第3話 初めての殺し

 蒸留酒の質が悪かった為なのか、ウルススは昼過ぎまで寝ていた。十四の小娘にお酒の目利きが出来る訳がない。安くてうまい酒を聞きたくても寝ている猛獣を起こすには勇気がいる。

「ウルススもう昼過ぎです。起きてもらえませんか?」

「水をくれ、頭がガンガンする」

 言われたとおりにグラス一杯の水を汲んできて渡した。

「あぁ、二日酔いの時の水ほど美味い物はないな」

「単なる飲みすぎでは?」

「渇望していたモノが躰に染み渡る感覚は分からんだろうな……」

 まだ成人年齢まで一年ある。お酒を飲む人の気持ちなんて分かるはずがない。師匠も酒場ではエールしか頼まないし、ベロベロで帰って来たことも無い。本当に適量しか飲まないのだろう。酒を飲んで口が滑るのは三流のやることだと教えられている。

「質の悪い酒は翌日に残るんだよ、よく覚えとけ」

「私はお酒を飲むつもりはありませんよ、生涯」

「はっ、人生の半分は損してるな」

「何とでも言って下さい」

 ウルススは懐を探ると金貨を投げてきた。何のつもりだろう?

「この金で買える店主オススメの酒を買って来てくれ、そうだな出来ればブランデーで頼む」

「まあ、買い物もありますし、買ってきますよ」

「俺はもう少し寝る。食事は夕飯だけでいい」

「体に悪いですよ?」

「他人の心配するより財布の心配しろ、フェイは案外隙が多い」

 それは師匠から日頃から注意されていることだ。

「赤の他人の貴方には関係ないでしょう!」

「財布をスラられたことも一度や、二度じゃないだろうに……」

「行ってきます!」

 図星をさされて乱暴に扉を閉めててしまった。こんなことで怒る人間でない事は今までの態度で分かっているが、なんだか釈然としない。

「金貨一枚のブランデーですか……。どこで買えるんでょう?」

 師匠に聞いてみよう、知らない事を聞くのは恥ずかしい事じゃない、といつも言っているし。資料室の扉をノックする。

「お師匠さま、少しいいですか?」

「なんだ? 今ジグソーパズルがなんとか終わりそうなんだが?」

 ジグソーパズルといっても本当にパズルをやっている訳ではない。隠れた真実を浮かび上がらせることをジグソーパズルと呼んでいるだけだ。

「金貨一枚で買えるブランデーを売ってる店が知りたいです」

「ほう、ウルススは二日酔いが苦手だからな。それなら東区の酒屋オースキンで売ってるはずだ」

「ありがとうございます」

 深く頭を下げる。情報の対価が他に無いので最大の謝辞を述べる。

「今日は酒場で夕飯を食べるから、いつも通り三人分頼む」

「護衛の方の分ですね」

「そうだ。顔を見せないから裏庭に置いといてくれ」

「分かりました」

「これから先のパズルはアルコールの力が必要かもしれん酒場に行ってくる」

「はい、お気を付けて」

「何年この仕事をやっていると思ってるんだ?」

「慢心が油断を産むと言ったのはお師匠様です」

「その通りだ。お前も気を付ける事だ」

「はい」

 上着と帽子を被って家を出て行く師匠。私も買い物に行こう。今日のメニューは何にしよう……。

 今日は豚肉で作ったハンバーブルグをパンと野菜で挟んだ最近流行のハンバーガーにしてみた。ウルススが喜んでくれるといいのだが、

「扉を開けて下さい、ウルスス」

「いい匂いがしたと思ったら豚肉料理か」

「豚肉は苦手じゃなんですか?」

「牛よりは好きだぞ?」

「なら良かったです。裏庭に一つ置いてきます」

「何故だ?」

「師匠を護衛してる影って人の分です」

「はあ、これは温かい方が美味しと思うがな」

「同感ですが、影は師匠について行ったと思うので」

「難儀だな、護衛も」

「昔に師匠が助けた一族から送られた最強の護衛らしいです」

「ほう、興味深いな……」

「あと、これが頼まれたブランデーです」

「ほう、銘柄も保存状態も悪くない。金貨一枚は、ぼり過ぎだが」

「ええ。ですので、オススメのお酒を何本か注文しておきました」

「親切で悪くない店だな。これは期待できる」

「では裏庭に行って来ます」

「まるで野良猫だな……」

 確かにウルススの言う通り野良猫みたいな人物だ。人に心を開いて無い割には食事は取るところとか特に、心を開いてない相手には懐かないところもそうだ。

「お腹が空きました。冷める前に食べないと」

 部屋に戻るとウルススは既に食事を終えて、ブランデーをグラスに注いでいた。

「水で割ったりしないんですか?」

「そんな勿体ない事が出来るか……、チビチビ飲むんだよ」

「で、今日はどんなお話ですか?」

 本当に舐めるようにお酒を飲みながら、ウルススの瞳がこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

「まあ、初めて人を殺めた時の話かな」

「何歳の時なんですか?」

「十六の秋だ。その頃はまだ冒険者ギルドで働いていた」

「女を奪い合う痴情のもつれって奴ですか?」

「そんな色気のあるは話じゃないな。臨時パーティーでクエストを受けていたんだが、他の二人がパーティーメンバーの女性を強姦しようと計画していてな、それを事前に潰そうとしたら思いの外に弱くて、死んでしまったんだ」

「それはお気の毒に……」

「二人の遺髪を採取して、二人を埋葬したら証拠隠滅とか言われてな、冒険者ギルドを追放されたんだ、女性は強姦されそうだったことは知らないから妥当な判断だと思うがな」

「それは親切心が裏目に出ただけなのでは?」

「まあ、俺も追放されてから怒りが込み上げて来たんだが、人を殺した事実は変わらないからな」

「初めて人を殺した感想は?」

「人の身体、弱っ」

「それだけですか?」

「それだけだな、人の命が儚いと思っただけだ」

 そう言ってチビチビとブランデーを飲みだした。ウルススには罪悪感が無いらしい。少なくても人を殺してしまった後悔から自殺するタイプではない。もし、そうならウルススは目の前に居ないからだ。

「暗殺者向きの性格だった訳ですね」

「どうだろうな、まあ九年も生きて依頼こなしてるんだから、そうなんだろうな」

「自己分析しないんですか?」

「それで何か変わるのか?」

 フェイはウルススが異常者には見えなかった。ただ、生きる為に職業殺人者をやっているのだろう。

「また、お酒買ってきます」

「人を殺した話なんて面白いか?」

「少なくてもウルススの事が分かりますから」

「何の得にもならんと思うがな」

 ある程度飲んで眠くなったなったのか、ブランデーに蓋をして寝てしまった。

 好奇心でブランデーを飲んでしまったのは失敗だった。これは美味しいものだと自分の身体が判断しまったからだ。

 


 



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