♰16 黒炎の大狼。
レベル40のヨーエルシの代わりなのだ。少しは強いだろう。
でも、こけおどしにも感じる。
十分離れていたおかげか、こちらはあまりダメージを負っていない。
何人かは、揺れに酔ったのか、剣を支えに膝をついている。
しかし、今の魔法を直撃されては、困るか。
ユーリの光の壁は、一面の壁を作って守る特殊スキルだ。
地面からの揺れからは守れない。下からの攻撃は防げない。
ユーリには、ミリアを守るように視線を送る。ユーリは頷き、幹部ディオールから十分に離れた。
「黒炎のフェンリルを鎖に繋いで、罰当たりだと思わないのか? いずれ魔物の神になる、ディオールさん?」
私は、話を続ける。
「いつまでお喋りするのよ」と、アリシアがぼそりと言っているのが聞こえたが、まぁ待て。
「嘲笑が含まれたような口調……侮辱しているな? そのにやけ面を黒炎のフェンリルで燃やし尽くしてやる。獣を鎖で繋いで、何が悪い!?」
鎖を引いて、フェンリルの首を絞めつける。
フェンリルは鳴くのではなく、唸っていた。
グルルッと、明らかに幹部ディオールを敵視している目だ。
「全然懐いていないのに、縛り付けて、よく噛まれないな」
「この鎖はただの鎖ではないわ! 鎖の主に絶対服従をさせるわしの傑作だ! 鎖を付けるのに多くの魔物を減らしたが、それはどうでもいい! 幻獣さえもこの通り、さぁ! あやつを攻撃しろ!!」
幹部ディオールが作った鎖。
なんだ、神話みたいにドワーフの特注品かと。
フェンリルは、赤黒い炎を放射した。
アリシアが氷の壁を作ってくれたが、あっという間に解かす。
フェンリルのレベルは、間違いなくアリシアより上だ。
フェンリルを従えるために、魔物の軍隊を減らしたようだから、それはありがたい。こちらはあまり多くないから、おかげで対処出来る。
大勢の雑魚の魔物より、一頭の黒炎のフェンリルを従えた方が、戦力になると考えたのだろうな。
これで本気を出されては、街なんてすぐに火の海になって、ひとたまりもないだろう。
本気を出されては、の話だが。
「絶対服従とは思えないね」
フェンリルの赤黒い炎が止んだ頃合いで、飛び出す。
「そうだな、精神までは服従出来ぬ。だが、わしの思いのままだ! 噛み殺してしまえ!」
雑魚の魔物を切り捨てながら、幹部ディオールとフェンリルに向かう。
躊躇を見せたが、フェンリルは噛み殺そうと大口を開く。
間一髪と言えるほど、ギリギリまで引き付けては避けた。後ろにいた豚面二頭身の魔物の首を刎ねておく。
「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」
火魔法を放つ。
「バカめ! 火魔法など、フェンリルには効かん!!」
フェンリルに当てるつもりはない。
しかし、黒炎で相殺されてしまった。
ちっ。と舌打ちを一つしてから、私は直接行くことにした。
「”ーー水刃炸裂ーーイドロエリークア・エスプロジオスーー”!」
水魔法を放てば狙い通りに黒炎で相殺。
辺りは蒸気で見えなくなる。
「くそ!」と、幹部ディオールは身を引く。
「とある世界で、神を殺す宿命を負う大狼の話がある」
ぐさっと鎖に剣を突き刺す。それで壊れるほど、脆くはない。わかってはいた。
ちょうど、すっぽりと鎖の一部の中に、はまる剣先。
「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」
私の中の大技、火魔法をその剣先に放つ。
しかし、赤みを帯びただけで、鎖はほぼ無傷。
「バカめ! それでこの最高傑作は壊れんぞ!! 食い殺せ!! フェンリル!」
「……グゥルル」
私は当然、幹部ディオールとフェンリルの間にいる。
飛んで火にいる夏の虫とやらだな。
けれども、フェンリルは解放されたいのか、幹部ディオールの命令をすぐに実行しない。
何か苦しそうに呻くが、堪えている。
