四章 白い記憶と黒い追憶 ―11―

 暗闇に灯りがひとつ。



 煌々と光を発するテレビを前にわたしが小さく座っている。


 そのテレビは平面的にしか映らない、一世代前のデジタルなテレビ。今ではホログラムテレビが一般的で、こんな年代モノは滅多にみられない。


 こんなもの 家にあっただろうか。



 そして今、何故か私は小さな“わたし”を俯瞰で見下ろしている。


 ちょこんと正座して映像に魅入っているのは、黄色い帽子を被り、まだ元気に遊んでいた頃のわたし。


 小さな視線の先には一人の老人が映っていた。



 タキシードを着込んだその老人は、様々な楽器の中心で指揮棒を振り、演奏をしている。


 “わたし”はハミングしながら、その演奏を聴いている。


 この指揮棒をもった人は……



 わたしの 憧れだった人。



 大好きな音楽のオーケストラを指揮する『ツギヨシ』という人物。


 一日生き残るのもままならなかった戦後まもない日本で、寄せ集めの交響楽団を率いて全国各地を演奏してまわったといわれている音楽家。当時なんと17歳。


 故郷は巨大な一瞬の光に失われ、希望すら失うほどの状況で、彼は希望を与える側になった。


 そんなパワフルな彼にわたしは憧れたのだ。

 いつかそんなかっこいい女になりたいと、小さかったわたしは思っていた。


 しかし74歳の夏、彼は長崎でのコンサートののち失踪しており、それが彼の最期の演奏となった。



 これらが、わたしが父からもらった御守りに記録されていたこと。


 ドーナツをそのままプレスして板にしたような形の、大昔に開発された薄っぺらい映像記憶装置。


 それをわたしは何度も何度も聴いていたような記憶がある。



 画面に映る老人がぼやけてみえた。



 小さなわたしはもっとよく見ようと画面に顔を近づける。



 しかし、老人は後ろ姿のままでその顔を見ることはできない。



 目をこするとさらにぼやけてしまう。



 いつの間にか私の視界は、白一色に染まっていた。



 * * *



「まぶし……」


 やっとそんな単純な言葉が口から零れた。

 すべてが真っ白で、身体はふわふわとした感覚に包まれている。


「ここは……?」


 重たいパソコンのようにゆっくりと脳が覚醒していく。


「やっと起きたか」



 再び現れる顔。しかしそれは―――



「先輩!? うっ……」


 自分の叫び声がズキリと頭痛を呼び起こす。


「「痛ぁ……」」


 起きかけた体がベッドに沈み、様子を見に看護師が来るまで、病室でふたり 脳に響く痛みに悶絶していた。

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