わるいひとたち
柿尊慈
わるいひとたち
これから出発する予定の帰りの新幹線でぼうっとしていたら、しばらくして親子が――いや、実際には親子ではないのかもしれないが――要するに、子どもが4人と、俺よりもやや年上といった雰囲気の女性がひとり乗ってきて、女性は俺の隣に、そしてその隣にひとりの子ども、その他の子どもは俺の後ろの席に連続で座った。窓側の席を取れたとはいえ、時間が時間なだけに外は真っ暗で何も見えず、俺の右隣の窓は暗黒、左には女性の姿、後ろからは子どもたちの騒がしい声が認識できるという状況。子どもたちは幼稚園や保育園に通っていますというような年齢に見える。とにかくかわいいが、とにかく疲れるという時期であろう。
女性は、子ども4人を生んだとは思えない若さであったが、特につっこむこともなく、俺は目をつむって2時間ほどの新幹線の旅を穏やかに過ごそうとした。しかし、後ろの席がどうにも騒がしいのと、俺の2つ隣の子どもは、後ろの子どもたちと距離ができてしまって拗ねているようで、とても安眠できる状況ではない。俺はあきらめて目を開ける。
隣に座った女性は、子どもたちを世話することなく、おもむろに取り出した缶ビールを開けた。プシッと炭酸の抜ける心地のよい音がしたが、子どもを前にしての母親の行動ではないだろう。女性を止めようとした。
……が、女性の目からはさらさらと、静かに涙が流れていた。ぎょっとする。女性の方も自分の涙に驚いたらしく、白いブラウスの袖で目をぬぐおうとしたが、メイクか何かを心配したのか、ごしごしと擦るのを踏みとどまり、ハンカチで静かに雫を吸い取っていた。
女性は涙を拭いて、それをごまかすように、改めて缶ビールに手を伸ばそうとしたが、それより先に俺の手が彼女の缶ビールを掴んだ。ひょいっと持ち上げると、彼女と目が合ってしまう。
なかなかの、美人だ。泣いたあとであるのに、ぶすっとした顔になっているわけでもなく、もしかして先程のものは涙ではなく、この女性の目から湧き出してきた美容エキスか何かだったのではないかとさえ思うほど、彼女は美しかった。
とはいえ、いきなり横からビールを横取りした男とばったり目が合って、気まずい間が生まれてしまっている現状を考えると、早々に何か気の利いた言葉を発さなければならないだろうともうひとりの俺が責め立てる。
「――失われたあなたの涙は、ビールなんかじゃつくれませんよ」
我ながら、何を言っているのだろう。
若干の席替えをして――指定席だから本当はよくないんだろうが――俺は先程まで後ろの子どもたちと離されて拗ねていた女の子を俺と女性の間に挟んだ位置に座った。
「子どもの相手、うまいんですね」
後ろの子どもたちは勝手に盛り上がっているから放っておくとして、問題は女の子の方だった。女性は、見た目は美しいものの、子どもの相手をするのにはかなり不慣れなのは明らかで、俺の方がよほど、彼らをどのように扱うべきかを心得ていた。
「こう見えても、幼稚園教員の養成課程にいるんですよ」
まあ、予想はしていたが、男性の幼稚園の先生になりたいと志したものの、色々なところから妙な目で見られることが多く、何度もその夢を諦めようと考えたが、ここで引いては男が廃ると踏ん張ったおかげで、大学も3年目に突入し、幼稚園教諭を諦める人や大学自体をリタイアする人も周囲に出てきた中で、現在では、大学附属の幼稚園の園長先生からお墨つきを得ている。
「私はほんとに、子どもとか、全然だめで」
なら、どうして産んだんですか?
