♰14 恋愛話。



『人族 猫宮理奈 29 女 勇者 レベル33/99

ステータス

 体力 2150/2150 魔力 1800/1800

 攻撃力 700 防御力 1020

 素早さ 1030

 耐性 火・水・土・風・氷・雷

スキル

 火魔法 (レベル5) 水魔法 (レベル5)

 土魔法 (レベル1) 風魔法 (レベル2)

 氷魔法 (レベル2) 雷魔法 (レベル1)

 光魔法 (レベル1) 闇魔法 (レベル1)

加護

 神の加護』


「ふぅー」


 ドワイド伯爵の家の廊下で、窓を開いて花咲きタバコを一服吸う。

 今夜は薔薇味と香りのするタバコの茶葉で、吐いた煙も真っ赤な薔薇のような華やかな花びらが咲き散る。


「頑張ったご褒美はレベルアップかぁー。うむ。風魔法のレベルアップもしたし、いいねぇ」


 ルンルン気分だ。

 疲れているのは承知していたが、謝りつつもミリアに鑑定を頼んで、薄い板にステータスを表記してもらった。

 絶対焼かずに、ミリアへプレゼントしてほしい。それを条件に。


 教会の宝にするのではなかったのか。まぁいいけれど。


 やっぱり、強敵を打破したので、美味しい美味しい経験値でどれほど成長したか、確認したいじゃないか。


 ほぼ私が体力を削ったようなものだから、私にほぼ経験値が振り込まれたのかしら。

 それともゲームみたいに、平等に振り込まれるとか……それはないか。

 月末の印税が入って、通帳を確認する時みたいな、楽しさがあるなぁ。


「……ネコ」

「ん! アリシア」


 暗い廊下を歩いてきたのは、アリシア。


「どうした? もう祝いはおしまい?」


 街は祝杯ムードとなっていて、冒険者から騎士団まで、残っていた住人も合わせてお祭り騒ぎをしている。

 このドワイド伯爵の家も同じようなもので、指揮官を倒し魔王軍を退けたことを大いに祝っているのだ。

 耳をすませたが、まだ賑わいが聞こえた。


「別に、まだ続いているわよ。アタシは、ああいう席は好きじゃないの」

「ははっ、その物言いはアリシアらしいな」

「あなたこそ、一人でこんなところでタバコ?」

「俺は、ミリアに鑑定してもらったものを眺めながら、一服してたんだ」

「あ、そう……」


 アリシアはそうぶっきらぼうに言うと、私の隣にそっと近付いては窓辺に腰を下ろす。


「……」

「……」


 話があってきたのだろうけれど、なかなか口を開こうとしない。

 物事をはっきり言いそうだけれど、アリシアが躊躇うほどの何かの話。

 悠長に花咲きタバコを吸っていないで、片付けよう。茶葉を箱に捨てて、キセルをしまった。


「どうした? アリシア」


 それから大人なので、優しく口を開くタイミングを開かせる。

 あえて、互いに顔を見ないまま。その方が、話しやすいかもしれない。


「……アタシの……母親」


 ドワイド伯爵には、妻がいない。

 きっとすでに他界したのだろう。


「とても強くて、自分を曲げない人だったの」


 だった、か。


「でも病で……最期の時に言われたわ。アリシアはアタシによく似て強いから、そのままでいなさいって。自分を曲げるなんてだめだって。自分らしく生きなさいって」


 そうか、と納得する。

 アリシアの性格は、そこから来ていたのか。

 どこか信念があるように感じたのも、ちゃんと理由があって貫いていたのだ。


「自分でもわかっているのよ。言動が容赦ないって。でも、これがアタシなのよ。それを……信念があるって気付いてくれたのは、ネコが初めて」


 ちらっと、アリシアの横顔を見てしまう。

 俯いていて、よく見えなかった。

 私は、また前を向く。


「アタシはアタシのままでいい、なんて言ってくれて嬉しかったわ」


 アリシアはアリシアのままでいい。

 確かに言ったな。


「その……時々、意地張っているだけの時もあって、それを見抜いて叱ってもくれた……ネコ」

「ん?」


 呼ばれたから顔を向ければ、仄かな月明かりに照らされたアリシアの顔が真っ赤になっている。

 真剣な眼差し。両手は胸の前で握り締められていて、緊張をしているようにも見えた。

 まるで、今から告白するんじゃないかってくらい。

 目の前には、真剣な表情の女の子がいた。


「ーーあっ、ありがとう!」


 それは、勇気を絞り出したお礼。

 きっと好きな人に告白するくらいの勇気が、アリシアには必要だったのだろう。

 ちょっとホッとして力を抜いた。

 今私は、この子の発言を、全力で止めようとしたのだ。


 いや、流石に女の子に告白されては困る。男装勇者だもの。心が痛いわ。

 さっきのミリアのはあれだ。尊敬と崇拝が合わさって、そう思っただけだろう。


「どういたしまして」


 安心して、にっこりと笑って見せる。

 薄明りの下、さらにアリシアが真っ赤になった。


「べ、別に!! それだけなんだから!!」


 ぷいっとそっぽを向くけれど、腕を組んだだけで、その場を動こうとしない。


 んん?

