第十一話 慟 哭・・・・・崩 落




 抗がん剤治療が始まって一週間が経ち、日増しに痛みや咳が辛くなったと云う親父の言葉に俺は成す術も無く、ただ聞いている事だけしか出来なかった。

 家にも水曜日から隆義兄さんの大工職人が入り、部屋を増やすと云う増築工事が始まったが俺はどのようにして決まったのかなど聞く間もなく工事が始まったのだ。


 俺自体も仕事が忙しくなり、年末までに終わらせなければ成らない工事が多くなり、資器材の発注や現場視察をこなさなくては追いつかない状態で、田子地区の現場の事を忘れてしまっていた。


 二週間が経ち、営業所内の俺の仕事がやっと落ち着いた午後4時過ぎに俺の携帯に電話がかかってきた、其れは田子現場の助監督からだったが受けた瞬間にまさか・・・・イヤな胸騒ぎが俺を襲ったのだ。


「関矢主任、もしもし関矢主任ですか、田子現場の小林です。崩落です。もしもし、崩落が起きてしまいました。重機を動かしていた坂本監督と桑山が巻き込まれ、・・・・どうしたら良いでしょうか」


「小林さんどうしました?なにが有ったんです。・・・・・崩落!そうですか、やはり発生しましたか、分かりました。営業所へは電話しましたか?・・・至急、営業所と警察、消防署へ連絡してください。私の方で現場の対策を練ります。連絡が取り終わったら再度私の所へ電話をください、お願いします」


「もしもし関矢です。近藤支社長、発生してしまいました。そうです、田子の現場です。北関東支社の方へ協力要請をお願い致します。私の方から宇津里営業所と郡山田営業所にはもしもの時に対応できるように協力のお願いだけはしておきましたので、はい、宜しくお願い致します」


 思った通り、あの状況ではいつ崩落が起きてもおかしくないとは思っていたが、まさかこんなに早く崩落するとは・・・・そうか昨日の雨か、きっと雨で地盤が緩んでいる所に重機の振動で崩落が起きた、うんっ!きっとそうだ。

 とすれば、現場に着くまでに道は泥濘んでいるはず、砕石の用意も必要だな?営業所の所長に現場の状況から採石が必要かもしれないと報告をし、砕石の追加をお願いしたが、協力会社が手伝ってくれるか分からないと云うので、宇津里営業所へ直接電話をして、砕石を2t車で五台分を追加したが分配は郡山田営業所と話し合って決めてくれとお願いし、大型ユンボ二台、防護ネット50m四方四枚をお願いし、現場へと向かった。


 やはり思った通りで、現場事務所につくと現場までの道のりがぬかるんで消防車や警察車両が入れず二次災害を引きお越してしまうと聞かされ、動けないことを知った。

 徒歩で数人が現場に入り携帯で状況を知らせてくれる事に、ぬかるんでいる場所は三〇mくらいの長さで二箇所ありそれを過ぎれば大丈夫だと云うのだが、砕石が届くまでにまだ時間がかかる。


 現場から崩落した巨石がユンボを襲い、襲われたユンボは倒れその下に坂本所長と玉掛をしていた桑山さんがいると云う事だが、共に石の下敷きとなっていて時間との戦いになっている状況が確認された。

 まもなくして宇津里営業所から、大型ユンボと砕石を積んだダンプ三台が到着し、多くの応援者も来てくれた。


「関矢久しぶりだな、まさか崩落事故でお前から呼ばれるとは思っていなかったが、どうだ現場の様子は、すぐに助けに行かれんのか?」


「風間主任、こちらに応援に居て頂きまして有難うございます。まさかこのような形でお願いするなんて申し訳ありません」


「関矢さん御久し振りで、その節は大変お世話になりました。私たちで出来る事は何でも言いつけてください。まずは現場に行きますか」


「皆さんありがとう、少し待って下さい、郡山田からの応援も来るはずだから。来てから打ち合わせをして現場に向かう事にします。二次災害だけは絶対に起こしたくないし、短期決戦で救助したいので打ち合わせは念入りに行いたいと思います」


「何言ってんだよ、モタモタしたら監督たちが危ねぇだろう。早くやっぺよ、関矢さんは現場知んねんだろう。俺たちの方が経験あんだぞ、任せろよ」


「何言ってんだ、関矢さんの経験は俺たち以上だ。この人の御陰でどれだけ俺たちが助かったか、いろんな現場を見て、実際にやってきてるんだ。関矢さんの現場からは事故もケガ人も出ていないんだぞ、そんなのも知らねえのか、あんた等何を見て聞いてやってんだ。崩落の危険があるから対処しろって話しが有っただろう。其れを聞いていなかったからこんな事になってんだぞ」