声には、出さない。人には人の、家庭には家庭の事情があるというものだ。もはや家庭内暴力ともいえるような、理不尽で一方的な性交渉により子どもを授かってしまったパターンや、その他いろいろ考えられる。
いつだって、子どもは巻き込まれる側なのだ。
もちろん、たまに子どもが子どもを傷つけることもあるけれど。いじめとか、そうだろう。でも結局、いじめが起きたり隠蔽が起きれば、周囲の人々およびマスコミ等が押し寄せてあーだこーだ言うものだから、ここでもまた、子どもは巻き込まれる側なのだ。
生まれてきた理由など持たずに生まれてきてしまって、どういうわけか死ぬことは悪とされるし、死ぬときはだいたい痛いから、とりあえずのうのうと暮らしてみて、成長しないと生きる意味や目的なんてそんな早く見つけられないのに、その成長過程で、大人たちはどんどん邪魔をする。
もちろん、俺みたいに、小さい頃の想い出から、幼稚園の先生になりたいと20年近く考えてる子どももたまにいるだろうけど。全員が全員、俺のようではないだろう。
しかし……。
あらためて、この女性は美人だ。とても、子どもを4人も産んだとは思えない。というかそもそも、若すぎる。子どもの年齢はどうだろう。おかしい。どう見ても全員、同い年くらいだろう。4人も産んでいたら、どうしてもその間隔は1年近く開いてしまうのだから、一人ひとりはともかく、一番上と一番下はかなりの年齢差が出てくるはずである。
となると、推測されるパターンはいくつかあるが……。
「みんな、元気ですね。何歳なんですか?」
女性は、俺の取り上げた缶ビールを見ている。
「わからないんです」
子どもの歳が、わからない。
よほど子育ての疲れ等で壊れてしまった親でなければ――実際にお腹に宿した母親であればなおさら――自分の子どもの年齢がわからないなんてことはないだろう。
「お姉さんの子ども、じゃないですよね?」
子どもが絡めば、俺にできないことはない。たとえそれが、美人であっても、怯むことはない。
女性は、こくりと頷く。
「甥っ子と、姪っ子たちです」
相も変わらず、後ろではどんちゃん騒ぎ。
俺と女性の間に座った女の子は、俺がたまたま持っていたヒモを使って必死にあやとりをしている。ちなみに俺は、お姉さんとの会話と同時並行で、ほぼブラインドタッチ状態であやとりをして、女の子を小さく喜ばせていた。
子どもを相手にするのに、マルチタスキングは必須だ。賛否両論はあれど、子どもは時によそ見しててもわかるような事故を起こしたりするので、注意を分散させておくことは必要だと思っている。まあ、これについては本当に、色々な先生方と対立するけど。
「えっと、親戚の集まり――というか、祖父が亡くなりまして、兄や妹も子どもを連れて来たんですけど、久しぶりの地元だからと、同級生たちと飲んだりしてて、でも、子どもは帰さなきゃだからと――」
「まさか、その役目を……」
押しつけられた、と?
続きは口に出さなかったが、お姉さんはうつむいて、しばらくそのまま。
3秒ほど開いて、お姉さんが頷く。
「……親として、失格ですね」
ため息まじりに、言ってみた。
お姉さんがビクリとする。まさか、出会って10分ほどの男に、親族をディスられるとは思ってもみなかっただろう。しかし、俺は口にする。俺は子どものことになれば、誰であろうと容赦はしない。
いつだって、子どもは巻き込まれる側なのだ。
子どもから目を離してマッサージチェアにかかっているというのは、幼稚園教員志望者としては不適切な気はする。
けれど俺は今、幼稚園の先生でもないし、実習生でもない。しばらく帰ってなかったからと――かといって長期滞在するつもりはなく、授業のない日をうまく使って数日愛知の実家にいて、そこから新幹線に乗って東京に戻ってきた、ひとりの男なのだ。
偶然にも、俺とお姉さんの利用駅は同じであった。東京で乗り換えて、俺は子ども4人の子守りをしながら電車にうまいこと乗せて、今はこの、駅前の商業施設の中にある、子ども連れのための、いわゆる屋外遊園地というやつに来ている。
新幹線よりも心地がいいシート。子どもたちは、遠くの方でわいわいと片っ端からゲームの筐体に飛びついて、がやがやと楽しんでいた。壊さないといいが。
