♰11 規格外勇者。



「それで……? 勇者のスキルを教えなさいよ」


 場所を変えて、広場で話をすることにした。

 広場と言っても、まだ建設前の公園みたいに何もない。

 まっ平な地面だけである。


「スキル?」

「そうよ、魔法のレベルはいくつなの? アタシの氷魔法はレベル5よ」


 胸を張って、アリシアは自慢した。

 しかし、その胸は成長途中なのか、小盛りである。

 気にしているのか、胸元に大きなリボンをつけて、誤魔化している感があった。


 まぁ、冒険者だし、あっても邪魔だろう。


「俺の氷魔法はまだレベル1だけど」

「はぁ? 話になんない。さようなら」

「見捨てないでよ、アリシア師匠」

「先ず、弟子入りを許可してないから、師匠なんて呼ばないでちょうだい。わかってないわね、氷魔法レベルは……いいえ、魔法レベルはそう簡単にあげられないの! 行使回数、熟練度、条件を満たさないと上がらないの! アタシは極めてきたから、氷魔法5レベル、水魔法レベル3になったけれど……アンタみたいにその歳から成長は難しいわよ!」


 その歳、か。

 そうだよなぁ、成長期はとうに過ぎている……って、おい。


「でも行使回数や熟練度を上げれば、レベルは上がるんだろ?」

「上がることは上がるけれど……さっき使っていた火魔法、強力だったじゃない。得意なのは火魔法なんでしょう? なら、氷魔法を得意とするアタシとは合わないわ。アタシは、火魔法レベル1だもの。教えることはないわ」

「俺が教えてほしいのは、氷魔法と器用なコントロールだ。さっきかなり強力な氷魔法を使って魔物達を凍らせたじゃん。それなのに、俺達を器用に避けてた。大魔法使いっていうだけあるな。ぜひコツを教えてほしい」

「だから、氷魔法レベル1のアンタに教えることなんてないの! 火魔法レベルを上げることにしなさいよ!」


 腕を組んで、うーんっと唸ってみる。


「グラフィアス王国の最高魔術師に学んだから、あとは回数と熟練度を上げるだけなんだわ。火魔法は」

「はぁ!? 最高魔術師!? あの火魔法レベル6のシュレインとかいう最高魔術師から学んだというの!?」


 隣の国でもシュレイン師匠の名前を知っているのか。


「うん、教えてもらった。俺、火魔法レベル5だからさ」

「火魔法レベル5ですって!?」

「お、おう」


 食い気味に驚かれた。


「あと水魔法もレベル5」

「はぁあ!?」

「残りはレベル1のまま」

「はっ? 残りって……?」


 驚愕しているアリシアに、私は教える。


「土魔法、風魔法、氷魔法、雷魔法、あと光、闇」

「はぁああ!!?」


 再び叫んだアリシアが、よろっと後退りをする。


「き、規格外……全属性の魔法持ちなんて……規格外だわ!!」


 完全にショックを受けた様子のアリシアは、嘆くように蹲った。


「ちなみに耐性も火から雷まである」

「ひぃ!」

「加護は神エゼ様からもらっている」

「神様に愛されている勇者!!」


 面白いので、しゃがんで教えてやる。


 愛されている、か。

 贔屓には、してもらってはいる。


「ち、ちなみに……レベルはいくつなの?」

「まだレベル20」

「……そう、なら魔力はだいたい200くらい?」

「いや、700」

「~っ規格外!!」


 アリシアは、頭を抱えた。


「このアタシより魔力が上? ふざけているわ! くっ!」


 とても悔しそうに睨まれる。


「わかったわ……条件を付ける! 勇者ネコ! 氷魔法レベル2になれたら、教えてあげるわ!」

「わかった」

「わかった!?」


 なんで驚くの?


