六章 病室とパフェ ―22―

 甘いクリームから真っ赤な苺を掬いだす。



 口に運べば、苺のフレッシュな甘酢っぱさがクリームの甘さを引き立たせてくれた。


「ただお見舞いに来た訳じゃないんでしょ」


 宮原に思っていたことを口にする。彼は毎日、調合実験で多忙のはず。


 駆除師のわたしと違って調合には終わりがないため、ひとつ完成させても、より強い解念剤を会社から強いられる。


 そのことを彼は以前、居酒屋でわたしに愚痴っていた。愚痴はわたしのほうが多かったが……。


 とにかく、宮原は本来なら昼間からゆっくりなんてできない人物なのだ。


「ん……浅野にしては、鋭いな」

「『にしては』は余計」


 一人では食べきれそうにもなかったので『たい焼きモンブランパフェ』の制覇にサトさんと宮原にも加勢してもらっている。


 サトさんは無言でパフェの下層を、幸せな表情で食べ進めていた。話に加わる気はさらさらないらしい。


 ごろごろと栗の入ったモンブランを ぱくりと口に運び、宮原が答える。


「今回襲ってきたゴーストの件で来た。出動命令はでてないんだけどね」

「さすが、ゴースト博士。仕事熱心だねえ……」


 スプーンを握る彼の手をひじでつつき、茶化してみる。彼に半分本気で「危ない」と怒られた。


 軽口を叩きながらも、わたしにも相談したいことがあった。



「浅野、詳細を聞かせてくれないか」

「……わかった」


 宮原にはあの日のことを事細かく話して伝えた。


 ライトが効かなかったことや、光の怪物のこと―――。



 もちろん、ピザのことも。



「なるほどな……」


 宮原は時折 質問を交えながら耳を傾けていたが、何か気になることがあるようだった。


 彼は集中して考えているとき、手のなかのペンをもてあそぶ。それは子供の頃から変わっていない。


 実は彼とも幼なじみなのだ。


 うちの会社の研究室で会ったときは本当に驚いた。


「で、どうなの? 何かわかった?」

「ああ、それなんだけど……」


 宮原は何かを口にしかけて、やめた。


「…?」

「……やっぱいいや」

「えっ? 何それ!?」


 わたしが何度訊ねても、頑なに口を開かない。


 彼にあげる予定ではあったが、囮の餌として彼の欲しがってた『大世界オカルト展』のペアチケットをちらつかせてみる。


「ほらほらぁ……」

「………」


 人間、興味は抑えられないようにできてるようで、彼はちらっとこちらを振り返った。が、やはり反応はそれだけで喋ろうとはしなかった。


 何だかフラれたような感じがして気分がよくない。


「松本先輩も、宮原も、皆わたしに隠し事なんて……っ」

「でもさぁ……こんな大事故が起きたのに、会社側から正式には誰も来ないし、警察すら来ないじゃない?」


 まだパフェは半分以上残っているが、それで満足したようでサトさんがようやく口を開いた。


「ただの自然発火とかだって、先輩から聞いたけど…?」

「そんな訳ないでしょ。警察も手を出さないって……うちの会社、何かヤバいことでもしてるんじゃないの?」


 サトさんは宮原に話題を振ってみる。


 それにも宮原は黙ったままだ。


 大企業にはヤバいことのひとつやふたつ、普通にあると思うのだが、ドラマの見すぎだろうか。


「ねぇ、何かヤバめな実験とかしてるの? 宮原君、悪の科学者っぽいじゃん」

「それは失礼ですよ」


 心外だとでもいうように腕を組む。だが、その雰囲気はなくもない。


 遠目では白色のカジュアルな服に見えるが、彼が着ているのは白衣だ。デザインが若干小洒落ていて彼は気に入っているようだ。


 これに宴会用の鼻メガネとアフロヘアーを足せば……。


 納得顔のわたしを見て、宮原が眉を顰めた。


 と、部屋が暗転した。


「あれ、停電?」


 停電―――サトさんの言葉に心が粟立つ。


 大丈夫。こんなところにゴーストはいない。この病院はあの屋敷からも遠い。絶対大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。


「……あ、戻った」


 ほっと胸を撫で下ろす。


 その後も時折ちかちかと蛍光灯が明滅し続けた。


 どことなくそれが気色悪くて、ふたりに頼みこんでその日は一緒にいてもらう事にした。

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