五章 笑う松茸 ―17―

 浅野の病室を出て、退院の手続きを済ませてから自分の病室へと向かう。


 久しぶりに昔の先輩のことを思い出していた。


 あの後、彼女は俺の目の前で死んだ。


 完全に分が悪かった。あの人数じゃ、到底駆除なんてできるわけがない。


 俺が彼女の傷を必死に押さえて あふれる鮮血を止めようとしているのに、何が可笑しいのか彼女はずっと笑みを絶やさなかった。そして、そのまま―――


 それもすべてあのゴーストのせいだ。



 やはり何も知らないあいつを巻き込むわけにはいかない。


 自分の足音が白い廊下に冷たく響く。



 あの日、浅野にシュークリームを食べたと言って彼女を怒らせた。が、本当に食べたわけじゃない。


 ゴーストからの影響には、確かな理性が盾となって自分を守ってくれる。


 いつも思っていたが、あいつの甘味への執着は目を見張るものがある。スイーツ好きには他に心当たりがあったが、あの剣幕、あの執念。はっきり言って、あれは異常だ。


 実は駆除師のなかには偏食のやつが多かったりするが、浅野は何か違う。駆除師の素質があるのだ。まあ……OLへの執着も加算されての、あれなのだろうが。


 兎にも角にも、浅野がスイーツバカで助かったことは事実。


 自分の対処もそっちのけで、パニックになっている浅野にゴーストへの応急措置をした。


 そして、このありさまだ。頭が包帯で巻かれていて、時折脳の内側から突かれるように痛い。浅野はほとんど無傷だと医師から聞いてほっとした。



 最近、お人好しが過ぎるな。


 どっかで頭でもぶつけたか……?



 不意にスマホが振動する。


「来たか……」

 きっと会社のやつらからだろう。


 俺は確かめもせずに電話に出る。


「はい、松本です」

『………』



 返事がない。


 ただただ耳障りなノイズが流れている。



 いや……違う…。



 俺は、これを知っている。



 忘れもしない。



 あのゴーストが発見された日。



 あの頃の俺は、まだ未熟だった。




 ジッ――――

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