「回数と熟練度を上げれば、レベルアップするんだろう?」

「それが難しいのよ!?」

「大丈夫、なんとかなる。氷魔法レベル2になったら、色々教えてくださいね? アリシア師匠」

「っ……!」


 かなり悔しそうな顔をするアリシア。


「一緒に帰る? エリオット殿下と一緒にドワイド伯爵の家に泊めてもらうだけど」

「アタシは自立してるの! 一緒に帰らないわよ!!」


 プンスカしながら、アリシアは先に広場から出ていく。

 私もとりあえず、今日のところは伯爵邸で休むことにした。

 長旅の疲れをとるために。


 翌日からは、氷魔法のみを使う縛りで、クスベェ師匠とユーリにお相手をしてもらった。

 ただ放つだけではなく、加減もしっかりしておく。

 そして、魔物が接近する度に、実戦をするためにも討伐に向かった。

 朝に来たり、夜に来たり、送り込まれるタイミングは違う。

 それでも、文字通り飛ぶように出迎えた。

 たまにアリシアと鉢合わせる時は、獲物の取り合いである。

 私には少々手こずる相手だが、それだけ経験値は期待出来るから譲れない。

 ゲームと同じ。体力を削れば、こちらの勝ちだ。

 足場を凍らせて、身動きを封じた魔物を仕留めにいく。

 氷魔法レベル1だから、あまり期待は出来ない。

 私も攻撃を受けてしまい、腕が切断されかけたり、足がもげそうになったりした。

 死にたいくらい痛かったが、死なない身体である。

 駆け付けたミリアに治癒魔法を施してもらって、完治した。

 普通は何日か安静にするべきらしいが、私は不老不死なせいか、治癒が終わった時には飛び跳ねるくらい元気。

 クスベェ師匠は若い頃から毎日のように魔物と戦っていたから慣れている様子。

 けれども、大きな怪我を受けなくても、ユーリは疲弊していた。

 そんなユーリを休ませるために、一日だけ特訓を休む。


「ありがとうございます。ネコ様」

「何が?」

「オレのために、休みを設けてくれたのでしょう?」


 翌日、ユーリからそうお礼を言われた。

 バレたか。


「足を引っ張らないように努力します」

「ユーリがいないと困るんだよ。光の壁がなかったら、多分腕や足が取れてたしね。無理はすんな」

「はい!」


 少し嬉しそうな笑みで、ユーリはやる気に満ちた返事をした。

 クスベェ師匠と戦いつつ、後方のユーリに氷魔法を放つ特訓再開。

 その日は、魔物の襲撃の知らせはこなかったから、教会に足を運ばせた。

 三日に一度のペースで、ミリアに鑑定してもらっている。

 鑑定してもらい、氷魔法がレベルアップしていることを確認。

 ここに滞在してから二週間以上が経つ。

 レベル25まで上がった。

 そして、ようやく氷魔法レベル2になって、私はその場で飛び跳ねる。


「よっしゃ!! アリシアに氷魔法を教えてもらえる!」


 ガッツポーズをして喜ぶ私。


「勇者様。その鑑定板を……」

「だめ」

「ううっ」


 まだ私の鑑定板を欲しがるミリアに、一蹴で断りを入れる。

 何回このやり取りをするんだ。

 そこで、教会の扉が乱暴に開いた。


「ミリアさん! 治癒をお願いします! 娘が! アリシアが!」


 ドワイド伯爵が叫ぶ。

 シンティリオ王国の騎士団に運ばれたのは、深手を負ったアリシア。

 右肩から胸にかけてつけられた深い傷を、なんとか止血していた。

 よく見れば、右腕が赤い。右腕も打撲のような怪我をしていそう。


「”ーー癒しを与えるーーサーノーー”」


 ミリアは質問することなく、すぐさま治癒魔法をかける。

 簡単そうに唱えるが、光魔法レベル3だ。

 集中力も必要だから、固唾を飲んで一同は見守った。

 私も一体どんな魔物にやられたのかを尋ねたかったが、治癒が終わるまで待つ。

 開けっ放しの扉の外から喧騒は聞こえない。魔物の襲撃はなさそう。まだ襲撃されていたのなら、騎士団は戦いに戻るはず。

 三十分ほどで、アリシアの傷は癒された。


「ありがとう、ミリア」

「アリシア、よかった……痛みはまだする?」

「ええ、まだ痛みが残っているわ」

「ごめんなさい。そこまでは癒せなくて……」

「謝ることじゃない。しょげないでくれる?」


 起き上がったアリシアは、痛みが残る右肩を押さえながら、ミリアに言葉を返す。

 ミリアと友人関係にあると言っていたが、言動はアリシアって感じだ。


「回復早々悪いが、どんな魔物にやられたんだ? アリシア。確かレベル36になったばかりだよな?」


 私は男口調で確認する。

 アリシアは、眉間にシワを寄せて、俯いた。


「……魔王軍の指揮官と名乗る魔物よ」

「! 指揮官? じゃあ、レベル40か」

「定かじゃないけれど、アタシよりはレベル上だってことは間違いない。じゃなきゃ、私の氷の壁を壊して、攻撃を受けるなんてこと……あってたまるもんですかっ」


