六章 病室とパフェ ―21―

「ねえねえ、チューハイ飲む?」

「病人にお酒はだめです。佐藤さん」


 荷物持ちにされていた宮原からビニール袋を奪い取り、がさがさと漁るサトさんは、わたしのお姉さんのような存在だ。


 駆除師ではないが同じ会社でOLをしており、将来はわたしもサトさんのようなキャリアウーマンを目指したい。


 サトさんは、佐藤 里子の『さと』からつけられたあだ名………らしい。


 何せ10年以上も前のことで、あだ名づけの親のわたし自身もあまり覚えていない。…たぶんあってると思う。


「ティラミス味なんだけどなぁー……」

「えっ、わたしも飲みたい!!」

「だから、だめだってば」


 宮原は“ゴースト駆除株式会社”の若きエンジニアだ。この年齢で様々な解念剤の調合を受け持っている。


 うちの会社は結構大きな会社だと最近になって知った。世界中に支店を持ち、解念剤の特許によってほとんど専売状態らしい。


 そんななか、宮原がこの会社の研究所に招かれたのは、大抜擢だったと言える。……だが、わたしに地位なんてものは関係ない。


「病人だってアルコールは飲みたいんだよ!?」

「うるさい。病院くらい静かにしてろ」

「あー…甘味アルコールの禁断症状があぁ……」

「………」


 呆れ顔で無視されるとつらい。


 無言の宮原は手に持っていた、赤いネットからボールのようなものを取り出して、わたしに投げ渡す。


「ほら、これで我慢しろ」

「え……」

「…? みかん 好きだったよな?」

「ぁ、うん……ありがと」


 手のひらを広げて、みかんをキャッチする。


 ちょこんと手のひらに乗る、ちいさなみかんはフォルムが丸っこくてかわいい。


 そして案外小さい方がみかんは甘かったりする。


 体に良さそうな甘味、という都合のいい食べ物をチョイスできるところ。こういう気が利けるのは宮原のいいところだ。


「倒れたって聞いて、すぐに来たんだけど――」

「そうそう。宮原君、めっちゃあたふたしてた」

「だってそれは………ぁ」

「え?」


 言葉が途切れた宮原の視線に振り返る。



 暑さで支えきれなくなっていたのだろう。



 高々と盛られていたクリームが溶け、パフェの頂上から たい焼きがスローモーションで滑り落ち始めていた。

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