第六話 君との再会・・・・・再 会
梶ちゃんへの思いを一番知っているのは純姉さんであって、東京へ行く前に何度も相談したがチキンの俺には行動する事が出来なかった。
たぶんそれを言いたいんだろうけれど、本当にいつも俺を心配してくれる姉さん、有難いものだと口には出せないけど思っている。
なぜ口に感謝の言葉を出さないかって、??もしチラッとでも話したら完全にマウントを取られてしまうので絶対に口には出せない、たぶん隆義兄さんだって同じ気持ちだろう。
食事を終わってからある程度片付けて、美咲ちゃんからもらった名刺を取り出して美咲ちゃんの携帯電話に掛けて変わってもらった。
「関矢です、美咲ちゃん夜分にごめんね!お姉ちゃん居るかな、昼間電話を貰ったんだけど。携帯の電話番号聞くの忘れてしまって、うん、それで美咲ちゃんの電話に掛けたんだけど電話大丈夫かな」
「浩史さん、今晩は、先日はどうも。そうか、お姉ちゃん電話掛けたんだ。何も言わないから掛けてないのかと思った。お姉ちゃんなら居るよ、今お風呂から出たばっかりでとてもエロい恰好してるから、ウフフフフ電話じゃ分からないもんねぇ、ちょっと待ってて。お姉ちゃん電話、浩史さんからだよ」
「美咲、余計な事を言わないの。もうあの子ったら、はい電話変わりました美由紀です。関矢君どうしたの、明日、良いよ。場所は・・・私が関矢君の家に車で行くから、それから多分だけど、貴方に九月の初めに会ってると思うの?川西の前で倒れたことがあって、その時タクシー呼んでくれたの関矢君でしょ。だって声が似てるから違うかな。」
「あぁ、あの時、両手に荷物いっぱい持ってフラフラしてた女の人、あれって梶ちゃんだったの、そうなんだ聞き覚えのある声だとは思っていたけれど、女性の顔をしっかり見るのは最近ではハラスメントになる事もあるからなるべく見ないようにしてたんだ。あれ、確か妊婦さんだったはずだけど、美咲ちゃんから梶ちゃん独身って聞いたけど」
「あぁあ、やはり其処に気付いた、そう私独身だよ。だけどちょっと訳ありでね、其の事について相談したいの、関矢君も幻滅した?無理ならいいけど」
「別に気にしてないよ、分かった明日それじゃ午前中に・・・・待ってるから。あっそういえば新しい家に引っ越ししたの知ってるんだっけ、言い忘れちゃった」
「大丈夫です。関矢くんが東京へ行ってから純姉さんの所に何度か行ったことが有るし、其れに引っ越しも少しだけど手伝ったんだよ」
えぇっ、今まで誰にもそんな話を聞いたこともないし、話題にもなっていない、其れって俺だけが知らなかった事、純姉さん他にも何か隠し事を持っているような気もするが口には出さないほうが賢明と判断し電話を終えた。
純姉さんに明日梶ちゃんが来ること告げると、姉さん夫婦は「明日は来ないからね、上手くやりなさいよ」って言って帰ってしまった。
何を上手くやるんだか分からないが、久しぶりに梶ちゃんに会える、どんな顔をして話せばいいのか見当が使いないし、それに・・・妊婦さんで独身ってどういう事なんだろうと、そのことだけが頭の中をぐるぐる回っていた。
朝、いつもなら親父はもう起きているはずなのにまだ起きていないようなので部屋をのぞくと、親父はまだ布団から出ていなくて「背中と腰が少し痛いから擦ってほしい」と初めて愚痴みたいなこと言ってきたのに驚いた。
「何だ親父どうしたの、痛いのか。良いよ、擦ってやるからうつ伏せになるかそれとも横になってくれないと出来ないから」
「今日は何かいつもり背中と腰が痛くてなぁ、それに少し息苦しんだ。明日病院に行くから、ちゃんと見てもらうから大丈夫だよ。今日来るんだろう、あの子はいい娘さんだったよな、ゆっくりしていって貰えな」
「俺の事なら大丈夫だよ、其れより親父の方が心配だよ。今まで我慢してたんじゃないだろうな、何でも言ってくれよ。その為に俺は帰ってきたんだから、お袋の時に何もしてやれなかった俺だけど親父にはちゃんと親孝行させてくれよな。今でもお袋時の事を時々思い出すんだ・・・悪いことしたって」
昨日までは元気だった親父、なんだか今朝は小さく見え、背中と腰を擦ってみたら、子供の時に負ぶさったガッチリしていた親父の背中がこんなに痩せていたのか初めてしった。
いつも親父の背中を見て、俺もあのような体になりたいと思って頑張ってきたが、まだまだあのように頼れるような大人の背中にはなっていないと思う、多分一生親父みたいには成れないのかも知れない、俺は俺なりに成るまで頑張るしかないのだろう。
「親父、飯は食べられるか?小粥でも作ろうか。その前に背中に湿布薬を張ってやるからな少しは楽になるだろう」
