第一話 君との再会・・・・・夏の終わりに




 


「ねぇねぇ、お姉ちゃんってさぁいつまで私の部屋にいるの?私が結婚するまでにはこの家を出てもらいたいんだけど…ねぇ聞いてる」


「んっ何か言ったぁ、洗い物してるから水の音で聞こえなかったんだけど」


「だからぁ、お姉ちゃんはいつ迄この部屋にいるのかなって話、だって私十二月に結婚式上げるんだよ、そのあと彼とここで暮らすの知ってるでしょ。彼だって次男坊だから実家にいる訳に行かないし、それに私だってお姉ちゃんだって実家に帰れないでしょ、お兄ちゃんの家族だってあるし・・・義姉さんとお姉ちゃんの事だから絶対に無理だよね。はぁ困ったもんだよ」


「うぅ~ん分かっているけど、もう少し待ってくれない!市役所の担当者に相談しているだけどなかなかいい返事貰えていないんだよね。母子家庭向け住宅に入れるように話しているんだけど、まだお腹にこの子がいる以上は母子家庭ではないしさぁ、でもこの子が生まれるまでにはどこかに引っ越ししなくちゃねぇ」


「そうだよ何とかしないと、それに一人じゃ産めないんだよ。、そりゃぁ私だって協力はするけど・・・その前にお姉ちゃんの部屋を探さなくっちゃ、身重で未婚の母じゃ何処も部屋貸してくれないしねぇ」


「そうなんだけど、あっそういえば美咲に話していなかったけど、この間、お兄ちゃんから義姉さんが熱中症になったみたいで調子が悪いから買い物してくれと言われて、帰りにスーパー川西にいったの。それがさぁ沢山買う物が有って重くて重くて、そしたら私もちょっと具合が悪くなっちゃって、バス停近くでちょっとしゃがみ込んじゃって大変だったのよ。そしたら駐車場にいた男の人が駆け寄ってきて、冷たいペットボトルの水とタクシー呼んでくれて、其れでそれで運転手さんに私の帰る家を聞いて教えて、タクシー代二千円も出してくれてね。顔はよく見えなかったんだけれて・・・・どこかで聞いたことが有るような声でさ、御礼を言おうかと思ったらその男の人、年配の人に呼ばれて、たぶんお父さんじゃないかなぁ?話す間もなく行ってしまったの・・・あれって誰だろうね。お金も返さなくちゃいけないし‥美咲知っている人いるぅ」


「えぇっそんな事あったの?スーパー川西って、どっちの川西、あっ仕事帰りじゃ市役所そばの川西しかないか。ふ~んそんなことが有ったんだ、私の知っている人だったらmailかlineで即連絡来るから私の知り合いじゃないのは確かだね。」


「そうだねぇ、でも聞いたことのある声なんだよね、話している言葉が標準語だったから…たぶんこの辺の人じゃないのかもね」


「身重の未婚の女に声かけるなんてよっぽど物好きか、其れともお人好しさんじゃないの」


(妹の美咲に言われるまでもなく私は今年三十三歳を迎えた未婚の妊娠五カ月の女ですよ。)と、心の中で思いながら助けてくれたお人好しさんの顔を思い出そうとしましたが、暑さか悪阻かは分かりませんが気持ち悪さに襲われながらも冷たい水を飲んでいる間にてきぱきと動く彼の背中に見とれていた自分を思い出したのでした。





 私は梶谷(かじたに)美由紀、今年の四月十六日に誕生日を迎え、三十三歳になった未婚で妊娠五カ月の身重の女で、お腹の子の父親は残念ながらもうこの世にはいません。

 そして、一緒に生活して居るのは四歳下の妹の美咲で、私は美咲のアパートに転がり込んでいる居候なんです。


 実家には兄が一人いますが、父と母が亡くなっていないため、実家には兄夫婦とその子供たち三人、家族五人で生活をしているなど、私たち姉妹にはいる場所もなく実家を出る事にしたんです。

 私は今年の三月までは実家で一緒に生活をしていたんですが、妹の家賃が大変だと云う名目で二人で折半して住もうと云う事になって今日があります。


 私は彼との夜遊びの帰りにもらい事故に遭い、彼は即死、私も重傷を負い三か月間入院、事故から約一か月半も意識不明状態で集中治療室にいたとのことで、やっと意識が戻って大部屋に移り手足が動かせるようになり、リハビリをして三か月後に退院したのですが、意識のない状態の中でお腹には彼の赤ちゃんがすくすくと育っていたと云う訳なんです。

 退院した時には妊娠四カ月も過ぎていて、「これからまた手術するには後の体力が持たないよ」と云われてしまい、一人で産む決意をしたんですが其れからが大変で、兄夫婦に相談したところお義姉さんが激怒してそれはもう大変でした。

 其れでやむなく妹が家賃が大変だからとの助け舟を出してくれて、それで妹の部屋にお世話になっていると云う、居候が確定した訳です。


 彼は同じ市役所の職員で、付き会いいだしてから三年目を過ぎた今年の2月のバレンタインディにチョコレートを渡した時にプロポーズをされ、一か月後のホワイトデーの日に彼に結婚への申し込みを受ける返事をした後、彼との愛を確かめた深夜の帰りの交差点でもらい事故に遭ってしまったんです。

