一章 木漏れ日の館 ―3―
「浅野、スマホ持ったか」
「持ちました。充電もバッチシです」
猫耳ケースのスマホを得意気に掲げてみせる。
「……ったく、なんでうちの社長は無線機のひとつやふたつ買ってくれないんだろうな」
わたしのスマホを見てそう言っているのか、先輩は頭をかきながら、まあいいと呟いてこちらに向き直る。
「今回の依頼は1体だ」
先輩は駆除用懐中電灯―『ライト』の調子を叩きながら確かめる。
そして館を見上げ、先輩は目を細めて言った。
「“はさみうち B-11”が手っ取り早いだろうな」
「…了解しました」
駆除師には共通のマニュアル的な戦法がある。その知識を測る、ペーパー試験もあったのだが、わたしはほとんど赤点ぎりぎりだった。よく合格だったなと今でも思う。
なるほど。B-11のやり方なら、この建物の構造的にも、すごくこちらがやりやすい……。
一応、依頼者からは建物内部の図面は預かっているのだが、先輩はそれを一瞥もせずに作戦を決めてしまった。
ああ見えて、やっぱりベテランなんだな。
そう、わたしが感心している目の前で、先輩は大きなあくびをひとつ。
そしてこの一言、「めんどくせぇ…」。
………いや、早く帰りたいだけか。
「? なんか言ったか?」
「いえ、何も」
にこりとして、自然体にポーチから鍵を取り出してみせる。
二人は亀裂の入った年季のある扉に歩み寄り、わたしが錆びついた鍵穴にそれをゆっくりと差し込んだ。
ギチッ――
扉が開き、駆除開始―――!!
「……あれ?」
入ったはいいものの、鈍い音が鳴るだけで肝心の鍵が回らない。
「何だ、今度はどうした?」
「いえ、ちょっと……っ」
ぐぐぐ、と力を入れても、びくともしない。
鍵が錆びているのが問題なのか、それとも――。
わたしはふと洋館を見上げてみる。それから、ぐっと手を握る。
もしかしたら、か弱い女の子の力だからかもしれない。そうだ、私は女子、そしてオーエル……!
間違っても、あくせく働く冴えない駆除業者なんかではないっ。
やっぱり私は、“キャリアウーマン”なんだ―――。
自身に暗示をかけるようにつぶやく、薄ら笑いの二十歳を過ぎた大人の姿は、他の目からすれば、少しイタイかもしれなかった。
「先輩、ちょっと手を貸してくれません?」
にこにこ顔で先輩に振り返る。
パリーンッ―――
「はぁ!?」
先輩の姿が消え、加えて何かが派手に割れた音のした方向へ目をやると、そこにはフルスイング後の綺麗な姿勢のまま先輩がいた。
その手には、今回の凶器たる ライトが握られていた。
「何やっちゃってくれてるんですか!!?」
「何って、……仕事だ」
それは仕事じゃなくて、犯罪です。
「いいだろこのぐらい。もうこんなにボロいんだし」
「ですが……仮にも他人の家――所有物ですよ!? “バイショーキン”って知ってますか先輩?」
語気を強めても、悪びれる様子もなく面倒くさそうにこちらを見下ろしている。
早めに仕事が終わるなら、先輩は手段を選ばないだろうなとは思っていたけれど、ここまでとは……。
駆除師には、意志の強さ――心の強さが必要だと聞いたことがある。
ゴーストたちの強い念に、自身がのみ込まれたり、感化されないためにも、心はしっかりと保たなければならない。
行動力というかなんというか、もしこんな人が駆除師に向いているというのなら、わたしには絶対に無理だし、犯罪者にはなりたくない。
そうこうしているうちに、先輩はひょいと軽やかに窓から屋敷内へと飛び越えてしまう。
鍵も開かないし、わたしも渋々そのルートを通ることにする。
「ガラス、気をつけろ」
「はいはい、わかってま……」
返事をしようと声を出したのに、途中で息が途切れてしまった。
割られた窓からどっと冷気が流れ出る。
その冷気が、包み込むようにわたしの体を覆うと、ひゅっと空気の流れが変わり、窓の奥へと吸い込まれていく。
風に流される後ろ髪、全身がざわざわとして落ち着かない。
身震いのせいで手元のライトが震えた。
果たしてそれは寒さによるものなのか――。
今回のゴーストは、最近駆除したどのゴーストとも念の質感が違う。
わたしは息を飲みこんで、一歩 屋敷へと近づいた。
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