女の子の方は、飽きもせず――むしろハマってくれたのだろうが、マッサージ機にかかり手指の使えない俺のそばでちょこんと座って、黙々とあやとりを続けている。あやとりのサイトを表示させた俺のタブレットも一緒に渡してあるから、俺の実践的見本がなくとも、試行錯誤して遊ぶことができているようだ。
「私、あやとりはやったことないんですけど」
同じくマッサージ機にかかっているお姉さんは、先程の新幹線よりもちょうどいい距離感を保って(さっきは近すぎた。美人が近いと俺がもたない)、目をつむって、さっきよりもよほどリラックスした状態で話をしてくれた。
「本を読んだり、絵を描いたり、そういう、ひとりで静かに遊ぶような子どもだったみたいで」
でしょうね。声には出さないけど、一目見ればそれは一発でわかる。そういった幼少期を過ごしていたのなら、よほど若いうちに消耗したのでなければ、子どもの騒ぎに合わせて、一緒に遊ぶことができるかもしれないからである。
素質なし、というわけではないだろう。かくいう俺も、大人しい方だったのだ。それでも俺が幼稚園の先生を目指して、今では元気な子どもとも大人しい子どもとも遊べるようになったのは、自分が幼稚園に通っていた頃の、体育会系ではなく、穏やかな、だけど誰にでも等しく、優しく接してくれる男の先生がいたからだ。大学入学の際に挨拶に伺ってみたが、俺のことを覚えているかどうか以前に、とっくに幼稚園教諭を退職してしまっていた。
それでも、憧れの先生像というものを心に残したままだったから、ここまで努力を続けられているのだ。けれど、理想の大人が描けていない状態だったなら? 理想の父親、理想の母親、理想の大人、そういったヴィジョンが描けていない状態で、いきなり子どもが生まれたり、押しつけられたりしたらどうなる?
「真面目に勉強して、お友達もそんなに多くなかったから、余計に真面目な印象を、周囲に与えてしまったのかも」
大学3年の俺とは違って、お姉さんは社会人4年目。ひとつ下に弟、3つ下に妹がいるらしかった。そこの子どもたちが、一斉に、お姉さんに押しつけられた。
「元々、あまり計画性ないまま産んでしまったみたいなところはあったみたいで、だから、まだ彼らも遊び盛りで、子どものことよりも自分のことの方が気にかかっちゃうような感じで……」
お姉さんは真面目に生きてきた。弟や妹は、彼女のその真面目さ――親しい人から頼まれたことを容易に断ることができない、不幸な側面につけこんで、静岡にあるらしい実家で今も騒いでいるようだ。弟は工業高校卒、妹は短大卒らしい。全員が全員というわけではないが、学歴の高さと人生計画のうまさはある程度比例しているように思ってしまった。お姉さんには悪いが、自分の姉に子守りを任せるというのは、本当にどうかと思う。今回の、お姉さんたちのおじいさんが亡くなったのをきっかけに再会した流れではあるから、頻繁に預けるというようなことはないようだが、親としての品性を疑う。
子どもにとってはたしかに、ひいじいさんだからかなり遠いだろう。だが、保育園なり幼稚園に通っているにしても、休ませて手元に子どもを置いておくべきではないか。信じたくないが、こういう親が、いるのだ、この国には。少数だが、確実に。これでもまだ、暴力の跡とかが見られないからいい方なのだろう。
「でも、私は、これまで悪いことをしてこなかっただけで、別に、いい子ってわけじゃ、ないから。だから、もうあのお姉さん嫌だって思われるようにすれば、もう、こんな目に遭うこともないって思って」
俺の足元には、新幹線でお姉さんの開けた缶ビールが、中身を捨てた状態で、ビニール袋に入れて置いてある。ここに来るまでに、駅のトイレで捨てておいた。少々ここには顔が利くので、空だと確認させたうえで、特別に持ち込ませてもらっている。
「悪い子になろうと、普段飲まないお酒なんか買ってみて、きっとこれを飲めば、あの子たちにも酷いことができるだろうと、思ったんだけど」
そんな気持ちの人が、子どもに嫌われるようなことをできるはずがない。少なくとも、そのためにお酒の力を借りようなどと、思えても、購入まで踏み切れても、実際に飲む前に、良心が痛むはずである。俺がお姉さんを見かけたのは、まさにその現場だった。
