五章 笑う松茸 ―18―

 ジッ――――



 突然 廊下の明かりが落とされ、昼間だというのに廊下は闇に包まれる。


 さっと振り返るも誰もいない。



 そう誰一人いない。



 病院というのは静かな場所ではあるが、まったくの静寂というわけではない。


 廊下を横切る足音や、エレベーターの稼働音。人びとは病室で親族と語らい合い、ナースステーションではカルテをめくる紙擦れが聴こえてくる。


 それらの、人間が生活しているとわかる“無音”が聴こえない。暗転する一瞬のうちに、人の気配が病院から消え失せていた。


 そしてこの、身を凍らすような冷気。荒くなった息が白く染まり、闇に溶けていく。


 どこからか壊れたオルゴールのような旋律が流れてくる。はじめは小さくささやくように、そして音は次第に旋律を外れていき、轟音にまで膨らんでいく。



 やつは、あの音を奏でる。



 松崎先輩が指揮していたチームは、リーダーを始め多くの犠牲を払ったが、結果的には依頼を完了した。


 しかし、あのゴーストは駆除しきれなかった。俺たちはやつを一時的に弱らせて、カプセルに閉じ込めるに留まった。カプセルに入れたのちも、あの音は奏でられ続けていた。



 間違えようがない。あの破れるような旋律はやつのものだ。


 だが、あのゴーストは最終処理を解念剤の開発チームに託され、カプセルが受け渡されたのを、俺はこの目で確かに見た。


 どうしてまだ、おまえが存在しているんだ……。



 チリリッ―――



 その問いに応えるように廊下の奥の蛍光灯がひとつ、パッと灯る。



 ぼうっと白い床が蛍光に照らしだされた。



 闇に現れた光は本来、安堵すべきもの。


 しかしその光は、こちらに手招きをしているような不気味さを隠していた。いやに白い蛍光がちかちかと明暗を繰り返す。



 俺はゆっくりと後ずさった。



 待ちかねたようにひとつ、手前の灯がついた。



 光がひとつ、またひとつと灯されていく。獲物を追い詰める捕食者のように、チリリ……チリリ……と、少しずつ蛍光に照らされた道がこちらにのびてくる。




 こつ、とかかとに何かが当たった。



 ちくしょう………




 突き当たりだ。




 もう逃げられないと、覚悟を決めてゆっくりと目を瞑る。



 そして、最後の光が俺を照らした。





 ……


 ………


 ……………




 何も…起こらない……?




 恐る恐る瞼を開く。そして視界に映ったものに目が見開かれた。



 そこに―――松崎先輩がいた。

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