 今まではアリシアよりレベルの低い魔物が送り込まれていたのだ。

 しかし、それで油断させたのだろう。

 最高戦力のアリシアを狙ったらしい。


「あの魔物の指揮官……ベラベラと言っていたわ。進撃が進まないから、このアタシを先に潰しておくって。暇で暇でしょうがないから来たって。ふざけているわっ!」


 激怒するアリシアが落ち着いた頃に、指揮官の特徴を聞き出す。

 共有すべき情報だと判断して、アリシアは答えた。

 三メートルの巨体で筋肉質の腕や足をしている雌。背中には、蝙蝠のような巨大な翼もあって飛んでいたらしい。

 その魔物が使ったのは、風の魔法。アリシアが深手を負わされた魔法だ。


「アリシア。俺、氷魔法レベル2になった」

「は? はぁ!? もう!?」

「うん。約束通り、教えてくれ」


 一瞬理解が遅れたが、約束した件だと思い出してくれた。


「バカなの!? いつあの魔物が攻めてくるかわからない中で、アンタに魔法を教えている暇はないわ!」

「でもどちらにせよ、アリシアは病み上がり。完全回復するまで、魔法を教えてくれてもいいじゃん。なおさら戦力が必要になるんだから、俺を強くするためにも教えてくれ」

「アンタのレベルは!? 30にもなってないなら、足手まといにしかならないわよ!!」

「アリシア!」


 ドワイド伯爵が叱ろうと名前を呼ぶが、私は手を上げて制止する。


「確かに、俺はレベルが低い。だけれど、規格外な勇者だ。体力、魔力、攻撃力、防御、素早さ。アリシアより上なんじゃないか?」

「! ……確かにそうかもしれないけれど」

「頼むよ。つーか、約束したんだから、果たせ。アリシアから言ったんだからな。アリシアから氷魔法を学びながら……」


 私は言葉を一度止めた。


「アリシアも、俺達と一緒に連携して戦う!」

「……は!? 連携!?」

「そ。こっちも強いぜ? 先ず、剣豪と呼ばれる俺の師匠がいる。それから、どんな魔法も攻撃も防げる光の壁っていう特殊スキル持ちの王子がいるんだ。それからもう一人……」


 開いた口が塞がらないといった様子のアリシアに言いながら、すぐ後ろに膝をついたままのミリアの肩に手を置く。


「これ以上ないってくらいの回復役の聖女がいる!」

「わたし!? わ、わ、わたしは! 戦闘に参加したことありませんよ!?」


 わたわたするミリアに、私は親指を立てて見せる。


「大丈夫だ。守ってやる」

「はうっ!」


 何故か顔を両手で覆ったミリア。


「ユーリウス殿下の後ろにいれば、絶対攻撃は届かないさ」


 私の頭の中では、もう完璧な作戦が立っている。


「い、いきなり! 連携して戦えって! 無理に決まってる!」

「無理じゃないさ」

「アタシのこの性格を知っても、そう言えるアンタおかしいわ!!」

「アリシアはアリシアのままでいいんだって。俺はゴリゴリの接近タイプだから、俺に氷魔法を当てないようにコントロールして攻撃してくれ。大丈夫。大魔法使いって謳われるほどのアリシアの魔法の腕ならな」

「っ!」


 協調性がないと言いたいのだろう。

 だが、アリシアほどのコントロールのよさなら、連携攻撃も可能のはず。

 アリシアが頬を真っ赤にしていることに気付かないまま。


「打倒強敵といこうじゃん」


 ここの魔王軍のボスと戦う。

 燃えるじゃないか。

 ニヤリと笑ってしまう。


「早速で悪いけれど、始めようぜ。氷魔法を教えてくれ」


 私は、新たな魔法を学ぶべく、そう急かした。


 他にも怪我人が運ばれたし、アリシアはまだ痛みを感じている。

 広場に移動して、氷魔法レベル2の魔法を教えてもらう。

 一度だけやってみせてもらい、私も見よう見まねでやってみる。


「”ーー凍てつかせ、氷の矢ーーフレチャレーギャーー”」


 一つの氷の矢を放つ魔法。

 当てた地面は、少し凍り付く。

 当たったら凍るのか。


「……はぁー、これ結構難しいのに……。もう驚かないわよ、驚かないんだから」


 ぶつくさ言っているアリシアを置いておいて、今度はイメージを添えて、さらには複数の矢を出してみようと思った。


「”ーー凍てつかせ、氷の矢ーーフレチャレーギャーー”」


 翳した手に無数の矢を生み出すことに成功。

 そのまま、さっきと同じ地面を狙って放つ。

 氷の矢は、砕け散ると同時に、地面を氷漬けにした。

 これはいい魔法を覚えた、と満足げに頷く。


「ありがとう、アリシア師匠……アリシア? おーい、アリシア!」


 振り返ると、アリシアは無言。固まっている。

 アリシアは私の規格外な魔法を見て、放心してしまった。



 

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