじゃないの、ダメだよ。お父さんの最後の言葉しっかりと受け取ったんだから皆さんに言わなくっちゃ、しっかりしなさい。今の関矢君は私の知っている関矢君じゃないよ」
「栗原君。あの女性の事、関矢から聞いてるかい。関矢の性格をよく知ってるし、よく叱ってくれたよ。私が近くに居たら「男だろグダグダ言うな」って言ってる所だよ。しかし、あんな女性が近くにいるのなら関矢も安心だな」
「多分、関矢さんが中・高校時代に付き合っていた方も知れません、そんな話を聞いたことが有りますが・・・でも彼女、妊娠していましたからご主人がいるはずでは?まさか関矢さんのお子様ではないと思います」
「そうだろうな、まっ関矢には其れは無理だろう。だが、其こが関矢らしいところだがな」
梶ちゃんに言われ、秀樹兄さんの促されるままに地区の方々に御礼の言葉を述べた俺だったけど、明日からの俺は東京へ戻る事になるのだろうか?其れさえも見当が付かなかった。
「すみません、あのさっき関矢さんと話されていた受付にいた方ですよね。私です、栗原です」
「あっはい、梶谷と申しますが・・・確か関矢さんの東京本社でのお知り合いの方でしたよね」
「はい、梶谷さん失礼だとは思いますが、関矢さんと学生時代に付き合っていた方ではないでしょうか?関矢さんに東京へ出てくる前に付き合っていた方がいたと聞いていましたが、もしかして貴女ではないかと思いまして声を掛けさせて頂きました」
「はぁ、付き合っていたと言えばそうなのかもしれませんが・・でも、私達って二人でいた事なんて無かったんですよ((笑))、其れなのに私が困っている時にって昔から現れてくれるんです。今回も二カ月前に茨城に戻ってきたと言って突然現れてくれたんですから。其れも可笑しい位の再会で!うふふふ私、今こんなお腹してるでしょ。アッ勘違いしないでくださいね、彼とはこの子は関係ありませんから。私が悪阻と熱中症で倒れていた時に彼が助けてくれたんです。お互いにその時には分からなかったけど、しばらくして妹が偶然に会って、それで私も彼も気が付いたんです。ですから、彼とは何でも有りませんので大丈夫ですよ」
「そうなんですか、でも、先程うちの社長が感心していましたが、私にはあのように関矢さんには言えないと思いまして。多分、私に足りないものが梶谷さんにはあるんですね。そういえば、今日はご主人は見えないんですか?」
「あっははは、そうですよね、主人がいるのにって普通思いますよね。実は私、未婚で、この子の父親はもうこの世にはいないんです。この子を私に授けて、今年の三月に交通事故で亡くなったんですよ。だからと云って関矢君に接近したわけじゃないし、関矢君より純お姉さんと知り合いなの。それに今まで一人でやって来たし、これからだって頑張らなきゃって。関矢君は昔から誰にも優しいから甘えたくなるけど・・・でも、甘える訳には行かないしね」
「そうですか・・大変なんですね、どうして女って本当に何で不自由に出来ているんでしょうね、どうしたら梶谷さんのように頑張れるんでしょうか?。関矢さんって本当に誰にでも優しくって・・・でも女性ってただ優しくされるだけでは駄目だと思うのですが如何でしょうか」
「そうなのよね、本当に彼はそんな所が分かっていないの!だから・・・でも、そんな関矢君だったから皆に好かれるのかも。私達って、今でもそうだけど、二人で出かけた事なんて無かったし、手を繋いだことだってないんですよ。最近、私の安産祈願に神社に行った時が初デートなのかも、彼が二人だけで一緒に行ってくれたのは初めてなのよ。面白いでしょう」
「実は私、東京で関矢さんにフられたんですよ。彼が茨城に戻る時、私に付いてきて欲しいって言ってくれるとばかり思っていたのに「今までありがとう、僕は君ふさわしくないと思う、きっと素晴らしい人が現れるから」それ以外に何も言わないで・・・、其れっておかしいですよね。でも今日の関矢さん見て、皆さんに大切に思われているのを見て安心しました。梶谷さん、関矢さんをお願い致します」
