第3話失望
私はその日の仕事に失敗した。殺す相手を一人逃がしたのだ。殺すタイミングで、相手から命乞いをされた。幼い子供が居る、こんな仕事はやりたくてやっていたんじゃない、子供を養う為だった。見逃すわけにはいかない。頭では理解していたが、私は武器も無く、傷ついてなお、相手の必死な形相に、初めて怖気づいたのだ。子供が居る。そんな理由は殺さない動機にはならない。私の存在理由はあなたに降りかかる火の粉を払う事だ。殺す。殺してやる。しかし、口からその言葉が出る事も無く、刀も振りあげられなかった。相手は隙をついて逃げた。雨が降りしきる中、私は初めてした失敗に、茫然とした。ゴミを漁る野良猫だけが、私の冷えた瞳を見つめていた。
あなたに逃がした敵の報告をした。寝室に居た女は予め外に締め出されている中、あなたと私、二人が久しぶりに対峙した。殺気立つあなたを私は確かに感じた。
「逃がしたか」あなたは報告を反芻するように言った。「お前の腕が鈍ったとは考えにくい。かといって、お前が情で逃がすような人間だとも俺は思えない。どうした」あなたはいつもより優しく聞いた。「お前の事は俺が一番理解しているし、信じている。お前は俺の犠牲を最大限、無くす。それに努めるようにする事が、お前の存在理由であり、意味だ。それが突然、情に目覚めた、とか言うなよ」私は黙るしかない。「自分の親を見殺しておいて、今更人らしく情が湧いたなんて、可笑しな事をぬかすな」あなたは叱責とも違う、静かな怒りを滲ませている。
「確かに、お前の代わりは居ない。しかしお前が居なくても、この世界に変わりはない。絶望したよ、お前自身の甘さに。せいぜい反省しろ」
私は暫く、謹慎する事になった。
数日間寝込んでから、私は刀の調子を見てもらう為にいつも行く鍛冶屋に行った。情に沸いたとは考えにくいなら、刀の問題があるかもしれない。
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