第12話 壊れそうなベンチ
花に詳しかった事なんて、一度も無い私が、花壇を作る事になるなんて思っても居なかった。
一体何の事かというと、この間、仁と子供達とラディッシュを植えたその日の夕方、蒼真に、私を正式に、畑の作業員として雇いたいと言ってもらえたのだ。
正直、せっかく耕した土を泥にして、台無しにしたきっかけでもある私にそんな事を言うなんて、もしかして働いて畑を弁償しろという事かとおもったが、そうではなく、単純に、畑をやるスタッフが足りず、人手が欲しかったのだという。
「なんか保美ちゃんって、休んでると焦燥感を感じるタイプなんじゃないかなあって勝手に思っちゃったんだよね。生前、働きすぎて死んじゃったタイプじゃない?深くは追求しないけど。」
蒼真は無邪気に笑ってそう言った。
色々考え迷ったが、思いきって引き受ける事にした。理由は、畑の隅にある古びた木のベンチと、その横の農具を入れる、白いペンキのほとんど剥げた小さな小屋のたたずまいが、何だかとても好ましかったから。
決め手になった事は、本当にただそれだけだった。
「あのベンチでサンドイッチ食ったら美味そうだから引き受けたって、のんきかよ。」
「っていうか何か、漫画の主人公が困ってる村人からの依頼を引き受ける時に言いそうなセリフっすよね。」
私が、仕事を引き受けた理由を話したら、仁と健太は淡々とそのように馬鹿にしてきたけれど、仕事が一段落した昼時、その小さなベンチに座って昼食を摂ると、思った通り、他のどの場所で食事をするよりも、食べ物が体に染み渡って行くような感じがして、あの二人も一緒にここでお昼を食べたら、この感覚が分かるだろうに、と心の底から哀れんであげることにした。
蒼真の畑で働くようになって、一週間程度が過ぎた頃、畑に意外な来客があった。
その人と思わしき人影が、農具小屋の隣に見えた時、私は一瞬、この間ラディッシュを植えた子供達の内の一人が遊びに来たと思ったのだが、違った。
「……五ツ木さん?」
その日の分の花の苗を植え終わり、昼食を取るために小屋に向かうと、畑という場所に似つかわしくない、黒いスーツをかっちりと着こなした五ツ木が、ベンチに座って私の事を待っていた。
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