♰09 弱い。



「……申し訳ないです、ネコ様」


 エリオット殿下は、しょぼんと俯いて謝る。


「私達は、先にシンティリオ王国に行きます……旅に同行出来ず、本当に申し訳ないです」

「謝らなくていいですよ、エリオット殿下」


 シンティリオ王国の代表出来たエリオット殿下とアナンティ姫は、魔術師と護衛の騎士を連れて先に帰る。

 転移魔法で、だ。

 この世界の転移魔法は、特殊スキル。

 シンティリオ王国の魔術師が保有している。

 どこへでも転移が出来て、一度足を踏み入れたことのある場所に限られているのだ。

 他人も運べるが、やはり同じ縛りがある。

 なので、シンティリオ王国に行ったことのない私は、転移魔法で運べないのだ。

 けれども、元々魔物相手に実戦をして経験値を得る目的がある。

 エリオット殿下とアナンティ姫に、その旅の同行をさせるのは、まずい。

 シンティリオ王国の最果ての街で合流することを約束をして、私は笑顔で見送った。

 エリオット殿下とアナンティ姫は、そんな私に手を振る。

 光に包まれて、消えた。


 私達も、旅立つ。

 ご老体のシュレイン師匠は、旅に同行しない。

 クスベェ師匠は、同行。元々、魔王の討伐の旅の頭数に入っている剣豪だ。

 ユーリウス殿下も、旅に加わっている。あれ以来、静かなものだ。私に謝罪をしてくれた。

 私の助言通りにしたいと言う。


 ……私、何言ったっけ。


 あとの同行者は、魔物と戦った経験のある騎士である精鋭を三十名ほど。平均レベル20らしい。

 その中に、ジーンさんやカーズさんも入っていた。流石、勇者の護衛。


「ほーう」


 私達の移動手段は、馬ではなかった。

 オオトカゲ。しかし、二本足で立っている。

 まるで、恐竜のようだ。馬サイズのティラノサウルスみたいな。顔はトカゲらしい。

 苔色の鱗に覆われていて、太い尻尾を振っている。背には乗れるように、鞍が付けられていた。

 初めてなので、それに一人で乗らせてもらう。

 オオトカゲは、人懐っこく温厚らしい。

 私のこともすんなり乗せてくれて、特に操ることも難しくなかった。

 グラフィアス王国の王都を離れて半日。

 魔物と遭遇した。

 スライムである。

 なんでも、どこでも湧く魔物らしい。

 ぽよよんっとしている水色のスライムに触りたかったが、ユーリウス殿下が蹴っ飛ばしてしまった。


 キラリン。スライムが、遥か彼方へ……。


「だめです! ネコ様! 油断すれば、顔に張り付いて窒息させられます!!」

「お、おう……だけど、レベル16である私なら、大丈夫では?」

「油断は禁物です!!」

「お、おう」


 その後も、いかにも弱そうな魔物と遭遇。

 レベル上げのためにも、経験のためにも、片っ端から討伐した。

 ユーリウス殿下の光の壁の出番もない。

 野生の魔物は、動物の狩りとそう変わらないと感じた。


 まぁ、狩りなんてしたことないけれど。

 ほぼ、瞬殺。いや、完全に瞬殺だ。

 こんなザコでは、経験値もあまり期待できないと思うなぁ……。

 魔物討伐は、ほぼ私に任せてもらえているが、あまり成長している気もしない。

 このままでは、レベル40の魔王の軍には、勝てないだろう。

 私は死なないが、ともに来てくれたクスベェ師匠達はそうではない。

 負け戦には、参加させたくはないのだ。

 もっと、強くなりたい。誰も戦いで死なせないくらい。

 甘い考えだろう。それでも、そう思うのだ。


「……ふぅー」


 野宿中、キセルを吹かして、真っ白な花を散らせる。

 コーヒーのようなコクの深さとほんのり甘さを感じる花咲きタバコ。

 日中我慢している分、夜に吸う量が増えた気がする。

 歌いたい気持ちが、高まっているのだ。

 だって、オオトカゲに乗って揺れていると、ルンルン気分になる。

 本当に音楽が欲しくなるのだ。

 歌姫のことはもう忘れてくれているが、やはり歌声を聴かれるのはまずいだろう。

 呑気に歌っている場合でもない。


「お風呂、入りたい」


 たまに寄った街の宿屋でお風呂に入れたが、野宿続きだとそれも難しい。

 身体を拭こうにも、クスベェ師匠に見張ってもらわなくちゃいけない男装中。

 親交を深めようと狙うユーリウス殿下を避けるのも、一苦労だ。


 裸の付き合いなんて、硬くお断りしたい。


「眠らないのか? ネコ様」


 タバコを吹かす私に声をかける。

 クスベェ師匠も起きていたのか。


「そろそろ様付けはやめません? クスベェ師匠」

「そうだな……そろそろ本名を教えろよ」

「猫宮理奈ですけど」

「ネコミャ?」

「ええっと、リナ・ネコミヤです」


 ちゃんと聞き取れるように、発音しておく。


「リナ。女っぽい名前じゃないか。最初からそう名乗ればよかったんじゃないか?」

「いや名乗る前に、男だって言っちゃったじゃないですか……王様が」

「そうだったか。はっはっはっ!」


 笑い事じゃない。


「明日、いよいよ結界を超える。今のお前さんがいくつのレベルになっているかは確認出来ないが、遭遇する魔物はレベル15以上の可能性もあるぞ」


 一頻り笑うと、クスベェ師匠は真面目に告げた。


「気張っていきましょう」

「ああ、だからタバコもそこそこにして、眠っておけ」

