♰08 旅の準備。


 白い空間の中に用意されている純白のテーブルの上には、二人分のティーカップと高級感溢れるチェス盤が置かれている。

 椅子に腰かけていた私は、白い駒と白銀の駒のチェス盤を見つめたあと、目の前の椅子に座っている純白の髪の少年に目を向けた。


「チェスをやろう」


 そう提案してくる。


「出来ないって」


 私は断ってから、真っ白な空間を見回して、念のために確認した。


「私死んだの?」

「なんで神の領域に来ると、皆そう思うのかな。猫宮理奈ちゃんは不老不死になったんだから、死んでないよ」

「あ、そうだった」


 普通神の領域に行けるのは、死後ぐらいでは?

 確かに私は不老不死になったんだった。実感がなくて忘れていたわ。


「それにしても、災難だね。勇者として召喚されたのに、青年と間違えられて、そのまま男装を貫くなんて、ぶっ、くくくっ」

「笑うなら、この駒投げ捨てるから」


 お腹を押さえて笑う神様に対して、私は大事そうなチェスの駒を持って、投げる素振りを見せる。


「えーごめんーやめて?」

「災難にもほどがあるわ。その上、男装しているのに、王子に性的な目で見られて迫られるなんて……」

「ウケるよね」

「笑うなって」


 はぁ、と肩を竦めた。

 それから、ティーカップを持って、匂いを嗅ぐ。

 オレンジの香り。飲んで見ればオレンジと蜂蜜の味のオレンジティー。

 ちょうどいい温かさに、ホッとする。


「なんで私ここにいるの?」

「僕が呼び出したからだよ」

「この世界の神様は、ひょいひょいと神の領域に人を呼び出せるの?」

「あはは、違うよ。僕が君に与えた加護のおかげだ」


 同じくオレンジティーを飲んだ神様は、笑いながら教えてくれた。


「ああ、見守りの効果があるっていう神の加護?」

「そう。いつでも呼び出せる効果もあるんだ」

「んー……私に得、ある?」


 すると「ふっふっふー!」と意味深な笑い方をする神様。


「特別に、神様の情報を授けちゃうんだよー!」

「な、なんだってー!」

「棒読み……」


 ノッてみたけれど、棒読みになってしまった。


「神の領域から地上の情報を得てるの?」

「まぁ……暇だからね」

「ええー……神様って忙しいのでは?」

「いや、神様は見守る以外……やることがないから」


 遠い目をして、白い空間を見つめる神様。


 だからチェス盤なんて用意したのか……。

 神の領域から出て、世界救う手伝いしろ、なんて言っても無理なんだろうな。

 出来ない、から。きっと。


「ということで、猫宮理奈ちゃんには、時々来てチェスの相手をしてもらいます」

「ルール知らないって……」

「教えるから」

「得する情報くれ」

「率直」


 呼び出したのだから、何か情報を伝えたいのだろう。

 だよね? まさか暇だから呼んだわけじゃないよね?


「君がこれから行くシンティリオ王国に進撃している魔王の軍は、確かに弱いよ。捨て駒ってところだろうね。でもね、今の魔王、つまり支配に積極的で世界征服を目論んで、君を召喚するほどまでに追い詰めた強い魔王の軍だ。レベルはそんなに低くないんだよ」


 駒の一つを取り、テーブルに置いた。

 それを四つ並べる。


「最高レベル40の軍だ。シンティリオ王国に行く前に、しっかり弱い魔物相手に経験を積むことを勧めるよ」

「最高レベルが40……」


 私はレベル16だ。やはりレベル上げして経験を積み上げるべきか。


「ゲームと違って、こちらのレベルに合わせた敵さんが出てくるわけじゃないかー」

「だから、勇者である君は、その時のレベルにあった場所に出向くべきだね。今最も高いレベル60の魔王の軍勢は、ダークエルフの森を襲撃中だ」

「ダークエルフ?」


 ダークエルフって言ったら、褐色の肌に白銀の髪のエルフ。


「代表者にそんな種族はいなかったけれど」

「参加してないからね。気難しい種族なんだ。勇者召喚のために選りすぐりの魔術師を、って呼び出されても無視したんだよ。二番目に魔物の国に近くて、被害も多いからね。選りすぐりの魔術師を出している余裕がないってのもあるよ。それがなくても協力したかは定かじゃないなぁ、ダークエルフの森の現在の王は、孤高って言葉が似合うような人柄だからね」