「いや、此処で言い争っても仕方がないです。其れより消防隊の皆さん、ペットボトルロケットの救助するやつあるでしょう、あれ使えますか?もしあるならお願いする予定ですが如何でしょうか」


「あぁありますよ、此処は河川が広いので氾濫時の救助で使用する目的で積んであります。指示出してくれれば協力は出来ますので言ってください」


 其処へ郡山田営業所のメンバーが集まって来てくれた、以前お世話になった福田監督や菅野君などが顔を揃えているのには驚いてしまった。


「よぉ、関矢君待たせたなぁ。砕石と足場板、片っ端から集めて来たんで遅くなってしまった。面目ない。君の知っているメンバー集めて来たから使ってくれ」


「関矢さん水臭いですよ、遠慮しないで俺たちを使ってください、長いこと寝食一緒に過ごした仲なんですからドンドン言ってくださいよ、俺たちはその為に来たんだから」


 郡山田営業所の応援も到着し、砕石を積んだトラックを先頭に現場に向かい、泥濘っている箇所に砕石を撒いてはユンボで均し、進んでいく。


 途中で崩れている所もあり、郡山田が持ってきた足場板を突き刺しては砕石で道を作っていく事を繰り返し、やっと作業現場に着く事が出来たのだ。


 やっと現場についた時には日が落ちていたが、照明車も来ているので周りを照らしながら確認していくと、やはり二次災害の危険が見られるのだ。


「右手上の中央と右端のやや下に大きな石がありますよね、特に右端のはすぐにでも落ちそうだから下で受け流すように準備をしてからユンボを入れてわざと落として、それから落石防護ネットを掛けるようにしましょう。左側は危険性は低いようなのでネットを掛けるだけで大丈夫だと思います」


「宇津里営業所のメンバー四人は林を回り上に上がって頂き、左と中央の指示ワイヤーを引き上げて頂き、残り三人はロケットランチャーで打ち上げる支持ロープを引き上げてからワイヤーを引き上げネットを張ると云う事でお願いします」


「我々警察、消防隊は何をすればいいんですか」


「警察の皆さんには落石の疑いが見られたらすぐに警笛を拭いて頂きます。警笛が鳴れば全員が避難をすると云う事になります。消防隊の方は事務所でも話したように我々から見れば左端、山の上から見れば右端になりますが、あそこに見える木の間に支持ロープを付けたロケットを打ち込んで欲しいんです。我々は下でネットを広げて支持ロープとワイヤーを結び付け上からの引き上げが容易に出来るようにしていきます、宜しいでしょうか」


「よし、足場板と丸太で落石の道を作ってからユンボを入れれば良いんだな、お巡りさん警笛の方宜しくお願いします、絶対に二次災害だけは起こさないようにしましょう」


 其々が持ち場に就くのが確認されると、風間主任がユンボを入れ地面を揺らしていくと、思った通り右橋の石が崩れ落ちてきた。


 ゴロゴロ~ンガッシャ~ンザッザザザザァァ~ガッッシャ~ン


 周りの落石が落ち着くのを確認すると風間主任から「関矢指示だせぇ、始めるぞぉ」と叫ぶ声が聞こえる。


「それでは皆さん始めるので宜しくお願いしま~す!しっかり声だけは出してくださ~い。始め~」


「おぉ~!はじめるぞぉ~」


 消防隊にペットボトルランチャーで支持ロープを打ち上げ、砕石ネットを二か所に張り落石による二次災害を防ぐことが出来た。


「ソォ~レ!そぉ~れ!そぉ~れ!引けぇ~!ひけぇ~!ひけぇ~」


 此処からは時間を短縮して行わなければならないので指示はすべて俺が出し、ユンボも俺が動かして落石をどかしながら、もう一台のユンボは郡山田の風間主任が動かすことになった。

 風間主任は以前に俺にユンボの扱い方を教えてくれた人で、多分うちの会社で一番ユンボの扱いが上手いと思っているので任せる事が出来るし気心が通じやすいので安心できる。


「風間主任そっちはどうですか、見えますか?」


「関矢そっちこそどうだ、坂本さんは見えたかぁ、デッカイのばっかりだから慎重にやれよ。玉掛はきちんとやってくれよなぁ、絶対に二次災害は出すなよぉ、皆も気ぃ張れ~!」


 警察も消防隊も一緒になって落石の除去をしていくが、なかなか進まない、それでも時間は進んで行く。

 既に崩落事故から四時間を過ぎており、崩落の危険を鑑みながら除去を進め、やっとユンボの上に有った石は殆ど除く事が出来、ユンボの下敷きになっている坂本監督の体を見る事が出来た。


