アルバムと最初の思い出
あの日がきっと、私たちの出会い。
うらやまのぼうけん
最初に思ったのは、「なんだよ、この陰気な奴」とかそんな感じのことだったと思う。本ばっか読んでたし、外で遊んだこともないって言ってたし。
でもその時の俺はまだその「陰気」なあいつとここまで仲良くなるなんて思ってもみなかったし、そのあいつが実は全然「陰気」なんかじゃなかったことも知らなかったんだ。
本当はものすごく行動力がある奴で、俺の子どもっぽい思いつきにも着いてきてくれたりもする。そればかりか身を切るような思いをしながらも頼んでもいないお節介も焼いてくれるような、そんな奴だなんてさっぱり知らなかったんだ、その頃の俺は。
「おまえ、いっつもここにいるよな」
塔下街の噴水のある広場。暗い青色のマントを羽織った少年が、噴水の淵に座る目の前の人物に話しかけた。少年、と言うには少々幼すぎるかもしれないその男の子は、逆立った金髪を揺らして目の前の人物の手元を覗き込む。
「なあ、なによんでるんだ?それ」
「……」
話しかけられた人物、これもまた男の子と同じくらいの年齢だろう子どもが無言で顔を上げた。その手元にはやや大きめの本。字も大きく、おそらく子ども用の童話集か何かだろうと思った。
「おれ、テトラ。おねがいだから、へんじとかしてよ」
男の子、もといテトラが頬を膨らませる。その様子を目の前の子どもが凝視する。
「……テルミナ」
子どもがぼそりと小さな声で呟いた。それだけ言うとテルミナは再度視線を手元の本へと戻した。
「なあ。それ、なによんでるんだ?」
テトラが質問を繰り返す。童話だ、とテルミナが顔も上げずに返した。
「ふーん、おもしろいの?それ」
「……私には」
今度は顔を上げて答えた。大きな金色の瞳がわずかに細められている。もしかして迷惑だっただろうか。
「ごめん、メーワクだった……?」
「べつに」
テルミナがことりと首を傾げた。帽子やローブのいたる所に巻かれたベルトが揺れ、金具同士が音を立てる。もしかしたらサイズが合っていない服を無理矢理着ているのかもしれない。
「……そっちは。……何、しようとしてるんだ」
意外と声が高いんだな、とテトラは思った。
「ぼうけんだ!」
テトラは自信満々に言い切る。テルミナはそれを怪訝そうな顔をして見上げている。
これが、二人の最初の出会いだった。
「……こんなところ、あったんだ」
テトラが住んでいる家よりもさらに奥、ほとんど人の手の入っていない鬱蒼とした裏山。何度も訪れているのだろうか、テトラは勝手知ったる様子で木々の枝をかき分けていた。跳ね除けられた枝がしなり、テルミナの顔を打つ。
「いたい」
「お?だいじょーぶか?」
思わず顔を手で覆ったテルミナを気遣ってテトラが振り向く。平気だ、とテルミナが少々不機嫌そうな顔で答えた。
「こんな山、はじめて来た」
テルミナが興味深げに周りを見渡す。様々な種類の木が混在しているこの裏山は結構面白かったりする。
テトラは思い切り笑ってみせるとずんずんと先へ進んで行く。テルミナは観察もほどほどに慌てて追いかけなければいけなくなった。
しばらく歩いた頃、二人は急に開けた場所に出た。ちょうどそこだけ穴の空いたように木々の枝がなくなっている。それは遥か頭上も同じことで、そこだけ陽の光が強く差し込んでいた。
「はじめてきたんだろ?ここ」
「……うん」
降り注ぐ光を目で逆さまに追うように、テルミナが視線を上に向ける。テトラが一足先に陽の降り注ぐ下に飛び出して笑った。
「すげーだろ!おれのジマンのばしょなんだぜ」
ばっと大袈裟に手を広げてみるが、まだ小さなテトラでは両腕を精一杯広げてもいまいちその大きさが伝わらなかった。
「……すごい、な」
テルミナも小さく呟くと陽の下へと足を踏み出した。日差しが入るからだろうが、その明るい場所には他と違う花がちらほらと咲いていた。
「絵本とかにありそうだ」
「えほんなんかよりすごいんだぞ!」
テトラが慣れた様子で地面に寝転がる。テルミナがそれを見下ろした。
「地面はきたないんだぞ」
「いーんだよ、ここは。ほら、あったかいぞ」
テトラがテルミナの長いローブの裾を引っ張ってみせる。唐突に引かれたテルミナは抵抗することもできず花に顔を突っ込むことになる。
やや不服そうな顔をしながらもテルミナは大人しくテトラの横に転がった。
「ほら、キレーだろ?そら」
テトラが頭の下で手を組む。テルミナも彼に倣って真上の空を見つめた。まだ午前中の、澄んだ青空が二人を見下ろしている。
「……きれい」
「うん、キレー」
テルミナは思わず目を閉じた。暖かくて気持ちがいい。外ってこんなに心地よかったっけ。地面って、こんなに柔らかかったっけ。
こんな空を見上げたのは初めてだ。こんな地面に寝転がるなんてしたのも初めてだ。いつもブーツで踏み締めているだけでは気づかなかったあたたかさがそこにはあった。
最初に思ったのは、「この不躾に話しかけてくる奴は誰だ」とかそんなことだったように思う。私は本を読んでいる最中だったのに、それを気にすることもなく話しかけてきた空気の読めない奴。
でもその頃の幼い私はあんな「不躾」な奴とこれほどまでに仲良くなるとは思わなかったし、彼をここまで心から信頼するなんて少しも思っていなかった。
たしかに不躾だがそこには彼なりの思惑や優しさがあって、そこが彼の良いところだとも思う。元々あまり交友関係の広くなかった、いやほとんどそんなものがなかった私があそこまでして救いたくなるような大切な友人になるなんて、あの頃の私は全く思ってもいなかった。
けれど、確かに私たちの思い出はあの裏山から始まったのだと、今なら断言できる。
テルミナと事象の外伝 巡屋 明日奈 @mirror-canon27
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