第十二話 慟 哭・・・・・減 俸
崩落事故処理は何とか切り抜ける事が出来た。
あれだけの事故で二次災害を防ぎ二人の命が助かったことは俺にとっても嬉しかったし、坂本監督に寄り添っていた家族の泣き顔が笑顔に変わったことが俺は忘れる事が出来ないだろう。
お昼前に近藤支社長から、午後一に黒田社長から電話が掛かって来てしまった。
当然と云えば当然で新聞にも事故が掲載され、テレビでも放映されてしまっていたのだから、いつかかってくるのかは時間の問題であった。
「関矢君、昨日はお疲れ様、怪我人が少なくて良かったと云えばよかったけれど、事故は起きてしまったし、坂本監督と桑山君両名がケガをしてしまったことは落ち度だな。全員減俸三カ月の処分で降格は無し、と社長は言ってきているがどうだ」
「いやっ其れはちょっと、監督と桑山さんはまだお子さんに金銭的にかかるので其の一カ月でどうでしょうか、私は独身ですから構いませんが所長は分かりませんね。他の皆さんには如何か一カ月と云う事で勘弁してください、お願い致します」
「うむっ?社長納得するかなぁ、俺と関矢はこっちに赴任してきたばかりだからなぁ。それでも俺は責任者だから納得するしかないが、お前は坂本たちに説明しているのだろう、何でお前があいつらを庇うんだよ。そういえば減俸はお前、今回で何回目だ」
「減俸ですか、今回で四回目だと思います」
「本当にお前はあきれて物が言えないぞ、全部皆の背負っていたらお前の給料無くなってしまうだろう。取り敢えず社長には一応伝えておく、其れから親父さんの具合どうなんだ、しっかりと側にいてやれよ」
「関矢、近藤君から聞いたぞ。お前、本当にそれで良いのか、何でお前が責任を取るんだ、違うだろう。前の現場のミスの時もお前はそうやって庇ってばかりで・・・・本当に仕方ない奴だ。分かったお前の気持ちを汲んで処分する事にする。近藤とお前と所長は三カ月・十分の一の減俸、他は一カ月・十分の一の減俸でいいな。俺はあいつらの分として四カ月の減俸にするか、此れから役員会に掛けて今日付けで発表するからな、あっ、それと渡辺が電話が欲しいと言ってたぞ。彼奴と近藤くらいだ、社長の俺に言付け頼むのは本当に困った奴らだ・・・お前もだぞ」
「渡辺部長、関矢です。申し訳ありません、やってしまいました。はい、仰ることは分かっていますが・・・・社長にも話しましたが、今回の事は、はい、頼みます、それから栗原さんの件ですね、申し訳ありませんがお断りしようと思っています・・・・・」
「あぁあ、また給料が減っちゃうのか。まっおれが強く言わなかったのが責任だし仕方ないか、死亡事故ゼロで怪我人が二人と少なかったのが幸いだし、良しとするか」
新聞とテレビで事故を知った秀樹兄さんと純姉さんから電話が有った、そして梶ちゃんからも何度もメールと電話が有ったが対応で追われて中々返事が出来ないでいた。
営業所も電話が鳴りやまず対応に追われてしまったが、問題はこれからだろう。
営林署や、土木事務所、警察、消防署などに今後の対応についての協議を図り、許可申請のやり直しが求められるだろうから、それ等について安全への配慮の書面での提出や説明を行って、再認可が下りるのは多分早くても春明けになるのではないだろうか。
今回の事故はそれほど大きな問題となっているはず、俺があの後にもっと強く説明をしていたら・・と悔やまれる。
たら・ればを論じても起きてしまったことはもう仕方がないと判断し、一から作業を見直して作業員全員に周知を図り徹底することが大事なのだ。
所長も昨夜からの疲れが今になって出ているようで、青白い顔をして電話対応に追われている所にダメ出しの電話がかかってきてしまった。
「はい、申し訳ありません、関矢君から注意の伺いは出ていましたが、坂本さんに、はい、現場監督に任せていましたので、申し訳ありません・・・・えっ減俸ですか?三カ月それはちょっと・・・・分かりました。責任は取らせて頂きます」
「浩史どうした、顔色悪いぞ、無理して俺ん所に来なくても良いんだぞ」
「いやっ俺は大丈夫だよ、ちょっと忙しかっただけだから、其れより親父今日はどうなんだ?痛みは無いのか、咳は相変わらずなの?なんか薬が効いていないような気もするけど」
