♰10 伯爵令嬢。



 助けられたけれど、初対面でその発言はカチンとくる。


「この氷魔法はお前さんが?」

「そうよ。お前って言わないでくれる? アタシにはアリシアって名前があるんだから」


 クスベェ師匠の問いに、敬語もなく返す少女アリシア。


「また魔王の軍が進撃してるっていうから、迎え撃とうとしたら、火魔法が見えたってわけ。お仲間の騎士達なら、ちゃんと無事よ」

「そうか、助かった。冒険者なのか?」

「当たり前でしょう」


 スタン、とオオトカゲから降りて、アリシアは冒険者だと答える。

 守りの結界のおかげか、グラフィアス王国にはそれほどいないが、他国には多いらしい。

 アリシアはシンティリオ王国の冒険者。魔王の軍と戦っている。

 この氷魔法からすると、シンティリオ王国が連れてきた魔術師より、腕がいいかもしれない。

 冒険者だ。実戦で鍛え上げたのだろう。


「シンティリオ王国の騎士じゃないわね。グラフィアス王国から来たの?」


 じろじろと見てきたアリシアから、質問をしてきた。


「守りの結界から出てくる度胸があったなんて驚きだわ」


 いや違う。嫌味が言いたかっただけだ。


「邪魔よ、ダサ女顔男。アタシが仕留めた魔物なんだから」

「ああん!?」


 出来る限りの低い声を出して、再び睨み付ける。


 今の格好が男だと認められてよかったが、この喧嘩腰発言の小娘は気にくわん!!


 落ち着けと言わんばかりに、クスベェ師匠に肩を掴まれた。

 アリシアは気にすることなく、風の魔法で凍り付いた魔物達を砕く。

 布の袋を取り出すと、その中に一部を放り込んだ。

 何をしているんだろう、と首を傾げていれば、クスベェ師匠が耳打ちしてくれた。


「ああやって魔物の一部を持ち帰って討伐の証拠を見せて、お国から討伐金をもらうんだよ」


 なるほどね。そういうシステム。

 周囲を見回したが、敵はもういないようだ。だから、私は剣を収める。

 それから先に逃がした騎士達と合流をし、街へ向かってオオトカゲで走れば到着。

 シンティリオ王国の最果ての街ドーム。

 荒れ果てている、という印象を抱く。

 戦えない住人はほとんどが、この街から出ていき、避難したと言う。

 冒険者と派遣された騎士団ばかりが滞在しているから、活気はない。


「ネコ様! よくぞご無事で!」

「エリオット殿下」


 この街の領主である伯爵の家に向かうと、エリオット殿下が出迎えてくれた。

 アナンティ姫は、城に戻ったそうだ。

 ここはすでに戦場だから、連れてこなかったのは正解だろう。


「教会へ行きましょう。そこに最果ての聖女と呼ばれる修道女がおります。彼女は光魔法で治癒を施して、皆を癒してくれております。そんな彼女も、鑑定を使えます」


 ドワイド伯爵が、挨拶もそこそこに、私の鑑定をしようと提案した。

 最果ての聖女。

 光魔法で戦った冒険者や騎士達を癒しているなら、そう呼ばれても不思議ではないか。


「ついでに勇者様の怪我も癒してもらおう」

「怪我してないです」

「一撃食らってなかったか?」

「かすっただけですよ」


 クスベェ師匠にむくれた顔を見せつつ、教会へ向かう。

 長旅だった。同行してくれた騎士達には休んでもらう。

 護衛の騎士にも休んでほしかったが、ついていくと聞かなかったので許可した。

 ユーリウス殿下とクスベェ師匠。それから、エリオット殿下一行とドワイド伯爵に案内されて、そう離れていない教会へ行く。

 立派な教会を見上げて中に入ってみると、神様によく似た像に祈りを捧げていた美少女が振り返る。


「エリオット殿下、ドワイド伯爵様。……もしや!」


 修道女らしい服装に身を包んだ桃色髪の美少女は、私に注目をした。


「そのお方が! 神エゼ様の加護を受けた勇者様なのですね!!」


 え。なんで知ってるの。

 加護を持っているって、シュレイン師匠にしか話してないけれど。

 ああ、報告したのか。エリオット殿下があらかじめ話しておいてくれたのかも。

 神様の見守りが約束されている加護なんて、神様を強く信じている修道女からすれば……。

 ……なんだろう?