「それにしても、ここは平和ですね」
ここは、俺のアルバイト先でもあり、そのため色々と都合を利かせられたのだが、同時に、年上の女性と子ども4人を連れて急に来るもんだから、妙な誤解を生んでしまった。お姉さんをマッサージチェアに案内して、子どもたちを解放した後、店長に事情を説明したので問題はないだろうが、やや次の出勤日が不安である。確実に「あの人誰? 彼女?」なんて言われるだろう。あるいは、すでに俺が出勤したときには噂が広まり、従業員たちにヒソヒソと言われるかもしれない。まあ、そんなことは大したことじゃないからいいのだ。
「混むときは、ドッと混むんですけどね。ありがたいことに、今日は全然、利用客が俺たちしかいないみたいだったので、ゆっくりしてください」
まあ、ゆっくりした分の利用料は、俺の給料から払うことにしてるんだけどね。遠慮するお姉さんを説得して、カッコよく「俺が出しますんで」と言ったものの、子どもの数が多いから地味に痛手ではある。2度と使うことはないであろうがどうしても必要な会員登録に300円、大人ふたりと子ども4人だから6人で、15分でひとりあたり100円だから、15分いたら600円で、お得なパックを使うのも手だが、土日は3時間パックだから3時間はいないといけなくて、でも見知らぬお姉さんと一緒に3時間も一緒にマッサージチェアにかかってたら気が狂いそうだし、マッサージ機は基本15分までの使用なので、そんなにかかってたらたぶん死ぬ。なんでかわからないけど死ぬ。
「弟さんと妹さんは、いつ頃帰ってくるんですか?」
「予定では、もう3日ほどは向こうにいるみたいです。弟の奥さんも、妹の旦那さんも、向こうにいるから、仕方なく、消去法で私が……」
そうか。怒りの矛先はこれまでお姉さんの親族だけだったが、よく考えたらもうひとりずつ親がいるのだ。お姉さんにとっては、義理の妹と弟になる、のかな。そこもダメ親じゃないか。お姉さんくらいしかまともなのがいないのでは?
「お姉さんは、どうするつもりだったんですか?」
お姉さんにも、自分の生活があるだろう。子どもが保育園・幼稚園に通うとして、でもそこまではいったいどうしろっていうんだ? 弟と妹の生活圏はわからないが、全然違ったら大変なことになるだろう。電車を使わせるか? タクシー? いや、保育園と幼稚園は休ませるべきだろう。いや、そもそも通ってないのか? 情報が少なすぎる。お姉さんもよく、連れて帰ってきちゃったものだ。自分だって仕事があるから、きっと休めないだろうに。
お姉さんは、何も答えない。きっと、答えられないのだ。押しの強い家族たちに押しつけられた子どもを、世話することもできなければ、捨てることもできない。
子ども4人は、どこかで預かってもらわないといけない。それこそ日中はここにぶっこんでいてもいいが、いかんせん金がかかりすぎる。子育て支援センター等を利用するか? それでも、夜はいったいどうなる? 子どもたちはいったい、どこで眠ればいい?
「お姉さんのおうちは、子ども4人、寝れそうですか?」
今度はすぐ、お姉さんが首を振る。
「会社から紹介を受けてる、ひとり暮らし用の、本当に小さなところなので、4人も無理だと思う、かな」
「広さとしては?」
「ワンルーム……」
じゃあ、だめだ。
しばらく、沈黙が続いた。
お姉さんは、本当に何も話すことがなくて、何かないかなと話題を探しているのだろう。ときおり、思い立ったように顔を上げてみるものの、諦めてまた下を向くという動きを繰り返しているのが視界の端に映った。
足元では、女の子があやとりをしている。飽きないもんだね、ほんと。俺にあやとりの心得があってよかったと痛感する。
俺はといえば、お姉さんのように話題を探しては諦めるというようなことはせず、ただただ迷っていた。乗り掛かった舟というし、少し俺が痛い目に遭えばいいだけのことなのだが。
つんつんと、足首のあたりに何かでつつかれる感覚。もたれていた背中を起こして、その主を向き合う。女の子が、あやとりを中断して俺の足を掴んでいる。
口が開く。
「……お母さんは?」
これにはさすがに、お姉さんも思うことがあったらしく、同じようにガバッとシートから起き上がった。