「あぁあ、痛みはそんなにねぇんだが、息苦しさは相変わらずだな」
「そうか!支社長が親父の事を心配してくれてさぁ、何か嬉しくて、俺みたいな端っぱに声を掛けてくれることがさぁ・・・それを聞いたら親父の顔が余計に見たくなって、何か子供みたいだよな俺」
「そうか支社長がな、有難いことだよなぁ、お前は幾つになっても俺たちの子供だからおかしくはねぇぞ、お前が一生懸命頑張っている所を誰かが見ていてくれてんだから、だからお前は普通に頑張ればいいんだ、無理だけはすんな」
「そうだよな、病院で苦しんでいる親父に励まされてんじゃ逆だよな((笑))親父、俺は大丈夫だから親父も頑張ってくれよな。お袋が居たらまた怒られそうだね」
「あぁあ浩史、おばあさんが居たらきっと怒るだろうな、「浩史メソメソしちゃだめだぞ、しっかりしなさい」なんてなぁ((笑))」
「関矢さん、大変だったみたいですね。もう大丈夫なんですか?今日はお疲れ様でした。お父様は薬の副作用が強く出て先ほど迄苦しんでいたんですが、息子があれだけ頑張ってんだから泣き言なんか言えねぇって・・・・本当に我慢強い方ですよ」
「そうですか、さっきまで・・・・有難うございました。親父の事、宜しくお願いします」
「お父さんの事なら私たちに任せてください、ゆっくり休んでくださいね」
やっと対応が終わり親父の病院に寄ってから家に戻ると、秀樹兄さんや梶ちゃんたち姉妹迄もがいて、こっちが慌ててしまった。
「何度も連絡しているのに返事がないんだから心配したんだよ。大丈夫だったの?怪我した人は命に別状ないの?」
美咲ちゃんに抱えられ泣きそうになっている梶ちゃんの顔を見て、一瞬まずいことをしたと反省をして頭を下げてから皆に事故の事、会社の事をかいつまんで話していった。
「みんな心配掛けてごめん、俺は別に問題は無いけれど、会社の監督と作業員の人が腹部強打や骨折で入院したんだ、崩落については以前から俺が注意していたんだけど守られていなくてさぁ。あぁあ俺の力不足だったぁ、其れから俺は・・・今月から減俸三カ月の処分が決定しました((笑))」
「何で浩史が減俸なんだ、お前は関係ないんだろう。其れなのに減俸だなんておかしいだろう」
「いやっ、おかしくない、俺がきちんと現場にきつく説明をして対策をやらせていなかったんだから。それに皆にはお子さんが居てお金がかかるしね、俺はほら、この通り独身だから三カ月我慢すれば元に戻るから、それがうちの会社の良い所なんだよ((笑))」
「あぁあやっぱり、あんたって本当にお人好しって言うか、優しいんだから。そのうち優しさで身を亡ぼすからね。独身だからっていつまでそう云ってられるの、そのうちに奥さんが出来たらあんたのようにやってくれる人はいないのよ」
「分かってるよ純姉さん、でも、それでみんなが悲しまなければ今は良いんだよ。俺は俺の好きなようにやりたいんだ。今の俺が有るのは会社の多くの人に助けられてやって来れたんだからさ」
「はいはい、あきれたわぁ梶ちゃんこんな浩史どう思う?本当にお人好しで甘いんだから、こんな浩史のお嫁さんになったら苦労するけど、何なら熨し付けてあげようか」
「いやっそのぉ其れより何も無くて良かったです。関矢君、本当に何も無くて良かったね、私たち本当に心配で、今度はちゃんと連絡返してね、出ないとまた来ることになってしまうから、ネッ」
「関矢さん本当だよ、お姉ちゃん私の所に来てさ、私もびっくりしてどうしたらいいのか分かんなくて、其れで純さんの所に電話を掛けて私の車でここに来たんだから。お姉ちゃん、泣き出す寸前だったんだからね。もう、ちゃんと謝ってよね」
「梶ちゃん、本当にごめん・・俺さ、皆に守られているのを知っているからさぁ。連絡遅れて本当にごめんなさい」
皆の前でオロオロしている俺の姿を見てみんなから笑いが出て、おかげで俺の疲れもどこかに行ってしまいホッとした自分がいた。
「浩史、今日は泊ってくぞ、夜食は裕子が作ってくれたからサッサと風呂入れ。其れから、俺はいつでもお前の味方だし側にいてやるから安心しろ。飯食って早く寝ろ、お前の顔、鏡見てからだぞ」
