第十三話 慟 哭・・・・・急 変
十一月に入って親父の抗ガン治療第二クールに入ろうとした時、突然親父から兄妹弟三人が病院へ呼ばれた。
俺たちは親父の具合が突然悪くなったのかと思い、急いで駆け付けた。
「秀樹、純、浩史、俺、今日退院するわ。抗がん剤治療はもう止める事にしたんだ、さっき担当の篠原先生と話してもう決めたんだ。俺はもう痛いのも苦しいのも嫌になった。だから今日退院すっから支払いと荷物、そして家に帰る前に看護師さんから勧められたポータブルトイレ、レンタルベッドだとか契約して貰いたいんだわ。頼むから俺の最後の願い利かせてくれな」
「親父、本当にそれでいいのか?俺たちは親父の考えに意見を言うつもりはないけど、・・・・そうか、親父は決めたんだ。分かった純、浩史、親父の言う通りにしよう。退院手続きは浩史に任せるとして、純はレンタルのほう看護師さんに聞いておいてくれ。話は進めていいから、俺は担当医の篠原先生に今後の事を聞いて、西山病院への転院への紹介状などを書いてもらう」
その後は皆が家に集まり、今後の事について話し合った。
親父は家の改築状況を確認し純姉さんと話し合っていたが、誰がこの部屋を使うのかは俺にはまだ知らされていなかった。
秋江叔母さん達が家に来ては俺達と同じように今後の事について聞きたがっていたが、当面病院に行く時には純姉さんが送り届け、帰りは俺が家に連れて帰る事、そして秀樹兄さんは裕子義姉さんの都合も有るので夜に必ず家に寄ってから帰る事になった。
親父の様態はやはり深夜になると痛みと咳が出るようで、何度も俺が起きては背中をさすったり水を飲ませていた。
通院は毎日から三日に一回程度に変わったが日増しに足腰が弱くなり、今まで使っていなかったポータブルトイレを使用するようになり、そしてついにオムツを使用するようになってきた。
「親父、昨夜は咳が出なかったなぁ、トイレはで自分で出来たのか」
「ふぅぅ、浩史、トイレは起きられたんだが、ちょっと汚しちまったかも知んねぇ、あとで綺麗にしてくれるか、其れと水飲みてぇんだが水差しなかったぞ」
「トイレの事は心配すんなよ、其れじゃオムツを交換するから。水差しなら枕元にあるよ、分かんなかった?何だ水だってたくさん入ってるじゃないか」
「そうか、枕元に有ったのか。何処だかよく見えねぇんだ、ちょっと目が霞んでるみてぇなんだよ」
「何寝ぼけたこと言ってんだよ、もうすぐ純姉さんが来ると思うから、今日は病院にも行かないしのんびり寝てればいい」
俺はまだこの時に、親父の具合がさらに悪化している事に気付いていなかった。
次の日の朝、まだ親父は少し苦しそうだったが俺は親父の下の世話と、親父に小粥を食べさせてから仕事場に出かけた。
この時にはまだ元気が有ったように思っていたのに、それがいきなり変わってしまったのだ。
純姉さんに連れられて西山病院にった時にはまだ意識が有ったそうだが、その日の昼過ぎに西山病院から呼び出しの電話が掛かってきた。
「西山病院の梶谷です、関矢浩介さんの具合が悪くなりました。至急病院のほうへ来てください、連絡付けられる親族の方にも至急病院に来られますようご連絡をしてください」
「関矢です、西山病院??美咲ちゃん親父どうしたの、至急病院って?何どうしたの、親族って・・・親父急変したの」
「申し訳ありません事務の私からは何も言えません、ただ今担当看護師に代わりますのでしばらくお待ちください」
「関矢浩介さんの御家族様ですか、浩介さんが病院についてから点滴をしている最中に急変しまして、はい、意識不明の状態になりました。医師の状況説明によりますと今夜迄持つかどうかの状態であるとの事で、至急ご家族、御兄弟様に面会をして頂ければとの事です」
「えっ朝はまだ意識はあったし、俺と普通に会話していたのに何が有ったんですか」
「はい、点滴中にガンの影響で肺出血いたしまして、現在は全く意識がない状態で、こちらに到着しましたら医師のほうから詳しい説明がありますので。はい、申し訳ありませんが至急おいで下さるようお願い致します」
所長に親父が急変した旨を伝え、俺は車の中から純姉さんと秀樹兄さんに連絡を付けて病院に向かった。
秀樹兄さんは俺の連絡を受けてから伯父さんや叔母さん達、親父の兄弟に連絡を付け途中で裕子義姉さん共に病院へ駆けつけてくれた。
純姉さんも隆義兄さんと甥の健、そして姪の恵を連れて病院に駆け付けたのだった。
急いで病室に向かうと部屋から石田医師が出てきて、俺たちを親父が寝ている病室に案内した後に説明をしてくれた。
俺たちは親父の体に取り付けられて機械を見て、唖然としたまま説明を受けていた。
「今、関矢さんは人工呼吸器をつけている状態で呼吸をしていますが、実は肺の出血があった後からすでに自発呼吸をする事が出来なくなり、今辛うじてこの機械によって呼吸をしています。つまり、お昼ごろに肺がんによって脆くなっていた肺動脈の破裂が起こり肺出血が起こりました。
肺出血により肺で酸素の供給が出来なくなり、脳への酸素供給が出来無くなった為に脳死状態に陥ってしまったのです。私達としてはこれ以上の治療はもう有りませんので、御家族の皆様には酷な言葉を掛けるようですが、この機械を何時止めるのかの判断を仰ぎたいと思います」
「先生、其れはこの機械を止めれば親父は死んでしまうと云う事なんですか、もう手は尽くせないと云う事なんですか?先生、親父は・・親父の機械を止めたらなんて・・・・」
「ご親戚の方が見えられましたら皆さんにお父様を会わせてあげてください、其れからでも判断は結構です。辛いかも知れませんが、いつかは迎えなければならない時が来てしまったのです」
俺たち三兄妹弟は集まってくる叔父さんや叔母さん達への説明をしながらも、親父の身体についてる機械をいつ外すのかを考えていた。
だけど俺は、情けないけれど俺はまだ体が温かい親父の手を握りながら決断は出来ずにいた、いや出来なかった。
二日目の朝も病院に寄っては語りかけても返してくれない親父の顔を見て、それでも親父のまだ温かい手を握り、もしかしたらとの思いで強く握ったりもしたが、親父は握り返してはくれなかった。
ただ手を握れば握るほど、俺の頬を涙が濡らすだけで、涙は止まる事をしてはくれなかった。
俺はお袋の時もそうだけれど、本当に親父に何も言えずに、あの日の朝の会話は何だっけ、なにを話したんだっけと思い出そうとするけれど、思い出せないでいる。
何で人はこんなに簡単にあの世へ旅立とうとするのか?俺みたいに親孝行も出来ないで高校の時なんか親父を困らせてばかりで、・・・俺のために親父もお袋も仕事を変えてしまったのに何も恩返しが出来ていない。
其れなのに、親父もお袋も俺を怒りもしないで数日しか帰らない俺を許してくれていた。
だからこそ、余計にそんな俺自身を許す事が出来なくて家には帰れなくなってしまっていたのだ
親父が具合が悪いから帰って来いと云ってきた秀樹兄さんや純姉さんだって、俺が迷惑をかけたことを責めもしないでそのことには触れずに接してくれている。
そして今、親父が死との間で横たわっている姿に俺は何が出来るのだろうか?ただ、親父の手を握る事しか出来ないでいた。
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