 なんだろうか。

 赤面した女の子と、男装勇者が並んでいるこの状況。

 心なしか甘さを感じるような……。

 さっき吸っていた花咲きタバコのせいだ!

 絶対!!


「……ところで、ネコ」

「ん、何?」


 必死に心の中で否定していたら、アリシアから話題を振ってくれた。


「あなたに……こ、恋人とかいるのかしら?」


 おっとー!?

 アリシア嬢! それは私という勇者に恋人の有無が、気になってしょうがないってことですかなー!?

 やばい。フラグを感じる!

 いや、だからって嘘はつけない。


「もしくは将来を誓っている婚約者とか、許嫁とか……いるのかしら?」


 いるわけないだろう!

 そう言えばこの見た目、青年に見えるらしいからな。

 一人や二人いるかもしれないとか、思っているのだろうか。

 元干物女に、恋人いるアピールはつらい……!

 ここは期待を持たせない方がベスト!


「いないよ。お独り身を謳歌するつもり。この先もいらないかなー」


 勇者として、そんな浮ついたことしている場合ではないし、今は考えられない。


「不老不死なんだったわね……ずっと独りでいるつもりなの?」

「んーどうだろうな。今はさ……こうして、お祝い出来ることを喜ぶべきなんだろうけれど。魔王の国のそばでは今でも戦っている人々がいて、勇者としてはさ……魔王を倒すまで、手放しでは喜べないし、きっと誰かを好きになる余裕なんてもんはないと思うよ?」

「あっ……だから、こんなところに……」

「まぁーそれも理由かな」


 お祝いムードの場から離れて、ここで一服していた理由。


「……でも、ネコ」

「わかってるよ。俺は全ての人を救えない。勇者だとしても、例え聖女だとしても、全員の命を救うなんて神様にも無理だ」


 私は苦々しくも笑って見せた。


「神様本人に言われたんだ。無理だって。俺に出来ることは世界を救うことだ。魔王を倒して、平和な世界を取り戻す。でも考えちゃうよな……今まさに死んでいる人達がいるって思うとさ」


 窓辺に体重を預けて、足を上げる。

 無意味にパタパタと動かしたそれを、見つめた。


「ネコはちゃんと使命を全うしようとしているじゃない」


 アリシアが、そう言ってくれる。


「全員を救うなんて、本当に無理なのよ。今の魔王が征服しようとする前から、世界のどこかで誰かが死んでいたの。目の届かない場所で知らない誰かが死んでも、ネコのせいじゃない」


 断言ってほどキッパリとした物言い。

 うん、アリシアらしいと笑う。


「うん、そう思うことにしているけれど、流石に誰かと恋愛するほどの図太さはないよ」


 話の流れでつい、アリシアにも振った。


「アリシアには? 伯爵令嬢でも、アリシアの性格的に、親が勝手に決めた婚約者とかはいないよな?」

「もちろん、いないわよ! アタシはアタシの好きな人を選ぶわ! ……この性格まで好きになってくれる人が現れればだけれど」

「案外近くにいるかもしれないぜ?」

「?」


 ほら、ユーリがいる。

 その性格をユーリが好きになれば、結構相性良いと思う。

 それ以上は、話が進まなかった。

 祝杯の宴を抜け出した私達を酔っ払いが見付けてしまったのだ。

 ちょっとだけ参加したあとは、疲れを理由に休ませてもらった。

 借りた部屋で休ませてもらい、呆気ないほどあっさりと眠りにつく。




 高級感溢れるチェス盤を見た。白い空間の中に用意されている純白のテーブル。椅子に腰かけていた私は、白い駒と白銀の駒のチェス盤を見つめたあと、目の前の椅子に座っていると思っていた純白の髪の少年に目を向けた。


「チェスをやろう」


 そう提案してくる少年に、私は断りを入れる。


「出来ないって。久しぶり、神様。それともエゼ様?」

「教えてあげるって。好きに呼んでいいよ」

「またここに呼び出したってことは情報をくれるんでしょう? ちょうだい」

「君って本当率直だね」


 少年の姿をした神は、特に機嫌を損ねることなく笑う。

 神様の情報源を得る。そのために呼んだのでしょう。この空間へ。

 チェス盤の隣に置いてある紅茶を飲んでみたら、ローズティーだった。

 温かくて、華やかな香りが鼻に届く。


「先ずは、強敵打破おめでとう」

「私だけではありませんがね」

「それでも倒せたんだ。おめでとう」

「どうもありがとうございます」


 演技かかった風にお辞儀をして見せる。


「でも思ったより、レベルが上がらないね。規格外なステータスとは言え、レベルが低いと不安感を与えてしまう」


 頬杖をつく少年を真似たわけではないけれど、私も頬杖をつく。


「そうなんだよね……このシンティリオ王国に来るまでにレベル30まで行きたかった。強敵打破でやっとレベル30越えたけど、この先は不安だ……やっぱり上がりにくいのかしら」

