二章 ゴースト駆除 ―7―

 屋敷に入る直前のあのときのように、息が詰まった。肺は酸素を必要としているのに、心臓だけがバクバクと激しく鼓動する。



 怖れれば……飲み込まれる―――


 行き場のないゴーストは、脆くなった心の隙間に入り込んでくる。最悪の場合 ゴーストの念に同化され、錯乱状態ののち………死に至る。


 わたしは深呼吸を繰り返し、揺れ暴れる心を落ち着かせようとする。いや、落ち着かせなせればならない。



 たっぷりと時間をかけて、ドアノブに手を伸ばす。


 茶錆びているドアノブは、触れただけで凍るほど冷たかった。それほどゴーストの冷気が溜まっているのだろう。


 また 心が揺れた。


 よく怪談でも幽霊のいるところは異様に涼しかったりする。正確には、ゴーストは幽霊とはイコールではないが、ゴーストも同様に周囲に冷気を放つ。


 最近発売になった『Ghost -涼-』というエアコンは、液体化したゴーストが冷房機能を果たしている。これがまた、地球に優しいとかでプチブームになっているらしい。


 駆除師からすれば、暴発による駆除依頼で迷惑しているのだが……。


 わたしはいつもゴーストの知識を思い出して心を保っている。そうすれば……怖くなくなるから。


 人間は未知のものを怖れるものだと誰かが言っていた。


 未来や死後の世界。不安があるからこそ、恋みくじや、毎朝の星座占いに頼ってしまう。魂を救ってくれる神様を信仰し続ける。


 だから未知に、意味を与えてさえしまえば、今まで手の届かなかった存在は、わたしたちのすぐそばまで近づいてくるのだ。



 ……わたしに似合わず、難しいことを考えていた。要するに、説明されれば怖くない、だ。


 心霊動画を見て、これはCGですと言われると怖くない。ホラー映画のほうがよっぽど怖いだろう。………やっぱり少し違うかもしれない。


 とにかく無駄な空想も交えて、不安はだいぶ和らぐことができた、気がする。


 浅野は自らを奮い立たせ、ドアノブを回す。慎重に扉を押し開いていく。


 冷気がまた流れ出した。



 しかしそこには―――先輩の姿はなかった。

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