四章 白い記憶と黒い追憶 ―12―


「いきなり大声だすな…」


 頭に巻かれた包帯をさすりながら先輩が低い声になる。


「す、すみません……」

「まあ…それくらい元気なら、大丈夫そうだな」


 呆れているのか安堵しているのか、はぁ…とため息をつきながら先輩はベッド脇の椅子に腰掛けた。


「私たちどうなったんですか」

「ああ……まだお前、何も知らないんだったな」


 先輩はあの日あの後に起きたことを簡潔に教えてくれた。


 先輩によると、あの後 私たちは火災に巻き込まれたらしい。


 いつまで経っても帰ってこない私たちを、依頼主が心配して見に来てくれたのが幸いしたようだ。すぐに病院に運び込まれたため、二人とも大した怪我にはならな――。


「ん?」


 包帯ぐるぐる巻きの先輩を見やる。


「何だ?」

「いえ……」


 とにかく、生きていれば良しとしよう。もちろん生きている実感があるのが心の底からうれしく思う。


 死んでいたらわからないのだけど……。


「なら、俺は先に帰らせてもらう」

「えぇ!? もう行っちゃうんですか。もっと話しましょうよ。私暇なんです!」


 バシバシと手元の掛け布団を叩く。


「俺は……その暇を他の事に使いたい」


 薄情なひと言を置いて出ていってしまいそうになる。


 慌ててそれを呼び止める。


「先輩、ひとつ聞きたいことが」

「あ、ああ…」


 私は思いきって訊いてみた。


「"あれ" 何だったんですか」

「………」

 先輩は何も答えない。



 やはり先輩は何か知っているんだ。


「お前はこれ以上深入りするな」

 続けて私が口を開こうとしても、先を越されてしまう。


「でも――」

「世の中、関わらない方がいいこともある」


 私の肩を掴み、いつになく弱々しいその声は、確かに先輩が発していた。


 私が何も言い出せないでいると、話は終わりだと言わんばかりに、先輩は腰を浮かす。


「さて、あのケチな会社からは珍しく、労災も下りたことだし……」


 ニッと少し悪い顔になって先輩は笑う。


「俺はしばらく遊んで暮らさせてもらうよ」


 そのまま手をひらひらさせながら 猫背な背中を見せる。


 先輩はいつもの先輩に戻っていた。




「しっかり休めよ」


 ぱたりと閉じられた扉を振り返り小さく呟く。


 俺の問題に、あいつを巻き込むわけにはいかない。


 その呟きは誰の耳にも届くことはなく、病院の清浄された空気に消えていった。


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