 私は彼の死を集中治療室を出てから看護師さんから伝えられ、その時に私も死ねばよかったと病室のベッドの中で毎日泣き崩れていましたが、お腹に彼の赤ちゃんがいる事を知り、「この子のためにも絶対に死ねない、彼が私のお腹にいるんだ」との思いで決意し一人で産む事にしたんです。 


 でも、世間の風は冷たいんですよ、きっと不倫の子よだとか、未婚で身重だなんて恥ずかしいだとか、今でもいろいろ言われ続けていますが、私も妹の美咲もどこ吹く風で気にしないで生活しています。

 しかし、今、現実に困っている一番の問題は、妹の結婚が決まってしまったこと。そうなんです、妹に彼氏が出来て、スピードプロポーズされ今年の十二月に結婚式を挙げるって言い始め、身重の私はこのアパートを出なければならなくなってしまったんです。


 妹の彼である高崎君は農家の次男坊で同じ市の職員なんですが、次男坊の宿命と云いますか実家には一緒に住めないため、しばらくの間は美咲のアパートで新婚生活をスタートし来年春に新居を立てると云う事に決まったんですが、予定日の一月中旬には私のお腹の子も産まれてしまうので、今、最悪状態なんです。



 数日後、無理やりお願いしていた市営住宅申し込みの結果が市民課担当主任から言われたのでした。


「梶谷さん、母子専用住宅申し込みの件なんだけど、担当課長とも相談したんですが、やはり無理でね、お腹の子が産まれているのであれば何とかなるんですよ、そのぉ空いてる部屋も在るんでね。だけどまだ産まれていないし、一人で身重で、それにもし一人で生活している時に産気づいて産まれるなんてことになったら、その時を考えるとまだ貸せないんだよね」


(云われるまでもなくそういうことは重々知っていますよ、あちこちアパートを探して不動産屋さんに声を掛けても同じような事ばかり言われ続けているんですから、あぁ~!どうしようかなぁ…こんな時に関矢くんが居たらなぁ相談できるのに、あぁあ彼どうしてるかな、あれから十五年過ぎたのよね、今は相談できる人がいないよぉ)


 なんて心の中で思いながらも口には出せない私ですが、私の市役所の住民課のマイナンバー取り扱う部署は忙しく、毎日追われ続けているのです。

 仕事が終われば前は職場の仲間と飲みに行ったり食事に行ったりしていたはずなのに、最近はお腹の子のため、今後の母子生活のためにと貯金をし続け、世間体を気にしない干物女化しているような・・・美咲に言わせれば「最近お姉ちゃん老けてるよ、女捨てちゃったみたい」だって、でも今は我慢しなければ、もうお嫁になんか迎えてくれる男はいないんだから、等と勝手に決め込んでいる私なんです。




「はぁ、俺はいったい何をしてるんだろう。せっかく夢を描いて東京へ行って、一生懸命勉強していまの会社に入り、必要な資格も頑張って取ったのに・・・また田舎に帰ってきちゃったよ、せっかくあそこまで上り詰めたのに!もうこの周りの自分の同期は結婚してるんだろうなぁ、俺なんかまだ独身だよ。でも、早智子さんには悪いことしたな、彼女は都会出身だからこんな田舎には絶対住めないだろうし。都会と違ってコンビニまで車で信号のない道を十分も走らなければならないからな!、それに病院や大手スーパーまでだって車で二~三十分はかかるんだから、田圃道や農道には外灯が少ないから夜は真っ暗になるしなぁ」


「お~い浩史、何一人でぶつぶつ言ってんだぁ、晩ご飯出来たと純が言ってんぞ、早くしねえと純達が帰れなくなるから早く来い」


「はぁい、はいと分かったから今行く。・・・おっ今夜は豪勢だね、純姉ちゃんも今日まで親父のために有難ね、明日からはこんなに豪勢にはできないけど俺がやるから、隆義兄さんにもお礼言っといてね。」


「浩史、あまり無理しちゃだめだからね、仕事で遅くなるとか、何かあった時には連絡してくれればちゃんとやってあげるから、秀樹兄さんは遠いから難しいかもしれけど、お義姉さんだって悪気が有って遠くに家を買ったわけじゃないのよ、此処が不便すぎるのよ。とは言え、お父さんの生まれた土地だし、私達だってここで生まれて生活してきたんだから仕方ないんだけど」


 俺、関谷浩史は高校卒業するまでは茨城県常陸南田市の山間部の麓の家に住んでいた、この家は俺が二十歳過ぎた時に秀樹兄ちゃんが会社から前借をして新しくこの土地に家を建てた物で、俺自身はこの家での生活はわずか数日程度しかない。

 高校を出てから十五年間家を離れ、帰省したのは兄や姉、従兄妹の結婚式やお袋の葬式だけで、式場からそのまま東京に戻ったりしていたからこの家には数日しか来ていないので新鮮さは有るが想いでは無い、当然俺の小さい時から高校までのアルバムや聞いていたレコード、テープやCD等も捨てられていて無い訳で・・・居なかったし帰らなかったのだから当然と云えば仕方がない事で何も言えない。




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