「そんなことないよ。経験を積めば、レベルは上がる。僕のおすすめは、このまま魔王の国の方角、南の方へ進みつつ、魔物を討伐してレベルアップをしながら……」

「次の国に行く?」

「うん。次は、エルフの王国がいいと思う。グラフィアス王国からシンティリオ王国までの道のりと比べたら、過酷だよ」


 うっすら覚えているこの世界の地図を瞼を閉じて思い浮かべた。

 地図の下、つまり南方面に魔王が陣取っている。

 グラフィアス王国とシンティリオ王国は、奥側の北。

 グラフィアス王国のちょうど手前の方に、エルフの王国がある。

 そのやや南西の方にダークエルフの森があるはず。そのまた南西の方角には大きな大きな海があり、そこは人魚の王国。まだ魔王は、手を出していないらしい。水中戦では人魚の方が有利のため、まだ魔王は手を出せないでいる、という見解だ。でもいつ魔王の手が及ぶかわからないから、私こと勇者の召喚の儀式に参加していた。人間の姿をとっていたけれど、人魚の姿が見れなくて残念だ。


「過酷上等。エルフの王国には、どんな魔物の軍がいるの?」


 次はエルフの王子のことを思い浮かべながら、私は目を開いて尋ねた。


「ダークエルフの森を責めている軍の二軍ってところだね」

「ダークエルフの森は確かレベル60だっけ」

「優先的にダークエルフの森を制圧したいから、レベル60の魔物が指揮しているよ。でもダークエルフの森も一筋縄ではいかないからね。まだ持つよ。先にエルフの王国を救うべきだ。そこでレベルを上げてから、ダークエルフの森を救うっていうのがベスト。エルフの王国に攻め入る魔物の軍の最高レベル50だ」


 少年が、純白の駒を五つ、テーブルの上に並べる。

「あ、ちなみこの駒、ポーンって言うんだよ」と駒の説明をした。

 それから、私の方にある白銀の駒を五つ、テーブルに移す。


「これがクイーン」


 真ん中の白銀の駒の名前を教えてくれた。


「それから、これがルーク。これはビショップ。ナイトは二つね」

「……?」


 何か意味があるのだろうか。

 右からナイト、ルーク、クイーン、ビショップ、ナイトと並べられた。


「さて……これで挑むと間違いなく、負けるのは白銀の駒の方だ。あ、レベルの話ね」

「……このクイーンは、私?」

「そうだよ」


 にこっと少年はあどけない笑みを向ける。

 クイーンは私だけれど、他は誰のことやら。

 少年の顔を見たけれど、説明する気はなく、ただにこにこしていた。


「エルフの王国に向かう。エリオット殿下に伝えて、準備が出来次第、出発しようと思う」

「うん。それがいいね。ところでさ、猫宮理奈ちゃん」


 にこにこしたまま、少年は話題を変える。


「恋愛、してもいいと思うよ?」

「……面白がってるなら、このチェス盤壊すからね」


 私は露骨に顔を歪めては、ローズティーを飲み干した。


「ええーやめてよー。君とやるの、楽しみにしているんだから」

「多分絶対にやらないよ?」

「多分と絶対を使うなんて矛盾してる」


 チェスのことは置いといて。


「男装している身分で、恋愛なんて出来ないでしょうに」

「打ち明ければ、恋愛していいって思っているの?」

「全然」


 私は、首を左右に振った。


「元干物女には、ハードル高すぎ……」

「でも不老不死だよ? 今のうち見付けておきなよ、伴侶をさ」

「それは勇者の使命を全うしてからじゃあ、だめなの?」

「今でもいいじゃん。むしろ、仲間の中に出来たりするんじゃないかい?」


 仲間って。皆、男だけれど。

 クスベェ師匠は知っていると言え、他は私を男だと思っている。

 恋愛対象として見ているのは、ユーリだけども、身分差が面倒そう。

 うん。こういうこと考えるから、干物女になったんだよ。


「これからも長い長い旅になるんだ。きっと心から寄り添う相手が見付かるよ」


 グッと親指を立てて見せる少年。


「期待するな!」


 私はきっぱりと笑顔で、親指を立てて見せた。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る