第九話 慟 哭・・・・・「連」、そして約束
西海村から六号線を走り常磐道南常陸出口を過ぎてから大目方面に進み、叔父のいる大沢を過ぎて常陸南田市内へと戻り、鶴竜方面に向かって自宅へと帰って来た。
なぜか今日は疲れがどっと出ているような、一人寂しく玄関を開けて土間を通り、洗面所で顔と手を洗って台所に行くと、テーブルの上にメモ書きと食事が出来ていた。
メモ書きには「お疲れ様です。温めてね、好みが合うかどうかは分からないけれど食べてください。梶谷」
早速風呂に入り、体を綺麗にしてから、出来ている煮物やみそ汁などを温めて、手を合わせてから食べさせてもらう事に・・・・何年ぶりだろう、高校の時に家に来てお袋の手伝いをしながら作ってくれた事を思い出すが、あの時何を食べたかは思い出せない。
その時に玄関を叩く音がして、どうやら近所の秋江叔母さん夫婦が来たようだ。
玄関を開けて招き入れると小父さんと叔父さんが手に鍋を持ってやってきた。
「飯まだだと思ってやってきたんだが、純達が作って行ったんだ?まぁいいか、どうだ親父さんの具合?どんな按配なんだ。抗がん剤副作用が強く出てんのか?いきなり入院すっから吃驚したわ、今まで元気だとばかり思ってたからなぁ。俺も秋江も毎日顔併せてんのに具合悪かったの本当に知らなかったんだぁ」
「叔父さんや叔母さんが悪い訳じゃないんです。親父、誰にも心配掛けたくなかったって言ってましたし、それに俺も今まで家により付かなかった訳だから・・・どっちかと云うと俺が一番悪いのかも知れません。本当に心配掛けて申しわけありません」
「いやいやそんな事あんめよ、そんなに自分を責めんな。親父さん頑固な所あんのはみんな知ってから。だけどそんなに悪いのか?」
「肺がんのステージ4で、末期だって。後2~3ヵ月持つかどうか分かんないそうです。其れで抗がん剤やってるんで、親父の苦しんでいる姿見るのが辛くて・・・それでも親父頑張ってるんです」
「そうか、浩史ちゃんも親父さんの看病で疲れっと思うけど気は落とすなよ。親父さん励ましてやってくれよな、何かあったら俺たちを頼ってくれ。出来る事が有ればいつでも力になってやっからな」
小父さんたちが帰ってから、豪勢になった夜食を感謝して食べながら、今後の事や梶ちゃんの事を考えていた。
梶ちゃんにこのまま甘えて良いのだろうか?この地区は「連」があり、何かと面倒くさい所もあるし、それに直ぐに噂も立つ、おじさんが言っていた純達、この「達」を聞きたくて来たのだろう。
何時も監視されているような所もあると云うか、知らない人が来ればそれなりに伺いにも来る、そうやってこの地区は守られてきているのだ。
つまり、地区全体が家族なのだ、だから個人的なものは守られているが困った時などには皆で守ってくれるし助けてもくれる、互助会的な繋がりと云えばわかりやすいかも知れない。
その様な所だからこそ、変な噂が立って梶ちゃんに迷惑を掛けてしまったら・・・と思うと少し心配にもなる、だから秋江叔母さん達も多分様子見に来たんだろう。
特に彼女はこの町の市役所に勤務している訳で、「人の口に戸は立てられない」という諺もあるし、余計に注意しなければならない。
取り敢えず明日にでも純姉さんに話して、誤解を招くような事が無いように図ってもらう事にと考えながら眠りについた。
親父の事も気になるが、午前中は昨日の現場視察の纏めを済ませ、午後から四段の滝で有名な田子地区に出かけてみた。
常陸南田市から国道二十九号線を下り、多納谷地区から三十三号線をひた走り、高座地区から四六一号線走り抜けていくと滝の近くまで行けるのだ。
この地区にある滝は、日本三大名瀑の一つに数えられ、平安時代の歌僧がこの滝を見て「花も道 経緯にして 山姫の 錦織出す 四段の滝」と歌ったとか、、確かに高さ120m、幅73mの大きさは綺麗だが、自然が多ければそれだけ山の災害や河川の災害は発生しやすいと云える。
途中で他社が法面へのモルタル吹付を行っている現場も有ったし、河川工事をしている所も見られたのは俺にとって地域のやり方が見られて収穫だった。
我が社の現場はこの近くでの砂防ダム建設を行っていて、現場事務所を麓に設置し山の中に建設機械を入れて工事を行っている。
「監督さん、今度、資機材担当で赴任してきた関矢です。よろしくお願いします」
「おぉう、宜しくなぁ、坂本だ。あんたは現場経験があんのか、まあっ本社からの人じゃ現場は分かんねぇかも知れんがあんまり入らないでくれよ」
「あそこ、土砂崩れしそうですが、落石防止ネット張らなくて大丈夫なんですか?あっ、あそこも危なそうですね」
「だから、余計な事やんなって言ってんだろう、素人さんは黙って見ていけばいいんだよ。さぁ見終わったら俺たち仕事すっからサッサと帰った帰った」
(あちゃぁ此れだけ本社の人間は嫌われているのか)なんて思いながらも危険なのを見逃すなんてことは出来ないので、助監督の小林さんに取り敢えず2か所を防護ネットで落石対策を施してから工事をして頂きたい旨を伝えて現場を後にしたが、あの現場監督が小林さんのの意見を聞くとは思えなかった。
