前日譚:テトラと因果律の明日
決して来ない、明日に焦がれ。
銀輪と出会いの因果
この世には、因果律というものがある。全ての事象は、原因と結果でできているのだ。
ただ、もしその「結果」の方があらかじめ決まっていたとしたら?どんな屁理屈みたいに見える
どうやらこの世界は微妙に意地悪なようで、過程がどうであろうと俺が死ぬという結果は変わらない。なんだこの屁理屈は。世界が聞いて呆れる。そんなこじつけのバカみたいな世界に毎日毎日殺されるなんてたまったもんじゃない。
……毎日毎日、とは語弊があるかもしれない。正確には今日も今日も、だ。永遠とも思えるほどに続く無限の『今日』の間、俺はずっと死に続けていた。死に方はさまざま。死ぬ時間もまちまち。ただ、変わらないことは「『今日』俺が死ぬ」、それだけ。
こんな結果を先に決めておいて適当な原因を作るなんてムカつくにも程がある。
少し前まではそう思っていた。でも、もし決まっている結果が「『今日』俺が死ぬ」ではなく、「俺に『明日』が来ない」だったとしたら?『今日』のうちに俺が死ぬことはその結果に対する原因でしかない。
だとしたら、因果律も案外正しいのかもしれない。
テトラは街の外、国の外へ向けて歩きながらそんなことを考えていた。朝早くに家を抜け出しただひたすら歩く。気が向いた方向に歩き続けるだけ。疲れたら休憩して、また歩く。
どうせまた死ぬんだ、どうせなら遠くまで行ってみたい。
ただそれだけの思いで、考えなんてものは微塵も存在していなかった。
国の終わりを超えた。もうここはすでに共有地、他の国と自分の住む街のある国が共用で管理をしている、という名の無法地帯だ。わかりやすく言うと誰にも管理されていない空き地みたいなところ。
さらに少しだけ遠くに
テトラはなんとなくその銀輪に向かって歩いた。浮遊銀輪、聞いたことはあったが実際に見たのは初めてだ。ただ単純に、興味があった。あわよくば乗せてもらいたい。
「あのー、すいませーん!」
銀輪の横に座り込む男を見つけてテトラが声をかける。男はその声に反応してゆっくりと顔を上げた。疲れ切った、でも輝いている顔。まだ見ぬ世界を知りたい、と顔に書いてあるようだった。
「誰だね、君は」
「俺、テトラ。あっちの国の馬鹿高い塔がある街から来た」
僅かに見える塔を指してテトラが言った。初対面の人相手に簡単にコミュニケーションがとれるのは、幼い頃から親の露店で培ったテトラの特技だ。
「おじさんは、どこから来たんだ?」
「私は、色々なところを旅していてね。今はもっと向こうにある海辺の国からやって来たところだが、故郷はもっともっと向こうだ」
男はテトラと反対方向を指して答えた。そんな遠くから、ずっとこの若干軋む銀輪で来たのだろうか。
「俺ね、今日死ぬんだ」
唐突にテトラが呟いた。男が驚いた顔でテトラの方を見る。そりゃあそうだ、いきなり目の前の人から今日死にます宣言なんてされたらぎょっとするよな。テトラからしたらそんな反応は慣れているので特に気にすることもなく言葉を続けた。
「だからさ、俺おじさんの旅の話聞きたいな。俺もいつか遠くまで行ってみたいけど、そんな時間なさそうでさ」
あとその銀輪にも乗ってみたいな、なんて肩をすくめて言ってみせる。別に死ぬことを盾にとって言うことを聞かせたいわけではない。全部ただの本心だった。
「そんなに面白くは語れないと思うがな」
やれやれ、と男が首を振りながら承諾した。テトラが隣に座り込んだことを確認し、男はゆっくりと話し始めた。
男が行った国や地域は数十にも及んでいた。何年も何年も世界各地を旅していたらしい。
高い壁に囲まれた国。外との情報を遮断していて、もう百年以上も前の世界情勢を信じていた。
森の中にひっそりとあった小さな国。動物と共存して、意思疎通までできる人もいた。
家が全部高い位置にある国。よく洪水が起こるらしく、玄関は梯子を登った上にあった。
他にも色々な旅の話を聞いているうちに、すっかり夕暮れになってしまっていた。驚いたことに、テトラはまだ生きていた。
「そういえば銀輪、乗りたいんだったね」
男がおもむろに立ち上がる。そのままテトラに銀輪に跨るように促す。
テトラにはやや大きい銀輪。足がギリギリ付くかどうかだった。ここを回せば前に進む、ここを踏めば止まる、などと事細やかに操縦法を教えてくれた。
「それ、君が使っていいよ」
「ほぇ?」
思わぬ言葉に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。そんなテトラを見て男がくしゃりと笑う。
「私は、もうすぐ定住しようと思ってるんだ。ちょうど君が歩いて来たあの国に住む予定でね……だから、この子は君に使ってもらいたい」
「でも俺、今日」
「死ぬ、って?構わないよ、私が持っていてももう使わない。だったらせめて君が最期まで思う存分乗ってあげればいいんじゃないかな」
テトラが目を見開く。男は相変わらず笑ったままだった。
テトラは一人で銀輪を走らせていた。どことなくぎこちない走りだったが、風が気持ちよかった。
日が完全に沈み、星が見え始める。自分の手から段々と力が抜けていくのがわかった。
すごく眠い。今までに何度かあった、きっとまた死ぬのだろう。ただテトラは銀輪を止めることはしなかった。
すっかり力が抜けたテトラが銀輪の上に跨ったまま眠っている。否、眠るようにして死んでいる。
彼の自重でアクセルレバーが押し倒され、銀輪は動かぬ少年を乗せたまま走り続けた。
日付が変わる瞬間、ひっそりと走っていた銀輪は少年と共に姿を消した。
また、『今日』が始まる。
もう一度あの旅人のところに行って、聞ききれなかった旅の話を聞こう。テトラは自宅から飛び出して昨日のあの場所へと走った。銀輪はないけれど、風に押されながら乗った感触は確かに覚えていた。
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