「坂本さん、聞こえますかぁ、何処が痛いですかぁ状況を教えてくださいぃ」


「おぅっ、俺は右脚が石の下になって全く動かせねぇ、其れと左肩と腕が痺れて感覚がねぇ、それだけだぁ」


「分かりましたぁ、救急隊の皆さん、ショック、つまりクラッシュシンドローム対応が必要ですか?もし必要なら今のうちに準備をして置いて下さい、そしてタイミングの指示をお願いします」


 風間主任も桑山さんのいる所の石を除去し終わり、既に消防隊が救急車へと運んでいるのが見える。

 あと少しなのだが倒れているユンボが重く巧く持ち上がらない為、風間主任のユンボと協力して倒れているユンボを浮かせて引き出すことに、これが阿吽の呼吸で上手くいって坂本監督を消防隊員に渡す事が出来たのだった。


「坂本さん、救助に時間がかかって申し訳ありませんでした、病院でしっかりと治してください、こちらの後始末は私と所長で行わせて頂きますので安心してください」


「関矢さん、俺やっちまったなぁ。あんたの言うこと聞いてればこんな事になんなかったのに、申し訳ねぇ、其れから助けてくれて有難うな」


 救助作業を開始してから約五時間、作業中に二次災害を起こすことなく二人を無事に救助する事が出来たのは事前の準備が出来ていた事によるものだろう。

 作業員全員が救助が出来た瞬間に雄叫びを上げる事が出来たのは、皆が一体になって行えたことへの喜びの表れなのだ。


 警察と消防との現場立ち合いは、現場責任者である所長が立ち会うことになり、俺は応援してくれた皆に御礼を述べると共にこれまでの経緯を説明した。


「風間主任、福田監督、他皆さん本当にありがとうございます。まさかこんな形で即対応が行かされるとは思っていませんでしたが、本当にあの二人が命を落とさずに済んだこと御礼を申し上げる事としか出来ません。感謝しています。皆さんの機転には驚かされる事ばかりです。まだまだ勉強しなければなりませんねぇ」


「おい関矢、遠慮しなくて良いんだ、お前が悔しくて俺の所に来た時からお前は一生懸命頑張って上を動かし、そして今俺たちはお前が作った危険予知・即対応でみんなが助かり、会社も利益が出ているんだから。あれから全国の現場で事故が減ったし、人材の協力もスムーズに出来ているんだから、全部お前の働きだよ」


「いや、其れは皆さんが俺を指導してくれたおかげですし、皆さんの力を俺は上層部に届けただけで・・・それよりも今回は支社長が近場に泊まれる所を確保してくれたそうですのでご案内します」


「あのケチ近藤がか?珍しいことも有るもんだ。あっそうか関矢と近藤は知り合いか」


「えっいやそういう訳ではなく、近藤さんと渡辺さんは黒沢さんの部下でしたから、その下の使いぱっしりが私ですかね、その御陰で皆さんと知り合ったわけでして‥それより温泉付きの旅館ですからゆっくり休んでください。明日の朝一で戻るんでしょうから、お休みください」


 「おい、関矢。お前とは今回はゆっくり話も出来ねぇな。よし、もういいぞ、所長を助けてやれ、多分あの人じゃ説明は出来ねぇだろう」

 

 「あぁそうだなぁ、あの日和見野郎じゃ無理かもな。関矢君、後は旅館までは俺達で勝手に行くから。あとで資料を送ってくれれば良いぞ、、こっちは請求書を出すけどなぁ」


 「あっははは、其れだけは確かだわ、少し上乗せして関矢に払わせるか。まっ其れは冗談だが、早く行ってやれ、其れじゃしっかりとな」


 俺には以前に違う現場で同じような事が発生し、その時にはまだ駆け出しで何もできなった口惜しさが有った。

 それを経験として、お世話になった諸先輩に相談して技術と知識を身に着け、そして今日のように即応できる協力体制を作る事に徹してきたのだ、今回それが役に立ったのだ。


 今回協力してくれた宇津里営業所の風間主任は俺よりもかなり年上で可愛がってくれたし、現場で使用する機材の技術を一から教えてくれた人でも有る。

 そして郡山田の仲間たちは、俺と一緒に夜間に共に汗を流し様々な事を乗り越えてきた自負がある、そんな仲間達が全国の支社にいるからこそ今の俺が有るのであって、決して俺一人で出来る事ではないのだ。


 それ等が無ければ、こんな短時間で救出作業が出来る訳はなく、全ての準備が出来るまでに数時間を要してしまうし、もしかしたら最悪な状況になっていたかもしれない。

 当然、警察と消防隊の高い救助技術があってこそ、我々の技術が役に立てるのは言わずと知れた事である。


 俺は警察と消防の現場立ち合いに参加し、終わった時にはもう夜が明けていた、現場事務所でテーブルに寄りかかったまま寝てしまった俺に皆は声を掛けずにそれぞれの現場に戻って行ってしまった。




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