本当にこれは、参るな。
いつだって、子どもは巻き込まれる側なのだ。
「お母さんたちはね、忙しいみたいだから、しばらく会えないんだ」
シートを下りて、女の子と同じ目の高さになるようしゃがみ込み、俺は女の子に語りかける。
寂しがっているというわけでは、なさそうだ。ただ純粋な、疑問として、出た言葉だったのだろう。だけど、寂しがっていないからいいというわけではない。彼女たちは、何の説明も受けていないのだ。
俺は、さっきから何度も飲み込んだ言葉を、舌の上まで戻してくる。ここで言わなきゃ、男が廃るというもの。
「――お母さんたちが戻ってくるまで、何日か、お兄さんの家で遊んでよっか」
しばらくの、沈黙。
女の子は、こくりと頷いてくれた。
「あの子たちにも、伝えてくるね」
全然喋らない子だったが、ようやく、他の子どもたちのところに向かっていったようだ。
ところで、タブレット持ってかないで。置いてって。あんなヤンチャな子どものところに持ってったら、確実にオモチャにされるじゃない。オモチャじゃないのよ、精密機械なのよ。
言うだけ無駄なので、諦める。
「いい、んですか?」
驚いた顔のお姉さん。下から見上げると、意外と背が高いんだなと気づく。まあ、立ち上がったら俺の方が高いけどさ。ああ、子どもからすれば、子どもの視点から見れば、とても気弱な女性には見えないのかもしれない。
「まあ、乗り掛かった舟ですしね」
向こうの親の説得とか、全然考えてないけどね。
でもまあ、向こうも文句言う資格はないでしょう。俺はまだ教員免許を持っていないが、あの子たちの親たちもまた、親としての資格を持っちゃいないのだ。ブチブチ言うなら、早く帰ってくればいいんだよ。気の弱い姉に押しつけるなんて、ガキみたいなことしやがって。
どうせなら、より安定したヴェールで包んであげたい。あの子たちの親よりも、俺の方がまだふさわしいと、驕った考えに至っただけのこと。別に、数日間だけだし。俺の部屋は一人暮らしにしてはやたら広いし。大学も、預かってる間は全部休んでやろう。
「いつだって、子どもは巻き込まれる側ですからね」
あーあ、言わんこっちゃない。
向こうで子どもたちが、俺のタブレットを怒涛の勢いでタップしている。指紋が大変なことになってるだろうから、それ用のシートを買っていかないと。
「あー、いいんですか、本当に?」
「ええ」
子どもたちが3人、前を歩いている。俺とお姉さんの間に、あやとり少女。俺と手を繋いでいるが、お姉さんと繋ぐ気はないらしい。
「元々は、私の気の弱さのせいなのに、任せっぱなしというのも、申し訳ないから。何もできないかもしれないけど、せめて、寝かしつけるくらいは、がんばります」
お姉さんは、子どもと一緒に俺の家にしばらく居座ることを提案してきた。
いきなり子どもが4人も増えるのだ。きっと予測してなかったアクシデントが起こるだろう。そのときに、お姉さんがいれば、まあ、助からないこともない。
「確認ですけど、お付き合いしている特定の女性とかは……?」
「はっはっは」
いませんよ、悲しいことに。
「お姉さんは?」
答えはなく、首が振られる。
「ストップストップ! そこだよ~」
声を上げて、子どもたちを止めた。このまま通り過ぎては意味がない。彼らは、俺の家にきちんと閉じ込めておかなければならないのだ、しばらくは。
俺が先陣を切る。階段を上った。大人しくついてくる、他5人。急に、6人家族。
カギを開けて、ノブを回す。子どもたちはバタバタと靴を脱いで俺のベッドに向かっていく。容疑者の家に突入する警官じゃないんだから。
俺も靴を脱ぐ。ひと息つく。
お姉さんも、しばらくためらって、靴を脱ぐ。細い脚。
しばらく、見つめてみる。
お姉さんの口が開いた。
「今日会ったばかりの男の人のおうちに上がってしまうなんて、悪い子ですね、私」
お姉さんの、出会ってから初めての笑顔に、ドキッとしてしまう。
ごめんなさい、お姉さん。俺も、悪い子かもしれません。
(おわり)
わるいひとたち 柿尊慈 @kaki_sonji
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