「そうです。ミリアさん。鑑定をお願いします」

「は、はい! ただ今、用意いたします。少々お待ちください」


 キラキラした尊敬の眼差しを私に向けつつ、ミリアと呼ばれた美少女修道女は準備を始めた。

 あんな美少女で皆を癒しているのなら、聖女と呼ばれているのも頷ける。

 ふと、視線に気付いて、横を見てみれば。

 ぶすっとした唇を尖らせて不機嫌な表情をしているユーリウス殿下と目が合う。


「どした? ユーリウス殿下」

「……怒っています」

「見ればわかるけど……なんで?」


 どうした。


「二度とあんなことはしないでください」

「あんなこと?」

「自殺行為にも似た無謀な行動です!!」


 教会に、ユーリウス殿下のその声が響く。


「あなたは、確かに不老で不死です。でも、だからって、死んでいいわけではないです!」


 ああ。死なない身体って言って、騎士達を逃がし魔物の軍に一人突っ込んだことか。


「以前オレに言いましたよね、一人で無双したいと。でもあなたは、それが出来るほどまだ強くありません。無駄死にです。もっと自分を大事にしてください」


 キッと潤んだ目で睨み付けられた。


 痛いこと言うなぁ……。

 一人で無双はしたいが、それが出来るほど強くはない。

 本当、強くならないといけないな。


「ごめん」


 弱くて、ごめん。


 そう込めて私は謝り、ユーリウス殿下の頭の上で、手をぽんぽんと跳ねさせる。


 あ、頭、触っちゃった。

 けれど、涙目なユーリウス殿下は、怒っていないようだ。

 このまま、よしよししてやるか。


「ユーリウス殿下が思っているより、俺は俺を大事にしているよ」

「……ユーリ」

「ん?」

「ユーリって呼んでください。友人は皆そう呼びます。ただのユーリで」

「ユーリ、な」


 二ッと笑って見せれば、ユーリは頬を赤らめた。


「あのぉ……勇者様、鑑定の準備が出来ました」


 おうっ。注目浴びていたか。


 ミリアの声に反応して、ユーリから手を離す。


「こちらの板に手を翳してください」

「木、なんだ」

「はい」


 ミリアが差し出したのは、薄茶色の板だった。


「すみません。王宮などではガラス製の板で鑑定をするのでしょう。こちらでは用意できませんので、こちらでご了承ください」

「ああ、いいんだよ。自分が無知なだけだからさ」


 そう笑って見せると、ミリアはポッと頬を赤らめつつも、また差し出す。

 手を置けばいいのだろう。私は掌で触れた。


「それでは鑑定を行います」


 魔力を感じる。シュレイン師匠のものとは、やはり違う感じがする。


 どう表現をすべきかはわらかないけれど。


 白い光りが、板に文字を浮かび上がらせる。

 焼き印を押したように、文字がくっきり残った。


「これが……勇者様の故郷の文字、ですか?」

「うん」


 ミリアが興味を示す。

 私は鑑定してもらった板を持って、内容に目を通した。


『人族 猫宮理奈 29 女 勇者 レベル20/99

ステータス

 体力 1500/1500 魔力 700/700

 攻撃力 400 防御力 320

 素早さ 330

 耐性 火・水・土・風・氷・雷

スキル

 火魔法(レベル5) 水魔法(レベル5)

 土魔法(レベル1) 風魔法(レベル1)

 氷魔法(レベル1) 雷魔法(レベル1)

 光魔法(レベル1) 闇魔法(レベル1)

加護

 神の加護』


 成長はしている。だが、ここの魔王の軍の魔物の最高レベルは40だ。


 私では、倒せない。

 このままでは……。


「ネコ様……どうかなさいましたか?」


 一人で黙り込んでしまったから、エリオット殿下が不安げな顔で見上げてきた。


「申し訳ないです。レベル20しか上げられませんでした」


 そう教える。


「謝る必要はありません、ネコ様」

「そうです。今すぐ勇者様に目の前の魔王軍を討伐してもらうつもりはありません」


 エリオット殿下とドワイド伯爵が、そう言った。


「今、魔王軍はここから離れたデユースと呼ばれた森で野営しております。送り込んでくる魔物は、高くてせいぜいレベル30でしょう。こちらの最高戦力であるアリシアはレベル35……ともに戦いつつ経験を積めば、いずれここに攻め入る魔王軍を全て討伐できるでしょう」

「あの冒険者が、レベル35……」

「会ったのですね。我が娘です」

「伯爵令嬢なのに冒険者!?」


 ギョッとしてしまい、声を上げてしまう。

 通りで高飛車な感じなわけだ。


「あははっ。すみません。物事ついた頃には負けず嫌いで、ほぼ独学であの歳で氷魔法レベル5にまで成長しましてね。ここでは大魔法使いとまで呼ばれるようになった大事な戦力です」