俺は親父のために小粥を作りながら、あと何年こうして親父と一緒に居られて生活を共にしてやれるんだろうか、俺は親孝行が出来ているんだろうか等とこの時には思っていたが、まさか数カ月もしないで早くお迎えが来るとは思っていなかった。
親父と俺の洗濯物を干している時に畑の中の道を赤い軽自動車が走ってくる、多分、昨日会う約束をした梶ちゃんの車に違いない、そう思いながら近寄ってくる車を見つめていた。
狭い庭の中に赤い軽自動車が入ってきた、俺は縁側からドアが開くのを待っていると、やはりあの時の女性、少しお腹が膨らんで見える、そう梶ちゃんの姿だった。
俺にとってはまだ高校生を卒業したばかりの梶ちゃんの顔しか思い出が無かったが、その面影を残したまま大人になっていた、そして妊婦さん独特のふっくらした顔が其処にあったのだ。
俺は久しぶりの見る梶ちゃんの顔を見て少し照れてしまったが、梶ちゃんはそんな俺と違って此れから一人で赤ちゃんを育てていくと云う気構えが溢れて見える。
「関矢君久しぶりです。そのぉあの時は有難うございました、此れ、あの時のタクシー代、先にお返ししておきますね。それから今日は会ってくれてありがとう。まさか、また会えるなんて思っていなかったから神様は私を見捨てていませんでした((笑))」
「こっちこそ、梶ちゃん久しぶりです。あの時は気が付かなくてごめんね。なるべく女性の顔は見ないようにして、あまり関わりたくないと云うか女性に対しての接し方って難しいから、本当にごめん、でも今日会えてよかったよ、元気にしてた?」
「優しい所は相変わらずだね。でも嬉しかった、本当に、あの日からもう会えないと思っていたし、それに私もやっと悪阻が終わってさぁ、今ではこんなんだから会ってくれないと思ってたから。関矢君に怒っていた事やあれからの事など言いたい事が沢山あったけど、年が過ぎていく度に何かどうでも良くなってきて、それにこんな体でしょ。誰も女として見くれないの、笑っちゃうよね」
などと顔を見ては笑いながら田舎を出た日からの思い出話に花を咲かせた、お互いに離れた長い時間を埋めるにはそんなに時間はかからないけれど、出来事については二人其々の時間を埋めていくには時間を要した。
二人が離れて十五年、短いようで俺にとっては長かったし、俺は彼女を田畑に預けるような形で逃げてしまったのだから彼女に恨まれていても仕方なかった。
梶ちゃんは田畑とは短大卒業までは付き合っていたと云うけれど、成人式の時にお互いに歩く道が違う事を知って別れたと云うが涙は出なかったそうだ。
其の後、純姉さんが東京の服飾大学を卒業してからこっちの服飾学校の先生をしていた時に偶然再会して、夜間の服飾学校に洋服仕立ての勉強に行っていたんだそうだ。
その後、市役所に勤務してから誰とも付き合っていなかったけれど、三年前にお腹の子の父親である彼氏を紹介され付き合い始め、今年二月にプロポーズされ、ホワイトデーの三月に返事をし結婚の約束をして、その夜に貰い事故に遭い彼氏は即死してしまったのだそうだ。
彼女もまた瀕死の重傷を負い、三カ月近く入院をしたと云うのだが、それを聞いて「うわぁ重い」って感じてしまう自分は情けない、そして今の自分には無理だとさえ思ってしまった。
梶ちゃんはその話をしながら、今までいろんな人に心無い言葉を掛けられてきたので「関矢君がどう思っても気にしないから大丈夫だよ」って、(うわぁこの人は強いわ、もしかして純姉さんと同じくらい強いかも)口には出さずに黙って聞いていた。
「梶谷さん出勤してきたけど夜遊びして事故に遭ったんでしょ、自業自得よね。其れに妊娠していなんて、そういう人に見えなかったんだけど誰の子なんだろう」
「そうよね、今まで男の人がいるって感じゃなかったし、三十歳過ぎていたから焦ってたんじゃないの」
「あそこの部署で独身は確か彼女だけだったんでしょ。お局様的なとこもあったし、これからどうすんだろうね」
「そう言えばさぁ、何でも市営住宅の母子住宅申し込んでるらしいけど、生まれてれば別だけどまだお腹中んでしょ、無理よね。課長に頼んでるの聞いちゃった。図々しいよね」
など等いろいろ言われてるらしいが、もう気にしなくなったそうだ。
情けないけど俺には梶ちゃんの力になれそうもないなって思いると、俺の顔を見て突然、東京の話を聞きたいと言い出した。
「俺は高校を出てから東京へ一人で出てきてから専門学校へ通い、卒業後にいろんな会社の面接試験を受けて今の会社に入社したんだ。
入社後に技術営業部に配属されけど周りは大卒でばかりでさ、工学部出身同期ばかりの中で一年間営業で扱かれて、当時の担当部長から「お前は今年から五年間現場に入れ、持っている資格が生きるまでみっちりと現場で叩かれて来い。俺が責任をもってお前の管理をしてその後引き上げてやるから俺を信じて現場で磨かれて来い。
