♰15 幹部。



 少年の姿の神様との話も、無理矢理終わらせて起床。

 エリオット殿下に会いに行って、クスベェ師匠とユーリも加わって、これからの予定を話し合った。

 このシンティリオ王国に、魔王の軍は進撃していない。

 滞在する理由もないため、休むことなく出発することが決まった。

 とはいえ、準備が必要。一日かけて準備するとのこと。


「本当なら、城でネコ様の活躍を讃えて、王国総出で祝いたいところですが……」

「気持ちだけもらっておくよ。エリオット殿下。自分にはまだ救わないといけない人々がいるからね。それに自分一人の活躍ではないので、戦った皆を労ってやって」


 またしょんぼりしてしまうエリオット殿下に、にっこりと気さくに笑いかける。


「自分の使命を全うしよう、お互い」

「っ! はい!!」


 エリオット殿下はとても強く、元気よく頷いた。

 立派な跡継ぎになって。

 私も勇者として世界を救うから。


 出発する日。

 アリシアやミリアの顔を見てお別れを言いたかったが、クスベェ師匠に急かされて探せなかった。

 ドワイド伯爵にお礼を伝えて、エリオット殿下に見送られて、オオトカゲに乗って街を出ようとする。

 すると、その前には、アリシアとミリアが立ちはだかっていた。

 二人とも、オオトカゲに乗っていて、大荷物も持っている。


「え? 二人とも、まさか来る気?」

「そのまさかだけど、何? 文句でもあるの?」


 ふんっと腕を組んで、睨み付けてくるアリシア。


「微力ではありますが、回復役が必要だと思いますので、わたしもついていかせていただきます!」


 ミリアは、フンフンと息巻いている。

 気合は十分のようだ。

 クスベェ師匠を見れば、彼だけではなく他の者達も知っていたようで、笑みを返された。

 ユーリだけが不服そうにむくれっ面をしているけど。

 サプライズってわけか。

 もしかして、神様もこれを見越していたのかもしれない。あの駒。


「文句なんてないよ。でも本当に平気?」

「誰に言ってるの。アタシに二言はないわ!」

「足は引っ張りません! 皆様のお役に立てるように回復に努めます!」


 アリシアは大きな戦力になるし、回復役のミリアがいてくれるのは心強い。

 安心して無茶出来そう、なんて思ったら、ユーリに怒られそう。


「じゃあ……強くなりながら、行くか! 出発!!」


 私はオオトカゲの手綱をしならせて、走らせた。

 初めの三日は、静かなものだ。

 魔王の軍もいなくなったせいか、魔物に遭わない。

 でも四日以降から徐々に、魔物が出没するようになった。

 野生の魔物と戦いながら、進む。

 やはり強敵だったヨーエルシと戦ったあとでは、手応えがない。

 これではレベルアップも、期待出来ないと思ってしまう。

 強くなりながら旅をすると宣言したのに、なんだか恥ずかしい。

 夜になって、休憩をとっていた時に、相談してみる。


「焦るなよ、これからだ。気を抜くな」


 クスベェ師匠に言われたから、私は気を抜かないことにした。

 そこで、ユーリも口を開く。


「ネコ様。グラフィアス王国とボースコラス王国のちょうど中間に、幻獣がいると言われています。その幻獣の加護をもらいましょう」

「幻獣……」


 ボースコラス王国。それがエルフの王国の名前だ。


「この世界の幻獣って、どんな立ち位置なの?」

「幻の獣、というだけあって、希少な存在です。気高く高貴であり、人に加護を与えられる特別な存在……ですかね」


 少し考えた風にユーリは、そう説明してくれた。

 続いて、クスベェ師匠が面倒そうに呟く。


「でも、気高いから気難しくもあるんだよな。気に入らなければ襲ってくる」

「倒していいものなの?」

「罰当たりなことを考えるなよ」

「ふーん。神聖な存在か」


 納得しておいた。


「どんな幻獣?」

「フェンリルという名の大きな狼の姿をしているそうだ」

「フェンリル! それなら知っている。確かー……俺の世界では、とある神を殺すっていう宿命を負っている大狼だったな」


 よくファンタジー世界を書いている時にも、出したことがあってその際にちょっとだけ調べた存在。

 ディールっていう世話係の腕を食いちぎって、鎖はグレイブニルって名前だったな。ドワーフが作った特別な鎖だとか。

 殺す宿命にあった神の名前は……なんだっけ。


「神を殺すなんて……!」


 焚火に当たっていたミリアの顔が青ざめていた。

 神様への信仰が厚いミリアには、冒涜だと言いかねないな。


「ただの神話だよ。おとぎ話だから、気にしないで。ミリア」

「は、はい……よかった」


 ミリアは、胸を撫で下ろした。


「確か……黒炎のフェンリルよね、この先にいるのは」


 立っているアリシアが、南西の方へ視線をやる。


「こく、えん? 黒い炎を吹くフェンリルなの?」

「黒炎を操るフェンリルだって、有名よ」


 有名なのか。


「じゃあ、加護をもらえたら、特殊スキルに黒炎って出るのかな」

「恐らく、特殊スキルの黒炎魔法と出るでしょう」


 ユーリが教えてくれた。

 特殊スキル・黒炎魔法か。中二病心が擽られる。


「もらえるといいねー。黒炎のフェンリルの加護」

「ネコ様なら、きっといただけます!」


 ミリアは、謎の自信で言い切った。

 神様の加護があるからって、幻獣も加護をくれるとは限らない。

「機嫌が悪くなければ……」と、ユーリがぼそっと言う。悪ければ、襲われるかな。


「それで、その黒炎のフェンリルがいるところまではどのくらい?」

「そうだな、この調子で進むとすると……早くて十日だな」

「十日かぁ、まだまだ遠いな。その加護に見合うようにレベル上げなくちゃな」

「焦るなって」


 クスベェ師匠には「はいはい」と言っておく。

 見張りを任せて、眠った。

 陽が昇れば、出発。

 順調に進んでいったけれど、前方に見えた魔物の集団がこちらに気付いて、戦いが始まる。

 移動手段であるオオトカゲを傷付けられないように、飛び降りて戦う。

 後ろは、ユーリに任せる。ミリアも守られているだけじゃない。少なくても攻撃魔法も使えるため、ユーリの光の壁の横から攻撃を試みる。

 アリシアもそうだ。光の壁で身を守りながら、広範囲の魔法を行使する。

 私とクスベェ師匠と他の騎士達は、それに当たらないように注意しつつ、魔物を仕留めた。

 アリシアの氷魔法で凍り付いた魔物を砕き、私は敵がいないと周囲を確認。


「これ、魔王軍の残党ですかね? クスベェ師匠」

「さぁな……聞き出すべきだったか」


 色んな姿形をした魔物の集団だった。少数ではあったが、武器も所持していたから、ちょっと気になる。

 しかし、後の祭り。もう全部息の根を止めてしまったから、知りようがない。

 シンティリオ王国に攻め入る増援だったりして。

 そのあと、野生らしき魔物を見付けては仕留めた。


 それから三日後のことだ。

 夜に休息をとって、眠っていた時。

 一瞬だけ、白い空間を見た。


「敵襲だよ!!」


 少年に声を上げられて、ハッと飛び起きる。

 魔物の気配がした。

 でも見張りは、気付いていない。


「起きろ!! 敵襲だ!!」


 私は立ち上がると同時に、剣を抜いて声を張り上げた。

 すると、遠くの方から何かが飛んでくる。

 赤く光っているようにも見えたそれを避けるために、ミリアを抱えて距離を取った。

 落下したのは、黒い炎だ。黒と赤が混じった黒炎が弾けて、燃え上がる。


「ミリア! 光魔法で照らせるか!?」

「は、はい!! ”ーー光よーーリラーレーー”!」


 まだ当たりは暗い。ミリアの光魔法で照らしてもらう。

 生み出した光を投げれば、辺りの地上を照らせた。

 近付く魔物の集団を、目視出来る。

 犬型の魔物の群れが駆け寄ろうとしてきたから、アリシアが氷魔法で凍らせた。

 その氷をまた飛んできた黒い炎が焼き尽くす。炎が触れた氷はあっという間に解けた。

 人に当たったら、とんでもない炎だ。

 しかし、嫌な予感がする。


 この黒い炎を飛ばしてきているのは、まさか……。


 クスベェ師匠と視線を合わせたが、顔を歪めるだけで何も言わない。

 まだ犬型の魔物がいて、氷を乗り越えては、こちらに飛び掛かってきた。

 こんな雑魚には手こずらない。切り捨てていると、また黒い炎の塊が降ってきた。

 ミリアが照らしてくれているおかげで、余裕で避けられるが。


「姿を見せろ!!」


 私は怒鳴りつける。

 今度は私に目掛けて黒炎の塊が降ってきた。

 ユーリが横に立ち、それを光の壁で防いでくれる。

 どろっとした黒い炎が、地面に落ちた。


「何も隠れておらん」


 光の下に、そいつは現れる。

 ローブを身に纏ったかなり長身で、老人のようなシワのある顔をした魔物。手は黒い爪が鋭利に伸びていて、額にも黒い渦巻状の角が後ろに向かって生えていた。瞳は真っ黒。白目はなんてない。真っ黒。明らかに、魔物だってわかる。

