一章 木漏れ日の館 ―2―
「ほらぁ、鈴木さんってお裁縫上手でしょう?」
「そ、そうですねぇ……」
何やってるんだわたしは……。
仕事の際はいつも他人嫌いの松本先輩に代わって、わたしが依頼者から話を聞くことになっている。
そういえば見習いだったころは、先輩は教える以前に、口すら開いてくれなかったような気がする。
はっきり言って、あれは教育係失格だった。ああまで他人がダメだと生きていけないんじゃないかとも思われるが、こうして彼は生きている。不思議なものだ。
ほとんど世間話になりつつある話を、なんとか理由をつけて切り上げ、やっとのことで車に戻ってくる。
「先輩、起きてください。もう終わりましたよ」
コンコンとガラス越しに合図し、ふて寝を続けている先輩に声をかける。
先輩は動かない。
こんこん……
「………」
先輩は依然としてピクリとも動かない。
そんな態度にむっとして、スライドドアに手をかける。が、こちらも動かない。
やられた。この人、女性相手に鍵を……。
頭のどこかでわたしの緖が切れる音がした。
だんだんだん――
「………」
ダンダンダンダンダンダンダンダンッ――
「あぁ!! わかった分かった。行けばいいんだろ、行けば!?」
* * *
先ほど依頼者のおばあさんに教えてもらった道筋に、ゆるやかな山道を落ち葉を踏み歩いて登っていく。
なんとなく落ち葉を踏む感覚は懐かしく、足裏に伝わる、シャリシャリと砕かれる音はとても心地よい。
……心地よいのだが、それと同時にわたしは違和感を覚えていた。
と、前を歩く先輩が落ち葉に足をとられ、転けかけた。
くすんだ色の落ち葉――枯れ葉がひらひらと私の前で舞い上がる。
しかし、すぐに自分で立て直し、何事もなかったかのように早足に進んでいく。
さっさと終わらせて帰りたいの一心なのだろう。
その様子がなんとなく子供っぽく思えて、頬が緩んでしまう。
わたしたちはそのまま、蝉の鳴き声のしない枯れ道を、奥へ奥へと進んでいった。
* * *
木漏れ日の森を抜けると、そこには さびれた建物が、時代の流れから取り残されたように佇んでいた。
ザ・洋館な感じではあるが、所々に朽ち落ちた瓦が散乱していることから、ヨーロッパ建築を模した日本の木造建築のようだ。
暗がり。人気のなさ。寂れ具合。そして何より………いかにもな雰囲気。
どの観点からしても申し分のない、ゴーストの好みそうな、典型的な"死息地"だ。
「たいそうな屋敷だな」
「あっ……」
突然声をあげたわたしに 先輩はびくりとする。
「いきなり何だよ」
「…依頼者からメールが」
仕事ではバイブにしている手元のスマホが、再び着信を震わせていた。
「またか」
「……読みますね」
嫌そうな顔に、ははは…と努めて笑いかけるも先輩は無言だ。わたしは気にせず読むことにする。
「『――出現するゴーストは叔母なので、ちゃんと成仏させてほしい』と…」
耐えかねた先輩が、わっと立ちあがり、言葉を一気に吐き出す。
「俺たちは、坊さんじゃないんだぞ!? だいたい、ゴーストは人間の "念の塊" だ。意思なんか持っちゃいない」
「でも……」
しかし先輩はすでに背を向けてしまって、駆除の準備を始めていた。
面倒なことはしたくないオーラあふれる先輩の背中に、仕方なくわたしも準備を手伝うことにした。
そんな二人を見下ろすように人影がひとつ、割られた窓の奥から顔をのぞかせていた。
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