営業所に戻ってから今日の報告を所長にしてみたが、やはり同じように「あまり深入りしないように、現場は現場の人に任せておけば良いんですよ。どうせ事故だって起きませんから大丈夫です」って言われてしまった。
これは、もう企業として重傷の末期症状であって、本社へもオブラートで包んだような報告をしたが、多分、渡辺部長なら分かるはずなので対策はしてくれると思っている自分だった。
今日は早めに仕事も終わったのでその足で再開病院に向かい親父と対面したが、やはり前日と同じようにかなり苦しんでいるようで、背中の痛みは相変わらず取れないようだった。
「どうだ親父、今日は昨日より少しは楽か?顔色は変わらないようだけど、背中の痛みは取れたの。咳は収まっているようだけど」
「痛みは相変わらずだが、咳は少し収まってる感じはするよ、強い痛みや気持ち悪さが交互に出てくるんで参っちまうよ。それで浩史、今度の土曜日は来なくていいぞ、純と秀樹に来るように言って有っからお前は休んでいろ、その代わり日曜日に近所のおじちゃんやおばちゃん達が多分来っからお前が病院に来んだぞ。いいな」
「土曜日も純姉さんたちと俺は来るよ、大丈夫だから俺の事は心配しないでくれよ」
「いいやお前は来なくていい、しっかり休める時は休んでいろ。そうだ梶谷さんの娘さんとどっか行ってくればいいだろう、あれから会ってねえんだろ。たまには骨休みしろ」
なんて言われてしまい、俺は土曜日は親父の所には行かなくても良い事になり、純姉さんと秀樹兄さんに今日の事を伝えると二人は親父から理由は分からないが土曜日に来るように言われていると話してくれた。
なんか俺だけ外されたような気もしたが、まだ戻ったばかりだし、それに二人には俺以上の長い親子の生活時間が有ったのだから仕方がないと思って自分を納得させた。
時間が取れたのだからと思い、断られるのを承知で親父に言われたように梶ちゃんに電話をして「どこか行かない」、等と誘いの電話をした所、午後ならあいていると云うのでゆっくりと歩ける東山荘に久しぶりに行くことにした。
東山荘は、高校生の時になってから皆と来たことは会ったけれど、梶ちゃんと二人だけで来た事はなかった、そうあの時はいつも誰かが一緒に居たのだった。
やっと高校の時からの願いだった二人だけの散策が出来ると思うとあの時代に戻った時のような青い気持ちで、その夜は中々寝つけなかった。
金曜日、先日の危険性が有る田子地区現場の写真撮りをして、その帰りに常陸南田市天下町(旧水里村)にある竜人峡大橋は歩行者専用の吊り橋としては本州一で、この大吊橋近くにある協力会社の現場を見せて頂き帰ってきた。
竜人吊り橋はV字型の美しい渓谷の中を流れる竜人川を堰き止めた竜人ダムの上に掛けられたもので、橋の長さは375mで、渡ると対岸に「木製の鐘(もりのかね)」と呼ばれるカリヨン施設があり、愛・希望・幸福の三種類の澄んだ音色が竜人峡にこだまするのだとか、俺はまだ行ったこともなければ聞いたことが無いので一度は行きたいと思っているが、お腹の大きい梶ちゃんを連れて行く訳にはいかないだろう。
他にも施設の一環としてのバンジージャンプも出来るらしいが、チキンの俺には到底無理な事は分かっているのでそこはパスしたいと思っている。
営業所に戻ると所長から「関矢君またあの現場に行ってきたの、頼むからさぁあまり揉め事起こさないでくれよ。現場監督が余計な事すんなって電話で怒鳴ってたよ」との小言を言われてしまったが、取ってきた写真をパソコンにダウンロードして確認してみると、やはり危険性は高いのが確認でき、大雨が降ったりしたら確実に崩れる事がこれでハッキリしたのだ。
これを所長に見せたけれど、現場監督から言われたことに拍車をかけたようで、聞き入れては貰えなかった。
何かあってからでは遅く、二度と過去のような思いはしたくなかったので、かつて世話になった隣の県の北関東支社の宇津里営業所と郡山田営業所に「もしもがあった時にもしかしたら声を掛けるかも知れない」と、伝えておいた。
越権乱用であることは承知しているけれど、もしもの場合にはこれらのネットワークは絶対に必要であることはかつて現場に入っていた時に嫌というほど経験してきている。
だから所長には内緒である事、現場の雰囲気を壊さずに協力をしてもらう事になるので、細心の注意を払っているが・・・・当然もしものことなど誰も起こってほしいとは思っていない。
ここは現場を知り尽くしている現場監督の経験で頑張ってもらいたいと願うのは当たり前の事で、営業としても至極当然の事なのだ。
夜に西海病院によって、梶ちゃんとの約束が取れて明日は来ないことを伝えると、何故か親父はすごく喜んでくれた。
「親父、明日は来ないからね。梶ちゃんと東山荘に行ってからゆっくり食事でもするつもりだよ、日曜日には来るから」
「そうか約束出来たか!何年ぶりだ?良かったなぁ。梶谷さん大事にしてやんなよ、こっちは純と秀樹が来るから大丈夫だ。そのかわり日曜日は頼むがんな」
今の俺には親父に何も出来ないのだ、けれど親父の期待には出来るだけ応えてあげようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます