エヴァンの回想-背徳の夜-(2)

 いったいモ-トンが何をするのかは分からないが、したたかな彼のことだ。危険なことはしないだろうと踏んで、言われた通り部屋に戻ることにした。

「遅いぞエヴァン!心配しただろう!」

 部屋に入るなり、そんな声が部屋に響く。余程気を揉んだのだろう、ほっとしたように表情を緩ませて、スぺンサ-が出迎えてくれた。

「ごめん。ちょっといろいろあって、遅くなった」

「それだけ汚れるくらいには、か。とりあえず着替えて来い。じゃないと外に出たことが一目瞭然だ」

 上から下までエヴァンを眺めて、スぺンサ-はタオルを投げ渡した。これで拭いてこい、ということだろう。ピッチャ-にほんの少ししか残っていない水でタオルを濡らし、顔についた泥を拭った。

「こういう時、自由に水が使えないっていうのは不便だね」

「まったくだ。こんな我慢に意味があるとは思えないな」

 二人でぼやいて笑ったとき、扉が開く音がして、モ-トンが部屋に入ってきた。エヴァンに向かってひらひらと片手を振ると、彼は小脇に抱えた袋をエヴァンの膝の上に乗せる。促されて開けてみると、包帯や消毒液と思しき液体の入った小瓶などが入っているのが見えた。

「とりあえず、手当ての道具一式、調達してきたぜ」

「えっ。これ、どこから持ってきたんだ?」

「まあ、そこは伝手を頼ったのさ。ノ-ランド、あんたは点呼の後、これを持って特別室に行って、ヘインズに手当てしてもらえ」

「……なんでだ?」

 エヴァンは呆気にとられた。なぜここで、突然クリストハルトが出てくるのだろう

「だって、お湯が使えるだろ。そのドロドロの身体を洗わせてもらえ。じゃないと外に出たことがばれるぞ?」

「……それは、そうだけど。クリストハルトにも迷惑が……」

「ばれるよりましだろ。それに、友達なんだから、喜んで手を貸してくれるって」

 ばっさりと切り捨てられて、狼狽える。確かにそうかもしれないけれど、そのためにクリストハルトの善意を利用するような真似は、したくなかった。

(でも、このままだと、外に出たことがばれるかもしれない。そうしたら、みんなが罰を受けることになるし……)

 口ごもっていると、モ-トンが、まずい、と焦った声を上げた。

「もうすぐ点呼じゃないか。俺、もう戻るぜ。ということでノーランド、ヘインズによろしくな」

 そう言うなりさっと身を翻して、部屋に駆けていくモ-トンを、唖然として見送る。

 それまで傍観に徹していたスぺンサ-が、ぽつりと呟いた。

「嵐みたいな奴だな」

「うん。よろしくって、何だろうね……?」

「さあ……?それよりエヴァン、ベッドに入っておけ。具合が悪くて寝たことにするんだ」

「え?ああ、そうだね」

 ベッドを指し示されて、頷く。手の傷もだし、髪や爪の間の汚れは今すぐには取れない。点呼に来る監督生は、そういった細かいところまで見るから、寝てしまったことにしてやり過ごすほうが賢明だ。慌ててベッドに入り、シ-ツをかぶる。

 監督生がやって来て、いつもと同じように部屋の様子や持ち物についての検査を無事に通過するのを、寝たふりをしながら聞く。その後、スぺンサ-に後押しされて、こっそりと部屋を出た。

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