「大魔法使い……!」


 柔和に笑うドワイド伯爵は、娘を純粋に自慢している。


「ミリアさんとも仲がいいですよ」

「あっ、はい。友人関係です」


 ミリアは名前を呼ばれて、返事をした。


「あの、その、失礼ながら勇者様」

「何?」

「その鑑定板をいただいてもよろしいでしょうか?」

「……何故?」


 読めないのに、何故欲しがるのか。


「それは勇者様の能力が数値化されたものだからです! ぜひ! この教会の宝にさせてくださいませ!!」


 ぐいぐいっと来るから、思わず身を引く。

 尊敬の眼差しがすごい。


「んー嫌だ」


 私は、ほんのちょっと迷ったが、断る。


「”ーー火よーーフィアマーー”」


 火魔法で、板を灰にした。


「……っ、なにゆえですか!?」


 灰になった板を見て、涙を溢れさせたミリア。


 うわ、美少女、泣かしちゃった。


「泣くほど?」

「貴重な勇者様の鑑定板ですよ!?」

「いや、こんな弱い鑑定板を飾られちゃ恥ずかしい。強くなってからにしてくれ。また鑑定を頼むよ。最果ての聖女様」


 弱いステータスを飾られるなんて、本当に恥ずかしい。

 多分何回か頼むだろうから、そう笑いかける。


「は、はうっ!」


 はう?


「聖女なんて、呼ばないでくださいませ……! 私はそんな大袈裟なことをしてません!」

「でも聖女みたいな存在だから、別に……」

「勇者様と対のような存在になってしまいます!」


 何故か照れているミリアは、慌てている。


 対のような存在って。

 飛躍しすぎでは?


「そう! 勇者様は異なる世界から召喚されて、神エゼ様の加護をいただき、この世界を救う偉大なお方! わたしと対の存在なんてありえません!! だから、聖女だなんて呼ばないでくださいませ!」

「んー、わかった。ミリア」

「はうっ! 呼び捨て! 勇者様に呼び捨てなんて……なんたる光栄!」


 また、はうって……。

 なんて呼んでも、オーバーリアクションだな。この子。

 修道女といったら、静かなイメージがあるんだけれど。


「もう行きましょう。ネコ様。長旅でお疲れでしょう」


 まだむすっとしたユーリが、口を開く。


「あー先に休んで。オレはアリシアを探す」

「なんだ、どうかしたのか?」


 私がアリシアをよく思っていないことを知っているクスベェ師匠が気にする。


「大魔法使いに、弟子入りを頼もうと思って」

「アリシアに、ですか? いくら勇者様でも、きっと断ります。何より、アリシアは教える側には向いておりません」


 ドワイド伯爵は、そう苦笑を浮かべながら言う。


「大丈夫です。自分は吸収力がすごいと自負しています。ただ盗むことも上手いと、自負してしますよ。クスベリータ師匠が保証してくれると思います」

「そうだな……確かに、この勇者様は盗むことも上手い。勝手に学ぶんだ。実戦もいいが、冒険者としても戦力になっているアリシア嬢から、学べるものは学ぶべきだろう」


 クスベェ師匠は、保証した。


「しかし、会ったならご存知でしょう? 娘の性格は、少々……」


 自分の娘ながら言いにくそうにしているドワイド伯爵。


 そう、性格がアレなのだ。


「まぁ、我慢しますよ。性格がアレでも、嫌味を言われようが罵倒されようが」

「何を言われたのですか?」

「落ち着け、ユーリ」


 ユーリが腰に携えた剣を握るものだから、宥めておく。


「強くなるためなら、なんだってします」


 私はそう言ってから、先に教会をあとにした。

 護衛を振り切って、伯爵家に来る前に教えてもらった冒険者ギルドに向かう。

 ちょうど、冒険者ギルドという建物から出てきたアリシアを見付けた。


「あ、ダサ女顔男」

「アリシア。俺の名前は……まぁ、ネコって呼んでよ」


 定着したし、ネコ呼びでいい。


「名前を知ったからには、変な呼び名はなしな」

「……まぁいいわ。何よ、ネコ」

「弟子にしてください」


 がばっと頭を下げて頼み込む。

 顔を上げれば、驚いた顔をしていた。


「はぁ? 弟子って……何バカなこと言ってるの?」

「大魔法使いって呼ばれるくらい強い冒険者に弟子入り希望」

「確かにそう呼ばれているけれど……もう一度言うわ、バカなの?」


 頭の具合を疑うような眼差しを向けてきた。


 この娘、どうして言動が酷いんだろうか……。


「アタシは教えることに向かないわよ。だいたい、この性格よ?」

「自覚あるんだ」

「あるわよ。この性格で人は離れていく……けれど、これがアタシなのよ」


 一度目を伏せたが、アリシアは言い切った。


 譲れないのだろう。そんな何かがある。


「じゃあ、アリシアはありのままでいいよ。俺は俺で、アリシアから盗み学ぶから。俺は強くなりたいんだ」


 アリシアは怪訝な表情をした。


「……そもそも、アンタ、誰なの?」

「あれ? 聞いてないのか? 勇者だよ」


 周りを見てから、聞かれていないことを確認して、答えておく。

 勇者が来るって、伯爵の父親から聞いていないのか。

 いや、そんなはずはないだろう。

 アリシアのややつり目が、大きく見開かれた。


「はぁああ!!? 勇者!!?」


 とんでもなく大声で、勇者と叫ばれたのは、私のせいだろうか。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る