 その二メートルはある長身の魔物の手には、鎖があった。

 鎖に繋がれていたのは、漆黒と白銀が混ざり合った毛に覆われた、大きな大きな狼だ。一軒家並みに大きい。

 グルルッと、怒りを牙とともにむき出しにしている。


「アンタ、魔王軍か?」


 私は大きな狼を気にしつつも、単刀直入に魔王軍かどうかを問う。

 まぁ、十中八九そうだと思うけれど。


「教えてやろう、そうだ! 我々は魔王様の忠実なしもべ!」


 ご機嫌に教えてくれた。


「そしてーーーーわしは魔王軍の幹部!」

「! ……幹部?」

「そうだ! 魔王様に選ばれた強者!! 怯えろ人間ども!! ガハハハッ!!」


 高らかに笑っている魔王軍の幹部。

 ヨーエルシだって、幹部とは名乗らなかった。


 ヨーエルシよりも強いとは思えないと身体で感じるが……。


 やはり、大きな狼が気になる。鎖を引っ張る自称幹部を睨み付けている。


「目的はなんだ!? シンティリオ王国へ進撃か!?」

「そうだ!」


 よしよし。お喋りな奴だ。


 聞き出せることは聞き出しておこう。

 何せ、魔王軍の幹部だ。色々いい情報があるだろう。

 グラフィアス王国には結界があるから、進撃は不可能。

 こっちに向かって進んでいるなら、シンティリオ王国の増援が妥当だろう。


「シンティリオ王国を制圧するように任命されたヨーエルシが倒されたと連絡を受けて、わしが代わりに制圧するように命じられたのだ」


 もうヨーエルシが倒されたと連絡が行ってしまったのか。

 連絡手段は魔法的な何かだとしても、予想より早いな。


「せっかく魔王の手から逃れたと喜んでいるんだ。シンティリオ王国には行かないでくれないか?」


 だめもとで頼んでみた。

 そうすればシワのある老人顔が、醜く歪められる。にやけ面ってやつだろう。


「魔王様の手から逃れただと!? バカを言うな! ぬか喜びしているシンティリオ王国を恐怖で満たしてやる!! これから世界は、我々の王が支配するのだ!!」


 心酔しているな、と感じた。

 高らかに自分の王が支配すると宣言するそいつの名前を聞いていないと思い出す。


「ヨーエルシの後任のアンタ、名前は?」

「む? ヨーエルシを知っている口振りだな? まさかお前が倒したのか?」

「さぁ、どうだろうね」


 私はにやけた顔を見せるだけで、こちらの情報を渡さない。

 相手はこちらの情報を持っていないから、それは有利なことだ。

 情報だって武器になる。しかし、魔王の軍は力でねじ伏せれば解決するとでも思っているのだろうか。

 いや、きっと私という勇者が、本当に現れるとは思っていないのだろう。

 危機感がない。それもこれから変わることだろう。


「ふん。まぁいい。お前達を滅ぼす、魔王軍の幹部の名前を教えてやろう!! ディオールだ!! 幻獣フェンリルを従えて、ゆくゆくは魔物の神となる!!! わしに滅ばされることを光栄に思うがいい!!!」

「ぶはっ!」

「!?」

「あはははっ!!」


 私は耐え切れず、笑ってしまった。

 お腹を押さえて笑う、笑う。


「何がおかしい!?」

「いや、ごめんごめん……いやだって、ねぇ?」


 おかしい。あー、おかしい。


「あの男を燃やせ!!」


 ディオールと名乗る魔王幹部は、鎖を引っ張り、大狼ことフェンリルに命じた。

 ギロッと睨み付けたあと、フェンリルは大きな口を開けて、赤黒い炎を放つ。

 私は、さっと横に飛んで避けた。


「そのフェンリル。黒炎のフェンリルで間違いないか?」

「左様。慄いたか?」

「いや、また笑いそう」


 と言いながら、私は笑ってしまう。


「わしを愚弄するのもいい加減にしろよ!?」


 癇に障るようで、怒りに歪んだ顔をする幹部ディオール。


「”ーー地よ怒れ震えろーースオロイラテレモーー”!!」

「!?」


 グラグラッと、激しい横揺れが起きた。地震を起こす魔法かと思いきや、地面が突き上がってくる。

 ズンズンッと、あちらこちらで突き出す。

 私は見定めながら、一つずつ避けていく。揺れは続くから、正直酔ってきた。

 そんな私に、黒い炎の塊が飛んでくる。両断しては剣が傷む可能性があると過り、スッと仰け反ってかわす。

 地形がめちゃくちゃになったな、と一瞬だけ振り返って思う。

 幹部は、伊達じゃなさそうだ。



 

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