「はい。師匠」


 私は携帯灰皿の箱にタバコの茶葉を捨ててからキセルをしまって、そのまま眠る。


 翌日。国境である結界まで来た。

 魔物に対しての結界のため、私達が通っても蜘蛛の巣にでも引っかかったかな? という僅かに感触を味わう程度。

 呆気なくも、すんなりと、結界を過ぎた。

 拍子抜けしつつも、レベル15以上の魔物と遭遇してしまうかもしれないから、気を引き締める。

 ここはシンティリオ王国の最果て。

 エリオット殿下達と待ち合わせている街まで、あと約三日はかかる。

 魔王の軍には見付からないように、慎重に進んだ。

 相当運が悪くなければ、見付からないと踏んでいた。

 しかし、二日後。魔物の集団に見つかってしまった。

 今まで遭遇していた魔物は、明らかにザコだ。同じ姿の魔物で集団行動していた。

 今回の魔物は、姿形が違う集まり。そして、武装をしている。その数は、三十体は超えていた。

 魔王の軍だ。

 恐らく、レベルは高い。勝ち目は、薄いだろう。


「進め!!!」


 戦うという選択は取らず、指揮を執るクスベェ師匠がそう指示を出す。

 手綱をしならせて、オオトカゲに全力で駆けてもらう。

 魔王の軍から、無数の矢が放たれる。

 矢が届いた後方の騎士達のオオトカゲが転倒した。

 私は手綱を引いて、引き返す。

 クスベェ師匠も、続く。


「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!!」


 迫りくる魔物達に向かって、火力全開の火魔法を放つ。

 火炎の爆発を起こす魔法。爆風でも足止めできるだろう。

 その隙に、騎士達を他のオオトカゲに乗せて、再び進む。


「ユーリウス殿下!」

「はい!」


 クスベェ師匠の指示で、後方に移動したユーリウス殿下が光の壁を張る。

 矢は防げたが、飛竜型の魔物が追い抜いて、騎士を一人捕まえた。


「”ーー風よーーヴェンドーー”!」


 私は咄嗟の判断で、風の魔法を使って、自分の身体を吹っ飛ばして宙へ飛ぶ。

 飛竜の魔物の首を両断し、助けた騎士とともに着地した。


「ネコ様!」


 ユーリウス殿下が、私を乗せようと手を伸ばす。


「任せた」


 そんなユーリウス殿下に、助けた騎士を任せる。


「先行ってくれ。ここは引き付けておく」

「なっ! だめです! あなたを置いていくなんて!」

「大丈夫。死なない身体だ。”ーー風よーーヴェンドーー”!」


 二ッと笑って見せて、手を一振りした。

 再び風に乗って、私自ら追いかけてくる魔物の軍へ向かう。


「”ーー爆裂業火ーーエスプロジオ・インフェルブルチャーー”!」


 もう一度、火力全開の爆発の魔法を放つ。

 ちょっとした空爆にも匹敵する派手な花火を散らせて、剣を構えた。

 黒煙から見えたのは、まだ立つ魔物の軍。

 ダメージはあるものの、倒れた魔物は少ない。


 結構、大技なんだけれどなぁ。私の中では。

 やっぱり、弱い。まだ弱い。

 ならば、こいつら全員皆殺しにして、レベルアップさせてもらおう。


「”ーー水刃炸裂ーーイドロエリークア・エスプロジオスーー”!」


 炸裂する水の刃の魔法攻撃を放ち、すぐにまた風の魔法を唱えて、接近。

 水の刃を受けてもまだ立ち上がろうとする豚面の巨体の魔物の息の根を止める。

 魔物の軍の中に飛び込んだ私は、襲い掛かってくる敵から仕留めていった。

 血飛沫を浴びながらも、息の根を止めに行く。


 ずしゃああっ!!


 白い斬撃が飛んで、魔物を吹っ飛ばした。

 この斬撃は、クスベェ師匠の特殊スキル。


「全く! 困った勇者様だな! 一人で飛び込むなよ!」

「クスベェ師匠」


 魔物を蹴散らして、クスベェ師匠が来た。


「応援を呼ばせた。増援が来るまで持つか?」

「誰に言ってるんですか。増援が来る前に仕留めましょう」

「そりゃ骨が折れそうだ」


 なーに言ってんだ。

 師匠のレベルは教えてくれないが、少なくてもこの魔物達には負けてないだろう。


 身軽さを活かして、豚面の魔物を踏みつけ、宙から狙ってくる飛竜の魔物の喉を剣で貫く。

 数で押されている。

 目の前の攻撃を避けると、後ろから攻撃をしかけられた。

 大きなこん棒が背中をかすり、私は転倒する。


 くっ。もっと早く。もっと速く!

 もっと強く! もっともっと強くならないと!!


 立ち上がろうとした私の目の前で、魔物達は氷に呑まれた。


 氷魔法?

 周囲の魔物全てが凍り付いていた。


 クスベェ師匠は、持っていないスキルだ。

 そもそも、この威力はレベルが高いはず。

 私とクスベェ師匠だけを避けているコントロールのよさ。


 シュレイン師匠並みの魔法の使い手が?


「さっきの火魔法を使ったのは、アンタ?」


 スタスタと近付くオオトカゲに乗ったのは、水色のふんわりしたツインテールの少女だった。

 ユーリウス殿下と同じくらいの歳だろう。

 ややつり目の青い瞳が、私を見下す。


「あの威力に反して、弱いわね。こんなザコに攻撃を受けるなんて、ダッサ!」


 ああん!!?



 

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