エヴァンの回想-決意-
自分の屋敷に戻ってすぐ、エヴァンは父と会う約束を取りつけた。息子のただならぬ気配を察したのか、父はすぐに時間を空けてくれて、一時間後にはエヴァンは父と机をはさんで向かい合っていた。
「……それで、何があった。わざわざ仕事中のわたしの手を止めさせたのだから、それなりの内容ではあるのだろうな?」
よく通る太い声に、反射的に身体が強張る。大柄で威圧的なこの父が、エヴァンは昔から苦手だった。それでも話をしなければと自分を奮い立たせ、父の目を見据えた。
「父上、私ももう二十四です。そろそろ身を固め、この家をさらに盛り立てていく一助となれればと思っているのですが」
少し回りくどい言い方だったが、意味は通じたのだろう。父は少し眉を上げ、エヴァンの顔をまじまじと見渡した。
「お前が、そんなことを言いだすとはな……。最近どうも変な感じだったが、やっとまともになったか」
ふむ、と顎をしごいて、視線を宙にさまよわせた父は、やがてエヴァンのほうを向いた。
「まあ、考えておこう。候補はいくつかある。何か希望があるなら、今言いなさい」
「遠いところの人がいいです」
思わず零れてしまった言葉に、内心慌てる。これでは、何かありましたと言っているようなものだ。案の定、父は納得したようにエヴァンを見て、にやりと笑った。
「ふん、どうせ失恋でもしたんだろう。お前は覇気がないからな、振られるのも無理はない。似合いの相手を探しておいてやるから、楽しみに待っていろ」
パブにでも行くか、と言われたが、苦笑して首を振る。お酒はあまり好きではないので、とやんわり断ると、顔をしかめられた。
「まったく、お前というやつは!そんなだから振られるんだ。ノ-ランドの名に恥じぬよう、もっと男らしく振る舞えと日頃から教えているというのに」
そもそもノーランド家は、当時の陛下にお仕えした名高い騎士が……と、何度も聞かされたノ-ランド家の起源を語りだした父に、内心ため息をつく。このぶんだと、あと一時間は話し続けるだろう。
父の話に相槌を打ちながら、エヴァンは運ばれてきたお茶に手を伸ばしたのだった。
父から呼び出しを受けたのは、それから一月後のことだった。
「お前の要望通り、遠いところに家があり、婿を探している家の令嬢だ」
あれから急いで連絡を取ったのだ、という言葉とともに、手渡された釣り書きに目を落とす。
「エリカ・ランズバ-ト嬢……メイベルの方ですか」
「そうだ、ヴァ-ストン子爵の一人娘でな。いささか年がいっているし、嫁の貰い手がないのではと子爵が嘆いていたのを思い出した」
釣り書きには二十歳と書かれている。アイリスより一つ年上だ。確かに、この年だと嫁き遅れと言われてもおかしくない年頃だった。
「ランズバ-ト家は我がノ-ランド家の遠戚で、今でも親交がある家だ。田舎と言われるが、豊かな麦畑が一面に広がる、いい場所だ。エリカ嬢はしっかりした性格のご令嬢だというし、お前にはまたとない話だと思うが」
「もちろんです。是非、お受けしたい」
「二度とここには戻ってこれないが、構わないな?」
父の問いかけに、しっかりと頷く。この国に戻れないのは、むしろ好都合だった。
自分達に必要なのは、時間と距離だ。クリストハルトと別れることが、どれほどの悲しみと苦痛を伴うものでも、たくさんの人々を巻き込んで破滅するよりはずっといい。
「では、そのように返事をしておこう。子爵が言うには、秋までに婚儀を挙げてしまいたいそうだ。早めにこの国を発つ算段をしておけ」
「それなら……二カ月後には、行かなければいけませんね」
なにせメイベルは、海の向こうにあるのだ。その内陸部にあるというヴァ-ストン子爵の領地までは、ここからだと最短でも二月はかかる。
「分かりました。友人に挨拶をしてきます」
「今からか。……あまり遅くならないように」
立ち上がったエヴァンにそれだけ言って、父は手元の書類に目を通しはじめた。
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