俺はいつの間にか体が震えているのに気が付かなったが、秀樹兄さんは俺の過去のイヤな思い出を知っているかのように、俺を労おうとしてくれているのだ。
今夜は秀樹兄さん達が家に泊まってくれたので、俺は魘されずに安心してその夜はゆっくりと寝る事が出来た。
翌日、改めて現場を見ると、よくこれで作業をしていたなと思ってしまうくらい危険な状況だったのが確認できた。
全ての事故をデータ化するのは俺の仕事の一環でもあるし、二度とこのような事故を発生させないように事故を形骸化させるのではなく、社内外に発信する事で回避出来るようにしていく事が大切だと考えている。
どのような現場でも絶対安全だと云う事はない、事故を防ぐには絶対はないのだ、其れは嫌と云うほど俺は目の前に起きたあの事故で経験している。
俺はあの時動けなった、今でも時々夢に出てくるのだ。
だから昨晩、秀樹兄さんが泊ってくれたのは本当に嬉しかった、多分、夢で魘されていた筈だから、其れほど脳裏に深く植え付けられてしまっていた。
当時の俺はまだ入社してから一年目で、工業専門学校を出てある程度の知識や技術はあるつもりでいた。
「お~い、関矢。お前、うちに入社してまだ一年か、まだまだ新人だな。ここでしっかり覚えて行けよ、どうせお前らは現場なんて簡単だとか思っているんだろうからな」
「守屋先輩そんな事ないですよ、黒沢部長が、お前は現場で全て覚えて来い、覚えてこなければ戻さないからな、ってきつく言われてるんですから。お願いします」
「あっははは黒沢さんから言われてんのか、そりゃ大変だわなぁ。そうか、まあぁ冗談はここまでにして、この現場は沢と沢の間に砂防ダムを建設する所だが鉄砲水が出たらこの沢は大変なことになるからな、下に村が有ったろう。扇状地には必ずと言っていい程家が建つ。当然だよな、いい土があるんだから作物が育つ、だから村や町を守るために作るんだ」
「村や町を守るために造るって、鉄砲水ってそんなに凄いんですか?確かに映像では見たことが有りますが、此処ではそんなに酷くなる様に見えないんですが」
「あぁ、俺だってそう思いたいよ、だけど周りを見てみろよ。木々が薙ぎ倒されている所もあるし、巨石も、それに所々剥げて崩れてるだろ、あれが一番厄介なんだ。お前はこれから起こる事を想像しながらこれらを記憶して仕事の段取りを決めていくんだ。安全を探る事を第一に考えてな。安全に絶対なんてないからな」
あれだけ安全に配慮して工事が行われていたのに、自然の力は我々の力や考え上げた配慮を更に上回り大きな牙を剥いてくるのだ、其れを一年目の俺に叩き込んでくれているのだ
しかし、そんな中で事故は発生した。其れも俺がいる目の前で守屋主任と同期の高橋が土砂に襲われ飲み込まれて、あっという間に俺の手を離れ流されていってしまったのだ。
関矢、来るな~!お前はそこに居ろ~ダメだ・守れないウワァ~・ゴォー・・ガシャッ・たかはしぃ~・ドン・ゴーバシャン・バシャン・ゴー・バシャ・バシャ~ン
あっと言う間に起きた出来事で、俺の目の前で守屋主任と高橋が土石流で流され石と泥に飲み込まれてしまったのだ。
その時、まだ新人だった俺は何も出来なかった、と云うよりも目の前に起きた一瞬の恐怖の出来事に全く動けないで居たのだ。
翌日、捜索隊が編成され俺も参加したけれど、主任と高橋の遺体が見つかるのに三日掛かってしまった。
しかし、安どの日まもなく二次災害が発生してしまい、捜索隊のメンバー二人が再び被害に遭ってしまい、山の怖さと恐怖が嫌と云うほど体に染み付いてしまった。
現場に立つのが怖い・・・この恐怖が体を竦め、今までユンボやブルドーザーを平気で動かさていたのに、小さな石が崩れる音が聞こえるたびに持ち場を離れてしまう有様だった。
仲間からも心配されたが、事故から数日後、支社葬式の時に守屋主任の御家族から主任が家に戻っては俺の事を「息子のような男がいて教えがいがある、あれは先が楽しみだ。俺たちの上に必ずなる男だぞ」って話され、ただ涙が止まらずに顔を見る事が出来ないでいた。