「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」
私はもう一度、火魔法をぶつける。
地面が抉れるほどの威力なのに、まだ鎖は壊れない。
「やめろ!! 早く噛み殺せ!!」
「グウッ!!」
「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」
焦る幹部ディオール。
フェンリルが堪えている隙に、もう一度放つ。
いけそうだと判断して、剣を頭の上まで振り上げる。
「殺すんだっ!!!」
「ガウッ!!!」
フェンリルが飛び込んだ。
「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」
火魔法を放ちながら、叩き切った。
鎖は弾けるように、切れる。
フェンリルはーーーー私を掠めるけれど、真っ直ぐ幹部ディオールに向かう。
そして、噛み殺した。一瞬のことだ。
頭は噛み千切られ、胴体から引き離された。
「その大狼の名前は、フェンリル。だから笑ったんだよ」
まぁ、もう幹部ディオールには、私の声は届かないだろう。
頭が胴体から切り離されても、怖いことに意識はまだ残るらしい。
けれど、フェンリルはそれも許さないかのように、頭を吐き捨てるとボォオオッと真っ黒な炎で燃やした。
灰すら残らず、幹部ディオールは消えていく。
神になるなんて傲慢な発言したから、神話のようにフェンリルに噛み殺されるのだ。あーおかしい。
私は剣を肩に乗せて、次はフェンリルの出方を待った。
フェンリルもまた、私の出方を待つように、見つめてくる。
瞳の色は、金色だ。黒目の中に金色の瞳がある。
綺麗だな、と首を傾げて見れば、フェンリルはお辞儀をした。
私も、お辞儀をする。
ボォッと、黒い炎が走った。
クスベェ師匠達が戦っていた魔物達が、黒い炎で燃え尽きる。
「こりゃすげえ」
クスベェ師匠は、感心の声を洩らす。
「俺は勇者、魔王を倒すために異世界から召喚された。ネコって呼んでくれ。フェンリル様って呼んだ方がいい?」
「……」
幻獣のフェンリルだから、話してもいいと判断して、私は勇者と名乗った。
特に驚くような反応しない。私をじっと見つめてくる。
「ちょうどフェンリル様のところを訪ねようとしていたんだ。目的は、黒炎のフェンリル様の加護をもらうため。世界を救うための力を授けてくれ」
私はそう男口調のまま、頼んだ。
そして、頭を下げる。
力が欲しいのだ。
傲慢だと断られても、正直な気持ちを話す。
「……」
スッと近付いてきたフェンリルを、顔を上げてみれば、目の前に口があった。
黒い唇。それは私を食べるためではなかった。
少し湿った黒い鼻が、私のさらけ出した額に押し付けられる。
ぽっと、熱さを感じた。全身が、それに包まれる。
「解放してくれた礼だ」
どうやら、加護を授けてくれたようだ。
というか、普通に喋れるじゃないか。
「我が名は、フォティ。黒炎のフェンリルだ。魔王軍には、自由を奪われた恨みがある。ともに行く」
フェンリルことフォティは、この旅に同行すると言い出した。
それはそれは……。
とんでもない戦力が入ったな、という感想を持つ。
じっと私だけを見つめるフォティを気にしつつ、クスベェ師匠を振り返る。
クスベェ師匠を始め、ジーンさんやカーズさんも喜んだ笑みを浮かべていた。
ありがたいが、ますます理想の無双が遠退いている気が……。
私は一人で無双したいのだけれどなぁ……。
フォティが捕まっている間に、知り得た情報を教えてもらった。
先ず、幹部ディオールは初めから黒炎のフェンリルであるフォティを捕らえに来たそうだ。
シンティリオ王国を焼き尽くすためだったそう。そこら辺の魔物を束ねるよりも、戦力になる。
幹部ディオールは、元々エルフの王国ボースコラスを攻め入るはずだった、と愚痴を洩らしていたそうだ。