「いや、私にお願いされてもなんですけど・・・やっぱり関矢君、私の時と同じようにして帰って来たんだ。本当にダメで身勝手なんだから、あとで栗原さんの事きつく話しておきますね((笑))。私にできる事は余りありませんが、あのぉお友達になりませんか?連絡だけはさせて頂きますので」
「彼は、関矢さんは誰にも優しくて、そして、いつも自分は幸せになってはいけないみたいな感じが有って。私と一緒に居ても関矢さんの中に私は居ないみたいで、いつも誰かの為にだけを考えているの。嫉妬なのかもしれませんが少し寂しい時も有りました。でも、梶谷さんを見て私、吹っ切れた感じがします。こちらこそ宜しくお願い致します」
「なんかよく分からないけれど私褒められてるのかな?それでも嬉しい。アッお腹動いてる・・・きっとこの子もお友達になりたいのかも、この間まではあまり動いていなかったのにね。最近、良いことが有ると元気に動いてくれて。安産祈願でお参りした時に、宮司のお母さまからたくさん良い事を話してあげてって。嫌な事は誰だって聞きたくないでしょ、良い事だけを話してあげると喜ぶんですって。栗原さんお腹触ってみます。きっと、この子も触ってほしいのかも」
「えぇっ、良いんですか触って!あぁぁあ凄い動いてる、何か蹴っているみたい、本当にお腹の中に赤ちゃんがいて・・・動いて・・・・私、何だか涙が出そう」
「栗原さん、ありがとう。関矢君だって触っていないし栗原さんが第一号だよ。これからも宜しくねって言ってくれてるんだと思うウフフ」
等と、梶ちゃんと栗原さんの同盟が出来ている事なんて知らなかった。
直会の儀が終了し、社長以下、近隣の方々が帰っていく中で、いつの間にか梶ちゃんも居なくなっていた。
秀樹兄さんや純姉さんも身支度を着替えて、それぞれ子供達と共に自分たちの住まいへと帰っていく。
この家に残されたのは俺一人と、葬祭神棚の上にある線香の煙にくすぶらている親父の仮位牌だけになってしまった。
葬祭神棚の上で、一本の大きくて長い蝋燭の炎はユラユラと揺れ、笑っている親父の顔を余計に陽気に見せているようで、俺はただ座り黒い縁取りのある額の中の親父の顔を見つめていた。
親父はいったい俺に何を求めていたたんだろう?お袋の時も同じように思ったが答えは出なかった。
俺は本当に親父達の子供として生まれ来てよかったのだろうか?と自問しても答えは出ない、それどころか却って親不孝をしてしまった自分の情けなさだけが悔やんでならなかった。
翌日に秀樹兄さんたちが来て、花輪に付いていた飾り物の缶詰や砂糖菓子などを、葬祭の時に手伝ってくれた「連」の皆さんに分けて袋に詰めていく。
これは、この地区独自のやり方で、飾り物はすべて分け合い、そして協力金として僅かな金額の金券を添えて、喪主が一軒一軒お礼を言いながら配っていくのだ。
本来は長男である秀樹兄さんが喪主なのだがこの地区には住んでいない為、今回は末っ子で次男の俺が秋江おばさん達と一緒に回ってきた。
この御礼周りが終わって初めてこの地区で起きた葬祭が終わる事になる、あとは親族で行う五十日祭、そして百日祭、そして、地区の世帯主だけに来て頂く一年祭直会の儀があるだけとなる。
秀樹兄さんや純姉さん、そして俺も忌引き休暇が五日しかないため、親父の遺品の整理、銀行や通帳などの確認、生命保険や年金などの手続きなどを手分けして進めていった。
この家の改築工事も一時止まっていたが、隆義兄さんの職人が再び入り、鋸や鉋、トンカチの音が響き、せわしく改築が進んでいく。
いったい誰がこの部屋に住むの?、俺はまだ聞かされていなかったけれど、親父が居なくなったため静かになってしまったこの家、誰が住もうと気にはしなかった。
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