二章 ゴースト駆除 ―8―
先輩が………いない?
暗い部屋を見渡し、ライトの光をゆっくりと動かしていく。少しの家具と朽ちたベッドがあるだけで、他には何もない。
ゆるゆると肩の力が抜けていく。おもわず乾いた笑いが出た。
何だ、わたしの勘違いか……。
変な笑い方になっていた。笑いが止まらない……止まらない。
これはわたしの声じゃない。
もう一度部屋を見渡してみる。
声のする方へ、忍び足で近づいていく。ライトの端がベッドの影に何かをとらえた。
そこには―――
どす黒い影が、いた。その影に覆い被されるように先輩が倒れている。左耳から流れ落ち、赤い水溜まりをつくっているあれは……血だろうか。
「先輩っ!!」
浅野はそこにゴーストがいることも忘れて、急いで駆け寄った。
……ん?
何か、おかしい。よく見ると、その影は何か小さなボトルのようなものを持っていた。
それをしきりに、先輩にふりかけている。
緑色の注ぎ口に赤い液体瓶。
そしてそのラベルには――『Tabasco』。
タバス……コ…。
口に出してみて、また脱力する。わたしに心当たりがないわけではなかった。
夜な夜な依頼者の引っ越した新しい家まで来ては、大好物だったピザを食い散らかすから、と依頼が来ていたのだ。それが今回の依頼。
あの話好きのおばあさんによると、そのゴーストは生前、辛党だったらしい。食卓にはいつもタバスコが常備されていた、とか。世間話も聞いてみるものだ。
浅野がひとり納得している間に、老婆の影は今にも彼の辛味な耳にかぶりつこうと大口をあけて迫っていた。先輩は必死にそれを手で止めている。
ゴーストというのは強い感情や願いの塊なので、人間のような判断能力はほとんどない。そのため、念に残った“目的だけを”遂行しようとする。
その性質ゆえに、たびたび厄介なことになるのだ。
「笑ってないで、早く助けろっ!!」
ピザとして食されそうになっている先輩に、込み上げてくる笑いをこらえて、浅野はバックから解念剤を取り出す。
それをさっと ふりかけると、馬乗りになっていた老婆の影は徐々に色を失い、透明になり始めた。
昔は、念と同調できる人間だけがゴーストたちを解念することができた。つい最近までは、洗濯機のような装置に入れて、念を分解していたらしい。
しかし弱霊用のゴースト除け程度ならば、今ではコンビニでも、この解念剤が売られている。
素人がゴーストに対処するのも、危険であることには違いないが、便利な時代になったものだ。
数秒もしないうちに黒い影は完全に消え失せ、ぽとりとタバスコ瓶が床にころがった。
「松本先輩……何やってるんですか」
くすくす笑いが止まらないまま、ぽたぽたとタバスコを滴らせている先輩を助け起こす。
「違うんだ……あいつじゃない」
「強がらなくてもいいですよ。人間、失敗でできてますから――」
「レーダーに映ったのは、あいつじゃない」
「え?」
その意味を汲みとれず、先輩を見返す。
ゆらと立ち上がり、また説明なしの一方通行なことを口にする。
「もっと でかい反応があった」
「それって…?」
「とりあえず、本部に戻るぞ」
「な、なら、そのゴーストの駆除は……」
有無を言わせない、いつもとはまた違う雰囲気の先輩に戸惑う。こんな言い方は失礼だが、あんなに真剣な表情は初めて見たかもしれない。
理由を訊ねようとしても、先輩はそのまま部屋から出ていってしまう。
もう一体、ゴーストがここに……?
確かにこの部屋や屋敷内に入るとき、今までに感じたことのないほどの悪寒がしたのは事実だ。
まだこの屋敷のどこかに、大きな念を溜めこんだゴーストがいるとするなら――。
わたしは尋問を進めるべく、先輩のあとを追った。
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