前日譚:シュヴァルトシルトと不可逆の今
繰り返す、何度失敗したとしても。
前編・事象の地平面外で
何度だって、繰り返してやる。
やり直してやる。
例えどれだけ失敗したとしても_____
「なぁ、今日も遊べるか?」
テルミナとテトラは露店の隙間にひっそりと建つカフェのテラス席に座っていた。テトラがずるずるとフラッペを吸いながら訊ねてくる。こんな寒い日なのによく凍えないな。
「今日?今日はえっと……無理かな、露店に出す品物作らなきゃいけないし」
今週中が締め切りだからさ、とテルミナが肩をすくめて答える。テトラの方もそっか、と気分を害した様子もなく返す。どうせ今日がダメでも明日や明後日に遊べばいいのだ。二人は幼馴染であり、十代も半ばを越えようとする今までずっと友人だった。だからもちろん明日も明後日も友人のはずなのである。何も問題は無い。
テルミナがココアをすする。カップから漏れた湯気が冷たい冬の空気に触れてより一層白くなる。
まだ朝の七時くらいだろうか。二人は朝食を食べに来ていた。いつも来るカフェ。露店に紛れているせいか客数が少ないここはいつの間にか二人のお決まりの集合場所になっていた。ここで朝食をとり、そのまま広場の方へ繰り出す。昼食は買い食い。夜は市場で食材を買って各自自炊をする。それが二人のささやかな日常だった。
「おまたせ」
すっかり常連になったせいか打ち解け敬語の消えた店員が注文したメニューを運んでくる。三枚重ねのパンケーキが二人分。テルミナの前のものには丁度良く溶けたバニラアイスとキャラメルソースが添えてあり、テトラの方にはカリッと焼いたベーコンと整った目玉焼きが載せてある。
「いつもありがとねー」
テトラが店員に手を振って礼を言う。テルミナもゆるく手を振ってみせる。
しばらくの無言。カチャリ、とフォークとナイフが皿と当たる音だけが二人の間にあった。パンケーキはナイフを軽く押し付けただけでへこむほどにふわふわで、それを三枚重ねて切り分けてソースをつける。そのまま二人揃って口に押し込む。
「ふぉいひーへ」
美味しいね、とでも言いたかったのだろうか。テトラがリスのように頬を膨らませながら言う。同じようにしたテルミナが頷き同意を示す。
テトラはそれだけ言うと黙々とパンケーキを食べ続けた。食べるのが遅いテルミナからしたら驚異のスピードで、彼の皿のものが消えていく。んー、と満足気に目を細めてテトラが笑う。いつもこうだ。よく飽きないものだ、とも思うが毎朝それに付き合ってここで食べてる自分も似たようなものかと思い直す。
またしばらくの無言。ゆっくりと食べるテルミナをテトラがフラッペを吸いながら見つめる。
平和だった。
カフェを出ると風が強くなっていた。テラス席は露店と露店の間にあるため気づかなかったが、かなり強い。小さな露店なんかは店もやってられないほどに揺れている。事実隣の露店は朝にもかかわらず店じまいの準備をしていた。
空は晴れている。雨は降らなさそうだ、とテルミナは思った。
「ほわー、風強いな」
テトラがバンダナを抑えながら言う。テルミナも飛んでいきそうな帽子を抑えながら頷いた。とはいえテルミナに関しては帽子よりもマントの方が荒ぶっていたのだが。
ただ雨が降っていないのなら関係ない、テトラはそのまま手を振って露店通りへと姿を消し、テルミナはそのまま家へと戻った。
テルミナの家は古くさして大きくもないが、元々の持ち主がかなりの金をかけて造ったおかげで頑丈にできていた。もちろん露店と違って風に煽られても僅かに扉が軋む程度で済んでいる。テルミナは念のために扉を軽く補強すると帽子とマントをベッドに放り投げて机に向かった。ついでに左側だけ三つ編みにしていた髪も解いて後ろに流す。机の上には形の整えられた金属片が散らばっていた。
テルミナは手先が器用だ。幼い頃からテトラの親の営む露店の手伝いをしていた。ベルトのバックルやマントの留め具、帽子などにつけるピンバッジを売る露店だったのだが、テルミナはその商品の一部を使っていたのだ。
今はその店はないが、テルミナは別の店に卸すバッジやアクセサリーをまだ作っていた。
ペンチと机の角を使って器用に金属を折り曲げていく。花型、星型、葉型などと金属片が様々な形に変化していく。ほんの十分程度で五個ほどの品物が出来上がっていた。今日中に作るべき数は百個。夕方は暇になるだろうからせっかくだしテトラを誘って夕食は外で食べようか、などと考えてみる。金銭的にも余裕はあるし悪くはない。
金属を切る音と曲げる音だけが淡々と家に響く。テルミナは独り言を言うたちではない。この家にはテルミナ以外いないのだから、必然のことだ。
どんどんどん、と扉が叩かれる音でテルミナは顔を上げた。すっかり集中していたようで、品物はすでに五十個程が完成していた。
風とは違う叩き方。誰かが訊ねてきたのだろうか。もし店主だったら今日の夕方また来てもらうように言わなければ。
「はーい、誰ですか」
補強されてもなお軋む扉を開ける。そこにはテルミナの予想とは違い近所に住む少女が立っていた。テトラとほどではないがそれなりに仲の良い友人だ。彼女はやたら青ざめた顔をしていた。よく見れば僅かに震えているようだ。
「て、テルミナ。あのね、よく聞いて……」
少女は震えた声で言う。テルミナが眉をひそめる。一体何事だ?
「テトラがね、あのね、露店通りにいたの」
「知ってる。あいついつもそっちに行ってるでしょ」
それがどうした、とテルミナが返す。そんなテルミナに少女が俯いて首を振る。
「それでね、今日風が強いでしょ。だから露店もいくつか崩れてね、それで……」
嫌な予感がした。怪我でもしたのか。露店の下敷きになんてなったらかすり傷じゃ済まないだろう。
「テトラが小さい子たちを庇って下敷きになって」
少女はテルミナを見もせずに続ける。
「なんとか瓦礫の下から救出されたんだけど」
止めたかった。テルミナはその先に続く言葉を察してしまった。全力で止めたい。だが少女は無情にもその後の言葉を繋げた。
「死んじゃってたの、彼」
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