第十四話 慟 哭・・・・・親父との別れ



 

 集まってきた伯父さんや伯母さんから、連日意見を求められた。


「いつ器械を外すんだ。外したら浩介は死んでしまうんだろ、お前達どうすんだ、あん時の説明ではまだ大丈夫みたいに言っていたのに」

 等と強く言われながらも俺たちは親父の機械について外す時期を決めていた。


 其れは親父が死ぬ前に、もしもの時には延命治療をしない事、そして意識不明になったり、脳死になった場合には五日までは行う事、そして機械等は全て外すこと等を親父が既に決めていたからだ。

 意識不明になってから五日後、伯父さんや伯母さん達に病室に集まって頂き、石田先生に器械の取り外しをお願いしました。


 親父の身体から器械や点滴が外され、枕元にある心臓の動き、脈拍、血圧を教えてくれる器械だけが動いている。

 やがてだんだんと波打つ線が低くなり、脈拍も、血圧の動きも下がり始めると、石田先生が手を取り脈を測りながら心臓の音を聞き、そして先生から親父への最後の言葉が出た。


「関矢浩介さん、十一月十四日、十一時五十三分御臨終です、ただ今亡くなりました。ご冥福をお祈り申し上げます」


 俺は冷たくなっていく親父の手を握ったまま、ただ涙を流し嗚咽する事しか出来なかった。

 隣に梶ちゃんが居るとは知らずにただ、ただ泣いて手を離す事が出来ないでいた。


「あっお姉ちゃん。私、さっき関矢さんのお父さんが亡くったよ。うん、ほんの少し前に・・・ご家族の方々も集まり始めてるね。あっそう、来るの・・・・分かった。来たら案内してあげるから声を掛けて」


 看護師さんから、親父の体を綺麗にするからと云われても手を離そうとしないでいた俺の手を梶ちゃんは俺の顔を見つめ、そして諭すように言ってくれた。


 「関矢君、お父さんと死ぬ間際にたくさん話す事が出来た見たいだね。お父さんの手をずっと離さないでいられたと云う事は心の中で話が出来たと云う事なんだと私は思うよ。だってお父さんの顔、最後まで苦しそうじゃなかったじゃない、多分、関矢君に頑張れと言っていたんじゃないの」


「梶ちゃん、居てくれたんだ。今、親父が旅立ったよ、一人で何も言わずに・・・俺は親父にも何もしてあげられなかった。何で俺はお袋にも、そして親父にも何もしてあげられないんだろう。これから一生懸命親孝行しようと考えていたのに、それにまだ親父に謝っていないんだよ」


「関矢君、そんなに自分を責めないの、お義父さんだってそんな関矢君を望んでいないはずだよ。だから、此れからお父さんが安心して上から見てくれるように頑張ればいいんじゃないの、お兄さんや純さんだっていつも関矢君の側にいるんだから」


「おい、浩史、いつ迄メソメソしてんだ。梶谷さんに心配掛けさせんじゃねえぞ、親父が余計に心配するだろう。俺たち姉弟は親父をこれからちゃんと葬送ってやることだぞ」


 俺が親父の元を離れ待合室でボ~としてる間に梶ちゃんは職場に戻ったようで、いつの間にかいなくなっていた。

 秀樹兄さんは葬祭会社に電話をして今後の打ち合わせをし、町内会の地区長にも連絡をしている。

 

 俺は何も出来ないし帰って来たばかりで、「連」の段取りも何も分からないのだから役に立つ事は出来ないが、ただ見ているだけと云うのは辛かった。

 看護師さんが来て「関矢浩介さんの準備が出来ました」と云われ皆で霊安室へ行くと、もう既に親父の顔には白い布が掛けられて横たわっていた。


 葬祭会社の車で親父が家に戻ると、親父の使っていた布団の上で死に装束に着替えた親父、神棚は紙で封印され、枕元には小さな台が設置されその上に親父が使っていた茶碗に山盛りの白い飯、その上に一本の箸が刺さっていて、塩、水、守り刀が置かれている。

 聞いた話では地区其々やり方が違うようだが、これがこの地区のやり方と云う事で、夕方になって地区長と地区の役員が集まり葬祭会社と葬儀についての話し合いが始まった。

 

 この地区では喪主は葬儀会社を決めること、我が家は神道であるため神主の手配をする事だけで後の仕切りはすべて地区の「連」の皆さんが取り行ってくれる為、何もすることはないのだ。

 台所もすべて「連」に開放し、集まってくれた人に食事を提供する為の料理から食材仕入れ、アルコールなどの飲料の注文まで全て行ってくれるので喪主は支払いをするだけになる。


