六章 病室とパフェ ―20―
これは………。
部屋でひとり、唸っているわたしの前には巨大なパフェが鎮座していた。それも、もはやパフェの容器が花瓶にしかみえないほどの特大サイズ。
『たい焼きモンブランパフェ』
一日に十個しか作られないという、あのシュークリームを凌ぐ、幻の限定スイーツ。それが お見舞い品の置かれる机に放置されていた。
目視のパフェの鮮度から時間を逆算して、このパフェを置いていった人物が一人に絞り込まれる。
「犯人はあなたですね………松本さん」
病室ひとり 決め台詞をつぶやき、英国の探偵のようにエア鹿狩り帽子のつばを、くいっとあげる。
どうやら、こんな巨大なパフェを先輩はひと言も言わずに、私の死角に置いていったらしい。今のさっきまで気づかなかった。
そもそも どうやって持ってきたんだろう……。
さすがにこの量は、見ているだけで胃もたれを起こしそうなので、とりあえず保留にする。パフェを戻しながら、浅野はあの日のことを振り返った。
光のなかに現れた祖父の顔。
光に弱いはずのゴーストが、光を発するなんて聞いたことがない。
そもそもわたしの祖父はまだ元気に生きている。生き霊の可能性も考えたが……それには強い念が、しかも怨みのような念がなければ発生しない。
ドラマや小説でよく見る、確執とか何やらは浅野家には無縁だ。どちらかといえば、テキトーな性格の多い一家である。
それにわたしの祖父は毎日お酒を呑んでは、囲碁と受付の女の人を目当てに、公民館へ足繁く通っているような道楽人だ。
今は家族に止められているが、競馬も好きだったとか……。
正直 柔らかな笑みか、赤ら顔を浮かべているイメージしかない…。
どうしてもわたしには、そんな祖父とゴーストとが結びつけられなかった。こうして、わたしの“祖父 生き霊を飛ばせる説”は否定された。
しかし、ただひとつ確かなことがある。
あの館で聴こえた音楽は『歓喜の歌』だった。
毎年、親戚同士で実家に集まって聴くことが恒例になっている、クラシックコンサートのローカル番組で演奏される曲。
大人たちが祝い酒に酔いつぶれるなか、何人かのまだノックアウトしていない親戚たちと肩を組んで、がやがや歌うのがとても楽しかった。
昨年の大晦日は残業で帰省は叶わなかったが、たまたま休憩中にホロテレビ中継で聴いた気がする。
あのときは確か、『歓喜の歌』が流れ始めたところで、何故か先輩にテレビの電源を無言で落とされた。
虫の居所が悪いのかと思っていたが、もしかしたらあのゴーストと何か関係があるのかもしれない。
……かと言って、今のあの感じの先輩からそれを聞き出すのは難しそうだ。
また思考が振りだしに戻る。
普段は使わない脳をどうにか動かして、浅野は懇々とひとり悩む。そこへ、するすると病室のドアがスライドされ、二人の人影が現れた。
「あさのちゃん、生きてるー?」
妙にへらへらした、ポニーテールの女性がひとり。
「……サトさん! と、宮原…?」
その後ろから、ひょっこりと顔を出した彼は なぜか季節外れのマフラーをしていた。
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