後日談:ポラリスと淡雪の差異

変わる景色、変わる自分。

雪の日に

「あ、雪……」

シャ、と軽い音を立ててカーテンが開けられる。露わになった窓の内側からテルミナがそっと顔を出した。

ぱらぱらと幻想的に雪が舞っている。まだ明け方の空と相まってとても綺麗だった。

テルミナは窓枠に手をかけると積もった雪が崩れ落ちてこないよう慎重に窓を開けた。扉と同じように立て付けの悪い窓は軋むような音を立てながらも何とか開いた。地面も真っ白、もちろん庭にある彼の墓跡も同じように純白に染まっていた。銀輪に至っては木からの落雪で完全に埋まっている。

「うわ、寒いな……っ!?」

思わず身を乗り出したテルミナに屋根から落ちた雪が直撃する。冷たい。

テルミナは思い切り室内へと身を引いた。頭からこぼれ落ちた雪が溶け、床を濡らしていく。後で掃除しなければ、とテルミナはどこか他人事のように思った。


ちゃんと、時間は進んでる。


一年前の今日を思い、テルミナは支度を済ませて外に出た。玄関先で少女から友人の死を伝えられた時のことを思い出す。あの日は晴れていたがとても風が強くて、今日は雪が降っていて風は弱い。

ちょうど一年も前。この今日に至るまでの三百日以上もの間で、テルミナはついに彼のいない生活に慣れた。前とは変わった天気、変わった自分。寂しくもあるが、それは時間が正しく進んでいることを示す何よりもの証拠だった。昨日とは違う空を見るたびに、毎朝どこか安心する。

また、いつか。その「いつか」を待つ私のことを彼は見ていてくれているのだろうか。

露店通りへと繋がる道すがら、テルミナは彼に届けと言わんばかりに空へと手を伸ばしてみる。広げられた、その大きくも小さくもない手に冷たいものが当たる。僅かについた雪を払い、テルミナは再び歩き出した。


露店と露店の間にある小さな喫茶店。いつもとは少し違うオーダーをして、いつもの席に腰掛ける。しばらくすると、テルミナの前にはベーコンの乗った三段重ねのパンケーキ、そしてフラッペが並んだ。まずストローに口をつけてずるずるとフラッペをすする。

雪の日に飲むには冷たすぎる。やっぱりココアにするべきだったかもしれない。冷たさできーんと痛む頭でテルミナはなんとなくそう思った。

ゆっくりとした朝食を終え、テルミナはある露店へと向かった。最近よく来るようになった旅人たち向けの土産屋だった。店先にはあの馬鹿高い塔を模した工芸品などが並んでいた。その中に紛れてテルミナの使った金属細工も所狭しと並べられている。

「店長ー、いますかー」

「あいよー、おっテルミナか。何の用だ?」

テルミナが声をかけるとすぐ店の奥から店長が顔を出した。のそのそとエプロンをつけ、レジ横のカウンターに座る店長をテルミナはじっと目で追っていた。果たして土産屋にエプロンは必要なのだろうか。

「今日は買い物に来ただけです」

納期はまだ先だぞ、と首を捻る店長にテルミナが笑う。

「そうか。で、何が欲しいんだ?」

「懐中時計を……二つ」

「二つ?お前の分と……あ」

怪訝そうな顔をした店長が納得したように手を打つ。テルミナが静かに頷いた。

店長が棚から取り出してきたのは、色違いの二つの懐中時計だった。針がシンクロしながら規則正しいリズムを刻む。

「こっちは、金貨二枚な」

銀色の方の時計を差し出して店長が言う。テルミナはそれを受け取りながらローブの中から財布を取り出す。

「んで、こっちはお代は要らねぇ」

次いで差し出された金色の方の時計を受け取りかけて、驚いたテルミナが店長を見上げる。

「む、無料……?タダ?」

「だってお前のじゃねぇんだろ?」

時計を二つともテルミナに押し付けて店長が言う。受け取ったテルミナが慌てて金貨を取り出した。

一人分の代金を受け取った店長に見送られてテルミナは露店を出た。いつの間にか雪は止み、空には雲ひとつもなかった。


いろんな店に寄ったテルミナが家に帰る頃には、すっかり日も暮れて真っ暗になってしまっていた。

一旦荷物を家に置き、必要なものだけを持って庭に出る。銀輪から積もった雪を払い、倒れないようにそっと腰掛ける。少し下を向くと、ちょうど墓石と向かい合うような形になった。

帰り道に再び立ち寄って買ったフラッペを石の前に置く。「さすがに寒いよ……」と苦笑いする彼を思い浮かべて思わず笑ってしまう。

そのままフラッペの隣に時計を置こうとし、文字盤に石から落ちた雪がかかったのを見て止める。そして自身の銀の時計と一緒に抱え込むと銀輪から立ち上がった。


「……これは、また、いつか会った時渡すよ」


……テトラ。

最後に呟いたその名前は冷たい空に吸い込まれて消えていく。

手をそっと、天の彼まで届けと言わんばかりに伸ばす。開かれた指の隙間から強く輝く星が見えた。

北極星、不動の星。

これからの人生の、道標になりそうだ。

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