四章 白い記憶と黒い追憶 ―16―
「君さぁ…ほんと、損な性格だよね……」
困り顔の先輩を連れてベンチに腰掛ける。夏だというのにテントの外は結構寒かった。
じつは長崎の集合地に到着早々ちょっとした揉め事になったのだ。
主に俺のせいで。
「だから言ったのに。気にするなって」
陰口なら慣れていた。なぜなら俺はどこに行っても嫌われ者だったから。誰にも好かれない、自分も誰も好かない。
だが、それが先輩の陰口なら話は別だ。確かあのときもそうだった。
あんなやつらに先輩の何が分かるのだろうか。自分のことしか頭にない連中から、先輩があることないこと言われるのは我慢ならなかった。
だから、手を出してしまった。
「そのおかげで、あいつらの当たりが強くなったけどね」
「それは……」
松崎先輩も長く駆除師をやってきてはいるが、それが平坦な道のりだったわけではない。
“女性も働ける、輝ける”とかいう文句を掲げているくせに、そこら辺の配慮は会社側にはない。
ただでさえ彼女は盲目で苦労しているのに、ベテランの駆除師たちに目をつけられ、輪の中から爪弾きにされている。
そのくせあいつらは、今回の駆除依頼が面倒だと判断するや否や、指揮を彼女に押しつけて来たのだ。そこも俺にはやはり納得ができない。
「ありがとさん…」
頭を撫でられるのは何だか子供扱いされているようで癪にさわるが、それが彼女の手なら悪い気はしない。
彼女は優しすぎる。そこがあいつらをつけあがらせているのだ。
「ああいう連中は、笑って受け流すのが吉だよ。まともに相手するだけ無駄さ」
「でも、先輩は――」
「手を出す前に、やつらが驚くくらいゴーストを捕まえてきたらいいだけだろう? それくらい、松本君には簡単なことだと思うんだけどなあ……」
“やっぱり君、駆除師向いてないよ”
えっと声を上げてしまう。さっきと言っていることが真逆だ。
「仕方ない……路線変更して、大阪で『マツタケブラザーズ』っていう芸名で頑張ってみる?」
さっきの言葉は何だったのか。それを聞く前に彼女のいつもの小ボケが始まった。ボケなのか、本気なのか、怪しいところではある。
「何ですかそれ……」
松崎と松本の松を掛けているのだろうが、それなら『茸』の部分は余計だ。
『ブラザーズ』は兄妹の意味でも通用するのだろうか。どちらかというと姉弟のような感じもする。
「わたし、松茸バター好きなんだよね」
「先輩の嗜好で勝手なコンビ名つくらないで下さい」
ボケがあさっての方向から飛んでくるので受け止めきれない。
「知ってる? 松茸ってすごいんだよ」
「…バター焼きとか、バター焼きとか……バター焼きですか」
「いやいや、それも魅力ではあるんだけどね……いいかい松茸はね、周りに他の菌が多いと生えてこないんだ」
彼女は人差し指をたてて、それを指揮棒のように振る。
「だから菌の少ないところにいるやつしか、大きくなれない」
わたしみたいに松茸もデリケートなんだね。
ガサツの間違いじゃないですか。
「ま、まあ……要するに、はみ出しモノははみ出しモノらしく敵の少ないところで……ってことさ」
“はみ出しモノ”という言葉にぴくっと反応する。俺ならともかくその言葉は彼女には似合わない。
「松茸はどんな他のキノコよりも旨くなるだろう? だから……いっしょに美味しいバター焼きになろうぜ!?」
「なんですか、それ…」
そう言って笑う彼女の笑顔は綺麗だった。
温度差の激しいボケとツッコミのマツタケブラザーズは絶対にバズる、なんて言ってひとり盛り上がる先輩。
この人とタッグなら冷たい夜風も寒くない。そう思った。
その一週間後、彼女はゴーストに殺された。
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