お前は伸びるはずだから必ず戻す。いいか、時間は無限ではない有限だと云う事を忘れずに行って来い」と云われ、全国の支社の現場を五年間一日も休まずにずっと回ってきて、今ならパワハラとか過剰労働なんて言われるかも知れないけれど、仕事を覚えるには全く時間が足りなくて、休みの日や深夜も現場に無理を言って出させてもらっていたよ。
だから、お正月も現場はやっているから帰ってこれなかったし、秀樹兄さんの結婚式と叔父さんの葬式の時だけは帰った来たけど、それ以外はずっと仕事で二十四時間働き詰めの五年間だったなぁ。もうやれないけどね、いろんな意味で。」
「すごいね、本当に今では無理だわそれ、そんなことしたら組合や労基違反だって騒がれて自殺しちゃう人もいたんじゃないの」
「普通はそうだよね、でも行かされたの俺一人だし、その担当部長も腹を括って俺を行かせてくれて、そりゃあ大変だったみたいだよ。
それでも頑張って元の部署に戻ったら同期は皆偉くなっていてさ。そりゃそうだよね、皆キャリア組だから。
俺はそれから半年して、今度は海外支社を二年間回ってきて、日本に戻ってからやっと小さな部署を任せてくれるようになったんだよ。でも、いろんな勉強の場を与えて貰って本当に感謝してるんだ」
「へぇ、海外も行ってたんだ、関矢君ってなんか凄いね。いつの間にか私の知っている関矢君じゃなくなってたんだね。ふぅ~ん、でもよくこっちに帰って来たよね。其処まで頑張ってきたのに何か勿体ない気もするけど、会社も良く許してくれたと思うんだけど」
「当時の担当部長がさぁ、今は偉くなってるんだけど。「親父さんの所に帰ってやれ、今やってる仕事はそっちでも出来る、但し南関東支社の仕事もするんだぞ」って、だからこっちの仕事をやりながら、本社からの課題を毎日家に帰って来てから夜に纏めては送って、それに海外の連中とのやり取りもあるし少し大変かなぁ。でも楽しいのは間違いないね」
「本当に今の仕事が好きなんだね、少し安心した。ところで関矢君、彼女の話が出てこないんだけど、彼女出来たんでしょ。いや、もしかして居るの?今日みたいに会っていたら彼女に怒られてしまうね。でも私たち同級生だし、元カノって訳でもないから良いよね」
「いや彼女って、女性友達なら居たけど!付き合っていた訳じゃないし、なんて言うか、たまに食事に行ったり映画を見たりして・・・二人でいる機会は少なかったらね、たぶん彼女も友達だと思ってるはずだよ」
「あぁあそれって、もしかして私ん時と同じような付き合い方してるんじゃないの?私はあの時、関矢君の事が本当に好きだったんだからね、今だから言うけど。でも、もう遅いけどね((笑))、今の私じゃおばさんだし、このお腹じゃ誰も付き合ってくれるような男はいないけど」
二人の笑い声が大きくなった時、奥から親父の呼ぶ声がした。
俺はもしかして、また苦しくなったのかと思って急いで親父の下に行ったところ、親父は起きていて顔を見たら朝と違って顔色も良くなっていた。
「浩史、梶谷さん来てんのか?なんだか楽しそうな笑い声が聞こえてたが、梨でも持って行って食ってもらえ、冷蔵庫にジュースも入ってっから持って行け」
そんな話をしていると梶ちゃんも親父の部屋に入ってきて、どうやら親父と会うのは俺よりも久しぶりでは無いようだった。
「関矢さんのお父さん、ご無沙汰しています。梶谷です。この家の引っ越しの時以来ですから、もう十年位前に手伝いに来た時以来顔を見せていませんでした、申し訳ありません。実は妹の美咲が関矢さんにあったと云うので、今日久しぶりに話をしにこちらに寄させて貰っています。お体具合が悪いんですか?」
「あぁあ、最近身体の調子が芳しくないんだわ。そうか、あの時に純と一緒に引っ越しを手伝ってくれた梶谷造園の娘さんか。そう言えば浩史と同級生だったなぁ、こんな良い娘をほったらかして浩史は本当にダメな奴だな。そうかそうか、本当に久しぶりだ、ゆっくりしていきな。ジュースも梨もあるから食べってくれな」
親父と一緒に、それぞれの生活してきた話をして、親父も久しぶりにいろいろと話が出来たみたいで(親父がこんなに喜ぶなんて、俺ってもしかして今親孝行してるのかな)三人共楽しかった。
梶ちゃんが帰った後も親父は梶ちゃんの話ばかりして、息子の俺より梶ちゃんといたほうが楽しいのかよって焼きもちを焼いている俺がいた。
しかし彼女はこれからどうするつもりなんだろうか、あの大きなお腹で、確か出産は来年の一月中旬ごろだと言っていたが、その前に美咲ちゃんのアパートを出なければならないし、かといって今の俺には何の力もないし力にはなれない、そう思っていた。
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