元はボースコラス王国の戦力だったのが、シンティリオ王国に向けられた、のか。
シンティリオ王国のことを、甘く見ている。フォティを従えてないディオールなら、十分倒せたはず。
いや、どうかな。あの土魔法は、強力か。
あっさりとフォティが燃やし尽くしてしまったから、強かったかどうかは正直言ってわからない。
まぁ、別にどうでもいいっか。どうせ経験値はないに等しいのだ。
「フォティ。黒炎魔法を教えてよ」
「……向こうで」
「ありがとー!」
情報はそれくらいらしいから、私は早速使い方を教えてもらうことにした。
新しい魔法。しかも黒炎とかかっこいい魔法に心躍らせながら、スタスタと歩く大きな大きな大狼についていく。
今日の野営として確保した場所から十分離れたところで、フォティは口を開く。
「何故、男のふりをしている?」
「……」
動揺が激しく走ったので、遠くを見つめて現実逃避をしてみる。
「誰にも言わないでください」
とりあえず、口止めのために正座して、頼み込んだ。
「言うつもりなら、あの場で尋ねた。どうして勇者が、男のふりなんかしているんだ?」
「いやぁ……それがね。あそこに金髪の少年がいるでしょう? ユーリウスっていう、グラフィアス王国の王子なんだけどさ。その父親である王様が私を青年だと勘違いしちゃったわけなのよ。世界を救う勇者の性別を間違えたとなったら、他の国のお偉いさんがいたし赤っ恥だし、王様は廃位しなくちゃいけないじゃん。冗談抜きでそんな事態を回避するために仕方なく男装しているわけなんだ」
こちらを見ているユーリを見るように、顎で指す。
ちらっとだけ見たフォティは、すぐに私と向き直る。
「性別を間違えるほどの愚かな王なら廃位にするべきだと思うが……」
「いや、私の格好もまずかったって反省はしているんだよ……この通り短い髪しているし、体型のわからない服を着ていたし、ダサい黒縁眼鏡かけてたし」
遠い目をしておく。
初めは頭にきたけれど、本当にあの場で否定しなかった私ってば、えらいよね。
干物女だったから、女だって主張も出来なかったってこともあるか。
いくつになっても、女は捨てちゃいかん。
「なんでフォティはわかったの? 魔物だって男だと思っていたくらいなのに」
「本能」
正座を崩して足を放り投げたら、変な回答が来た。
男装を見破ったのは、本能。どんな本能。
「本能? それ、どういう意味?」
すると、フォティが黒い炎に包まれた。
その炎が、散りながら空気に溶けていくと、人が現れる。
人。それは正しくないか。
白銀の獣耳と尻尾をつけている。漆黒の髪と、褐色の肌をした青年。
Vネックの長袖のシャツとズボンは、オフホワイト。その服装で、片膝をついている。
鋭い目付きは、さっきまで目の前にいたフェンリルのものだ。
間違いなく、彼はフォティだろう。
髪はオールバックにしていて、目付きも手伝って、柄が悪い印象。
けれども、真っ直ぐに私を見つめる金色の瞳は、真剣そのものに思えた。
「惚れた」
黒炎のフェンリルは、そう告白をする。
人の姿をして、人である私に惚れたと言った。
「恩と勘違いしてない? 大丈夫?」
窮地から救われた恩と、恋という感情を勘違いしていないか。
「バカにするなよ。勘違いしていない。オレはお前に惚れた」
不快そうに顔を歪めたが、すぐに真っ直ぐに言葉を放つ。
ふむ。私ってモテ期が来たのか。
王子には男だと偽っているのに迫られて、聖女には勇者は特別お慕いしていると言われ、幻獣には本当の性別を知った上で惚れたと言われる。
そりゃあ、この白銀の容姿は、自分でもびっくりするほど煌めいているが、ここまで好かれるとは……。
元干物女としては、すごく対応に困る。
どうせ神様はこの状況を笑っているのだろうと思うと、空を睨み付けたくなった。
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