同期の高橋の家族からも「関矢さん、会社辞めないでくださいね。このような事故を二度と起こさないためにも関矢さんがこれから対策を考えてください、それが家の息子が望んでいる事だと思います。息子の命を無駄にしないでください。そして息子のために涙を流してくれてありがとう」
山の現場に絶対安全と云う言葉はない
守屋主任が命を懸けて新人の俺に残した言葉だが、今でも耳に残っているし、今では俺の座右の銘にもなっている。
其れなのに、俺は今回も守れなかった、もっと強く言っていればとの悔しさだけが問われる。
坂本監督と桑原さんの御家族が現場で流した涙、俺は忘れる事は出来ないだろう。
周りの人から命が助かって良かったねと云われるがあくまでそれは結果論であって、実際には対処をしっかりと行っていれば事故を防ぐ事は出来たのでは・・・と悔しく思う。
今朝も朝から電話が鳴り続けているが、俺としては原因究明の仕事もあるし、他の現場の確認に追われている。
今日は西河部、小栗方面に足を伸ばし、各地の工事作業現場の確認を急ぐことにした。
西河部や小栗地区には砂防ダムはないが、河川工事と農業用水掘り、そして水門設置などの工事現場がある。
落石の危険性はないが、多いのは足場の悪さでユンボが倒れたり、土砂の搬出や砕石の搬入時にダンプがずり落ちたりする危険性はある。
一般的には通常の管理では起きない事案なのだが、意外と実は各地で起きている話は聞いているが報告としては上がってこないだけなのだ。
ダンプの後退時に警備員との連絡不十分で警備員が挟まれて死亡したり、歩行者がいきなり入ってきたりしての人身事故が起きている。
特に地方では子供達や、お年寄り、耳の不自由な方等による巻き込み事故は多く発生しており、その為にも指導は大切なのだが予算の都合なども有って中々上手くいっていない、現場の作業員が本来の仕事ではない警備の仕事をもやらされている感は歪めないのだ。
安全と危険性は表裏一体
いくら危険を予知して排除しても事故は起きる・・・だから一つ一つの作業に注意を図り、一人一人がルールを守っていく事が大切と云えるだろう、それでも自然の力には敵わないのだ。
其れほど自然は我々の考えを凌駕し襲ってくる、だから周囲に目を向け、危険と思われるところを現場は徹底的に排除しているのだ。
其れが資料となってそれぞれの場に合わせた対処法が産まれてくる、それ等を纏めて各現場に届けるのが俺の仕事と云えるだろう、其れなのに今回の事故が起きてしまった。
通達
次の者を減俸処分とする。
取締役社長CEO 黒沢 哲司 基本給十分の一 四カ月
技術営業部長 渡辺 俊哉 基本給十分の一 三カ月
茨城支社長 近藤 一 同
常陸南田営業所長 松田 聡 同
常陸南田営業所主任 関矢 浩史 同
常陸南田営業所現場監督 坂本 幸三 基本給十分の一 一カ月
常陸南田営業所作業員 桑山 隆司 同
十月分支給より行うものとする。
二〇十七年十月二十三日付け
広布1003546
全社メールで俺たちの減俸処分が発表された。
しばらくして各支社や営業所から、俺当てに電話とメールが本社総務に送られてきて困っているとの連絡が入った。
午後になって渡辺部長より俺宛にメールが送られてきて、その内容を恐々と見てみた。
「関矢、何とか対処しろ。皆、お前の仲間達からだ」
ウワァ、まずい。俺は急いで各営業所に今回の件について説明のメールを送り、俺が望んで処分を受けた旨を伝えた。
同じ処分を前に受けた時にも同様の事が起きてしまい、渡辺部長から大目玉を食ったことがあり、皆には有難いが俺の事なので心配しないで欲しいとお願いはしておいたのだが、まさか、各営業所から嘆願書迄出ているとは知らなかった。
各営業所各位
私、関矢浩史は、作業現場において犯してはならないミスをしてしまい今回の事故を未然に防ぐ事が出来ませんでした。
今回の処分については私が支社長、技術営業部長へ自ら申し出たものです。
私を知り、応援してくださる皆さんのご厚意は感謝いたします。またお会いでき、一緒に仕事が出来る事を望んでいます。皆さん、またお会いしましょう。 関矢
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