第4話リベルタの自由

 いつも行く鍛冶屋はレイラという女性が一人で切り盛りしている。レイラは気さくに私の刀を受け取り、椅子に腰かけているように促した。店の外見からはテラス席まである、まるで南国のカフェのようだが、店内は騒然と刀が並んでいる。私は落ち着いたテラス席に腰かけることにした。風がすっと通りすぎたと感じたら、目の前にリベルタが居た。「やぁ、一人?良かったら隣、いいかな」私の返答を待つことなく、リベルタは私の横に座った。またもやキャンディーを取り出したので制止しそうになったらリベルタは自分でキャンディーを食べ始めた。リベルタは白いシャツに深緑のネクタイをしていた。ジャケットの代わりに同じ色のベストを着ている。茶色のベルトには立派な金色に輝く刀が鞘に収まっていた。

「刀、気になるの?」リベルタは微笑みながらこちらに問うた。「別に、そんなご立派な刀、使う機会があるのかと思っただけよ」「ないよ」リベルタは微笑みを崩さずに言い放った。「僕は刀を抜けないんだよ」「なにそれ、鈍らね」「そう、君の言う通り、僕は鈍らだ」リベルタはキャンディーを噛み砕くことなく飲み込んだ。「刀は悪くないよ。むしろ父親から引き継いだ、とても良い刀だと思う。でも刀を抜けないのは、完全に僕の問題だから」問題、と私は頭の中で考えた。刀を抜けない問題に何が潜んでいるのか、全く理解できない。刀は殺すために存在する道具だ。刀を腰に差しているということは、相手を斬ることも、相手から斬られるシチュエーションも同時に存在しているのだ。それが命のやり取りだと、私は殺す事から学んだ事だ。

「僕の事を、弱い人間だと思っている?」「別に。ただ、殺す事に抵抗があるなら、もう刀なんて差さないほうが良いと思うわ。それが存在している限り、殺されることも容認しているように見える」そう言いながら、私は何故こんな事をリベルタに伝えているのかわからなくなってきた。「僕の父は良い人だったよ。お金持ちだし、腹違いから生まれた僕を、とても愛してくれた。兄弟も居て、楽しく暮らしていた。ただ、母は違った。腹違いの母が消失してから、義理の母は僕を憎むようになった。よくある話だと思うだろうけど」そこでリベルタは会話を中断して、新しいキャンディーを手に取った。包みを剥く気配はない。

「本当の自由って、どこにあると思う?」リベルタは静かに私に問うた。私はわからないし、そんな事を考えたことがない。本当の自由。それがこの世界のどこかにある。自由がどこかに、ある。それは誰にでも等しく存在している自由なのだろうか。何度も同じ言葉を逡巡したが、私の中では明確な答えにはならなかった。

「質問を変えようか。本当の自由って、なんだと思う?」金色の刀の鞘をそっと撫でた。「僕はね、本当の自由とは、死ぬことを選び取る事と同時に、自分の選択で生きる事を選び取る事だと思う。死は生きていれば、皆平等に訪れる。生き続けることこそ、この世界での本当の自由を手にしていると、僕は思う」「リベルタは自由、なの?」リベルタはとても悲しそうな笑顔で続けた。「僕は誰かの自由を奪い、自分の自由を選び取った。自分の自由を優先したんだ。だから、この刀を受け継いだ僕にとってはある意味では贖罪であり、罰の象徴だ」リベルタはそれ以上、話そうとしなかった。レイラがそっと、刀の修繕が出来たと私に伝えに来た。リベルタはレイラに会釈をして、テラス席から立った。

「僕の名前は舶来の言葉で、自由、という意味なんだ。今となっては、皮肉なんじゃないかと思うよ」

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