五章 笑う松茸 ―19―


 俺の目の前に、先輩が―――彼女がいる。


 こちらに笑いかけてくる。あのときの姿のまま、まぶしいくらいの笑顔で。


 光が迫っている。


 俺は彼女の映る瞳を閉じた。



 彼女になら、殺されてもいいと思った。


 ……俺が守ってやれなかったから。



 本当は、ゴーストのせいなんかじゃない。



 彼女が、先頭を切って駆除をしに行かなければならなくなったから。


 それは他の駆除師が謀ったことだった。


 事故でも起きて、彼女が駆除師を辞めるのを期待していたのだろう。そしてあの日、そうなった。そうなってしまった……。


 俺が、頼りないばっかりに。笑って受け流せばいいと笑った彼女に甘えてしまったから。



 もしあのとき、俺が反対していたら―――


 もし俺が、クビになってでもあいつらに一発食らわせていたら―――



 明らかに無謀すぎる計画だった。それでも、彼女は笑った。




 『大好きだったよ』



 最期に彼女の口から発された言葉。


 今となってはもう、どういう“好き”なのかはわからない。


 けれどそんなことはどうだって良かった。



 俺は初めて……初めて人に好かれた。



 ただただ、嬉しかったのだ。死の悲しみに嬉しさが上塗りされ、ごちゃごちゃとした感情に笑うしかなかった。


 腕のなかの彼女の身体は冷たい。涙はあふれてくる。笑いもあふれてくる。


 わけがわからなかった。


 その日、ゴースト駆除の際に何人かの犠牲が出た。死因は誰も知らない。俺も……覚えていない。



 せめて彼女からもらった駆除師の職務を全うしようと思った。毎日毎日狂ったように依頼をこなした。


 けれどどれだけゴーストを駆除しても、どれだけ人助けをしたとしても、彼女はもう笑わない。



 それなら、いっそのこと―――



 光がもう手の届くところまで近づいていた。



 その光のなかに、彼女は いる。


 とうの昔から理性なんてもの、捨てていた。もう俺自身をゴーストから守る術はない。



 彼女が近づくにつれ、その身体が歪んでいく。



 虚空をみつめる大きな目。



 彼女ではないことくらい、わかっていた。



 けれどその向こう側には、本当の彼女が待っているかもしれない。



 幾重もの腕が光のなかから伸びてきて、俺を掴み引ったくり、我先にとあちら側へ引っ張る。


 思い残すことなどない……。



 いや…ただひとつ気がかりなことがあった。それが何か、あと一歩のところで思い出せない。



 遠い昔のような、あやふやなイメージが頭に浮かび上がる。



 クリームを口もとにたっぷりとつけて、驚き顔でこちらを振り返る女性。



「あさ―――っ」



 そのまま俺は闇に引きずり込まれた。

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