 天久良波神社の宮司も駆けつけてきて、お袋の位牌が入っている神棚に封がされ、明日は通夜になり、明後日に告別式を執り行う事が決定し、そして遺体を運ぶ墓守男も決まり、その場で見積もりが行われて喪主の希望の金額が提示され大体の金額が決定していく。

 その間に喪主や家族は親父の働いてい会社や、元警察官だった時の知り合いに電話や電報で連絡を付け、通夜の日程や告別式の時間等を伝えていく事になっている。

 この地区では人が死ねば、火葬までの時間、全ての葬祭行事を短い日数で済ませる事になっている。


 これは農閑期ならいざ知らず、農業や家畜の繁忙期にはそんなに家の仕事を休む事が出来ない為、通夜から告別式、火葬、納骨、そして精進落とし、初七日までが二日の日程で全て執り行われる為、分刻みのスケジュールが刻まれる。

 多分、納骨までは他の地区では行わないかもしれない、その為、この地区会の皆さんの協力無くしては出来ない訳で、だからこそ「連」としての繋がりは大事なのだ。

 

 通夜の朝、宮司や地区から選ばれた墓守男たちが訪れ、納棺の儀を執り行い、葬祭会社の方によって白装束に着替えた親父が納棺されていった。

 一般の家は仏教式で葬祭を行っているとは思うが我が家は神道であるため、夕方から宮司によって通夜祭と遷霊祭が行われ、参列者は玉串を捧げて偲び手を打ち、別れを偲んでいく。


「純さん、私に何か手伝えることあります。関矢君のお父さんには私もお世話になりましたし、何か恩返しをさせて頂ければと」


「梶ちゃん有難うね、わざわざ来てくれて。おじいさんも喜ぶと思うわ。其れじゃ…ちょっと待っててねスミレ会の幹事さんに聞いてみるから、実は私たち喪主の家族は何にも分かんないのよ。全部地区と婦人会、さっき言ったスミレ会ね、その人たちが配膳からみんなやってくれるから有難いのよ。だから梶ちゃんの事お願いしてみっからね」


「スミレ会幹事の佐川田です。あんたは関谷おじさんとどういう関係なの?そのお腹じゃ配膳やお茶出しは無理だね。そうだ会社関係の受付やって貰うべ、あっこならストーブ置けば寒くねぇから、其れにハンガー立てでも置けば冷えねぇと思うよ」


「こちらは門の下・・って屋号ね、佐川田さんでスミレ会の副幹事さんやってる人なの、そんでこっちは梶谷美由紀さん。家の浩史と同級生で私の元生徒であって友達なのよ。こんなお腹だからあそこなら冷えないし丁度いいわ、其れじゃ佐川田さんも申し訳ないけど明日お願いしますね。梶ちゃんもよろしくね」


 遷霊祭が行われることで親父の肉体と魂が分かれ、遺体には魂の亡骸なると神主は言うけれど、それでも親父の身体はそこにまだある、死んでいった人との別れはどこまでが分かれなのだろうか、俺にはまだ実感がなかった。

 其の夜は遅くまでと云うか、近所の方々は農業や畜産業ばかりではなく当然サラリーマンの方もいるため、仕事終わらせてから駆けつけてくれるので、姉弟が交代で起きて接待をしていかなければならない。


 寒い別れの朝を迎え、今日で親父とは別れなければならないのかと思うと悲しくなるのか・・と思っていたがもう俺には流せる涙はなかった。

 親父の遺体は、葬場祭をセレモニーホールで行う為、墓守男達の手で霊柩車に乗せられ俺達より先に行ってしまった。


 秀樹兄さんや純姉さん家族もそれぞれが喪服に着替え、俺も着替えていくが体にやる気が出ていなかった、皆に急かされても気力が無くなってしまったと云うか、何故なのか分からなかった。

 セレモニーホール到着すると、「連」のおばさん達と一緒に梶ちゃんがすでに受付を担当していて、話しかける暇もなく、ただ行事の時間だけが淡々と流れていく。


「あのぉ、関矢浩史さんのお父様の葬儀会場はこちらでよろしいでしょうか?私はご子息の関矢浩史さんの会社の者で栗原早智子と申します。そして社長の黒沢哲司です。浩史さんにお会いしたいのですが」


 「あっはい、栗原様と黒沢様ですね、浩史さんはただいま席を外しておりますので、ただ今お呼びしますので少々お待ちください」

 

