四章 白い記憶と黒い追憶 ―13―

 俺は何を焦っているのだろう。



 あのゴーストが現れたから? でもそれだけじゃない。


 黒い触手に、光に融ける影。


 それをシュークリームだけで乗り切った浅野。



 浅野を見ていると彼女を思い出す。


 思い出したくもない。そう思いながらも彼女の屈託のない笑顔が浮かぶ。


 そしてその笑顔が闇にのみこまれていくのも――。



 * * *



 あの日の夜は、満月だった。



 真夜中にスマホが煌々と輝き、煩わしく着信を知らせる。


 俺のバイト先からだ。もちろん電話には出ない。



 再び、松本が安物の薄い掛け布団にもぐろうと寝返りをうったところで呼び鈴が鳴った。おおかた見当はついている。



「松本君、おっはよ〜」

「……こんばんは」


 真夜中にサングラスという、この怪しすぎる風貌の女――松崎は駆除師としてタッグを組んでおり、ひとつ年上の先輩だ。


「ノリ悪いなぁ〜。そこはツッコむか何かないの?」

「ありません。何しに来たんですか」


 ステッキをマイクのように差し出してくるあたり、彼女の性格については説明不要だろう。


 できるだけ帰ってほしい感を言葉に醸し出しながら、ひらひら手を振る松崎からそっとドアを閉める。


「何って……迎えに来てあげたんでしょ。お·迎·え」


 メイド松崎、只今参上致しましたっ、なんて言ってちゃっかり部屋に上がりこんでくる。


 するりとドアの隙間から入ってくる身のこなし。この人はどんな悪徳セールスマンよりもたちが悪い。そして何より――。


「ん? いま後ろで何か閉まらなかった?」


 ふるふると首を傾げている彼女の手に握られているのは白いステッキ――ではなく、白杖。


 彼女は生まれつき、目が見えない。


「いえ、気のせいです」


 普通なら同僚だろうが何だろうが部屋の外に放り出すところだが、如何せん彼女のことだ。


 さっき閉め出そうとしたことは伏せておいて、仕方なく松崎先輩の補助にかかる。


「おっサンキュー、松本君」


 自分も手慣れてきた感じ、まんざらでもないような気がしてくる。


 時刻は深夜2:14。エアコンなしの六畳一間には、開け放たれた窓から夜の静けさが逃げていく。


 どうやら今夜も長い夜になりそうだった。

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