 うわぁっスラっとして綺麗な人、ズングリむっくりの私とはえらい違いだわ・・・・栗原さんて?もしかして関矢君が東京で付き合っていた人かしら、こんなお腹の私と比べても仕方ないけれど、背も高いし、本当に女の私から見ても綺麗な人だわ、とても勝てない~ってなに比較してんだろ。


「関矢君、栗原さんと云う素敵な女性と、社長の黒沢様が見えているわよ、早く行ってあげて・・・・関矢君あの人なんでしょ、付き合って居た人って、綺麗な人ね」


「えっ、栗原さんと社長が来てるの?分かった直ぐに行くから・・・・それと梶ちゃん、何を怒ってるの?俺何か悪いことしたかなぁ」


「私は怒ってなんかいません、早く行ってあげてやって、其れを言いに来ただけだから。受付に戻るからね、フン、関矢くんは何を言ってんだか」


「栗原さん久しぶり、来てくれたんだ。有難う、まさか君まで来てくれるとは思っていなかったから」


「関矢さん元気そうですね。私今は秘書室に移動して、今日は社長と一緒に来させて頂いたんです。先ほどご案内をお願いした女性の方は?」


「あぁ、梶谷さん。僕の姉の友達で、僕の同級生でもある人です。どうかした?」


「先ほど関矢さんとのやり取りを見て仲が良いなぁ!って思って!・・・それより社長が御待ちですのでご案内します」


「梶ちゃんも栗原さんも何を怒ってんの?、あの?・・何か二人とも変だよね」


「もう知らない。其れより社長の所に行きましょう」


「社長、今日は遠い所来て頂きまして有難うございます。喪主で兄の秀樹をご紹介いたします」


「黒沢部長・・いや失礼しました、今は黒沢社長でした、御無沙汰しております。この度は遠路、父の葬儀に参列頂きまして有難うございます。父もさぞ喜んでいると思います」


「こちらこそご無沙汰しております、秀樹さんに会うのは関矢君が海外に行っている時以来ですからもうかれこれ十年近くになりますか。まさか、あんなに元気だったお父様がこんなに早く逝去されるとは夢にも思いませんでした。ご愁傷様です」


「有難うございます、亡き父も黒沢様には会いたかったと思います。その節には大変お世話になりました。浩史も良い勉強をしてきたと思います。ただ、父の思いが浩史に届いているかどうかは分かりませんが、最後にしっかりと会話は出来たように思います」


「秀樹兄さん、黒沢社長を知っているの、親父も有った事が有るなんて・・俺は一言も聞いていないんだけど、俺の知らないことまだあるの?」


「黒沢社長、浩史には何も話していなかったんですね。本当に父や母のために有難うございます。父や母の思いは浩史に届いているのでしょうか?」


「秀樹さんとの約束は果たしたと思っています。お父様も御母堂も喜んでいただけると思いますよ」


 俺の知らない所で、秀樹兄さんや父・母とも黒沢社長と会っていたことが会話から分かったけれどなんのために?俺には理解が出来なかった。

 たった一社員のために、当時の黒沢部長が会う事など考えられないし、もしかしたら親父たちが押し掛けた??・いや、それは元警察官出身で在る親父と元小学校教師であったお袋が理不尽な事をするわけがない。


「浩史、なにをブツブツ言ってんだ、社長と秘書さんを案内してやれ」


「関矢君、私とご両親の出会いは君を面接した時から始まったと云っても良い。君は面接時に言ったよな、自分が高校時代に行った行為で父と母に辛い思いをさせてしまった。そして今は五年の保護観察処分を受けています。そんな私ですが夢は父と母に出来るだけ恩返しをしたい事、その為にもどうか私を採用して欲しいのです。数社面接を受けましたが全て断られました、でも、ありのままの自分を知ってもらい採用して頂ければ会社のために頑張ります。お願いします。ってな。あの時の面接は営業と技術営業部、総務部、人事部、企画部、資材部などの各部長と当時の社長がいてな、皆、君の採用を反対したんだが私は君の目に賭けたんだよ。まぁっその結果、僕は勝ったけどね」


 そうだった、俺は採用面接で有りの儘の自分を晒して、受け入れてくれる会社に入ろうと考えていた、だから面接の時には保護観察処分を受けている事、父や母が、元公務員で俺の犯した罪で退職し、今は会社員として一から仕事をやり直している事等を説明していた。

 俺の消したくても消せない過去、そして俺は親父とお袋に迷惑をかけた事を今でも忘れないし、負い目ではないが背負って生きていく事を決めていたのだ。

                



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