 孤高が似合う、褐色の肌に白銀の髪のエルフか……。


「一番目はどこなの?」

「オーガの里だよ」

「オーガって……魔物ではないの?」


 ゲームとかだと魔物に分類されるのでは……。


「日本で言う鬼であるけれど、魔物に分類はされていないよ」


 悪い子はいねーかぁ……あ、それはナマハゲだ。


「戦闘民族な鬼だから、強いよ。でも長くは持たないだろうね……疲弊しつつある」

「……私は救える?」

「無理だろうね」


 神様は、きっぱりと断言した。


「間に合わない。レベルもそうだけれど、距離的にも今から向かったところで、もうオーガは負けているはずだよ」

「……何か私に出来ることはないの?」


 テーブルに手を組んだ腕を置いて、神様は告げる。


「魔王を討伐して、世界を救うこと」


 私の使命。


「オーガの今の里はなくなる。けれど生き残った者達がまた集っては作るはずだ。そのためには、世界が救われていなければならない」

「……うん。わかった」

「君なら出来るよ」


 神様に励まされると、これまた威力が違うものだ。


 今救えなくてごめん。

 ごめん。でも、世界は救うから。

 頑張って生き抜いて。


「よし、じゃあ戻して」

「じゃあチェスは次回ね」


 いや、多分やらないよ……。


 白い光りで目の前が眩み、私はそれに包まれた。




 目覚めると、何故か右にはアナンティ姫がいて、左にはエリオット殿下がいて、私の腕にしがみ付いていた。




 私は少し悩んだが、神様からもらった情報を国王達と共有することにして報告。

 それ相応の準備をしてから、私と護衛達はグラフィアス王国の結界から出るという決定が出された。

 シュレイン師匠には、私のレベルで使える攻撃魔法を叩き込んでもらう。

 クスベェ師匠にも、日々特訓の相手をしてもらいつつ、城の外へ連れ出してもらった。

 生き抜きとかではなく、旅の準備のためである。

 勇者の召喚が成功したことを、世間は知らない。

 魔王側にも知られないためだ。

 だが、いずれは召喚されるとは噂されているらしい。

 各国からお偉いさんが集まっていることも、その兆しだと感じ取っているようだ。

 だから念のため、私はマントを纏ってフードを被ってクスベェ師匠についていった。

 結界に守られているだけあって、やはり平和といった印象の一昔前の外国ののどかな街並み。格好も一昔前の外国の服装をした人々が行き交う。シンプルなドレスやサスペンダーのズボンとか。マントを纏っていても、別に目立たない。鎧を纏っているクスベェ師匠も同じく馴染んでいる。

 そんなクスベェ師匠に連れてこられたのは、ドワーフが経営している武器と防具の店。

 信頼出来るからと、そのドワーフの店長に事情があって男装していることを話す。

 女だとわからない程度に、そしてなるべく軽装の防具を用意してほしい。そう頼む。

 ドワーフの店長は、女性だった。ふくよかな体型だが、手先は器用。黒いグローブを用意してくれたのは彼女らしい。


「こんなに愛らしい娘に男装なんてね。また日を改めて来なさい。そのくびれも胸も隠すもの作ってあげるから」


 後日、再び店に足を運ぶと、防具が揃っていて、それを着させてくれた。

 サラシの代わりに胸の膨らみを隠すインナーは、胸を潰しつつ引き締まったウエストを誤魔化す。その上、防具の役割もあるのだ。

 コンコン、と叩いてみれば硬かった。


「そんじゃそこらの弓矢やナイフには貫かれないよ」


 ドワーフの店長さんは、朗らかな顔で教えてくれる。

 それから、余計な脂肪が落ちて、筋肉がついても膨らみがない腕を隠すための、襟が立った上着。

 その上に、胸当てを装備。髪に合わせて、銀色。

 腰の細さを誤魔化すために、腰巻きもつけてくれた。お尻を隠しつつも短い丈の焦げ茶色でもふっとした毛皮。

 ズボンは余裕のある大きさで、新しいブーツはまたインするタイプのもの。ゴツくてちょっと重さのある。太めの紐を、きつく結んでくれた。そのブーツの色はブラウン。底も、高すぎない。

 鏡で確認させてもらったが、体型を完全に誤魔化せていた。


 やはり、すごいな、プロに任せるって!


「武器は、これなんてどうだい?」

「武器も新調してくれるんですか?」


 ドワーフの店長さんが差し出す剣を持ちながら、私はクスベェ師匠を見上げた。


「軽い剣を持たせたいと思っていたからな」


 クスベェ師匠は、そう笑って見せる。


「確かに軽いですね」


 今まで使っていた真剣より、剣身が細くて軽い。

 黒の鞘に収まっていて、シルバーの握りと鍔のないシンプルなデザイン。

 けれども、鋭利な輝きを放つ剣身は、頑丈そう。


「旅をするんだ、少しでも身軽な方がいいだろう」

「いい感じです」


 腰の後ろにホルダーをつけて、装備する形にしてもらった。

 確かに旅の間は、あまり重荷にならなそうだ。助かる。


 不老不死とは言え、旅についていけるか、不安なのだ。


 替えの防具も買ってもらい、私はおニューの格好に浮かれていた。


「お返しが出来ず、申し訳ないです。クスベェ師匠。ありがとうございます」

「世界を救えばチャラだ。それにどうせお国の金だ、気にするな」

「あはは」


 クスベェ師匠が、ニヤリと笑って見せるから、私は笑ってしまう。

 お国から経費を落としているのか。


「自分の世界なら、勇者に相応しい剣とかがあるのだけれど……勇者にしか抜けない伝説の剣とかないんですか?」

「おとぎ話の話だなぁー。今ので我慢してくれよ」


 城へ向かって歩きながら、私は念のために尋ねた。


「おとぎ話ですかぁー……」


 ファンタジーの中でも、ファンタジーがあるのか。

 その辺の境界線、教えてほしい。


「私のように不老不死になる魔法はあるんですか?」

「勇者召喚の魔法は、特別なんだよ。そう不老不死の魔法が転がっているわけないだろ」

「じゃあ死人を生き返らせるのは?」

「アンデッドにする魔法ならある」

「不老の魔女とか」

「魔女なんて、おとぎ話の中だけだな」

「……おとぎ話を全部知りたいですね」

「不老不死なんだ、世界救ったらゆっくり読めばいい」


 不老不死かぁ……。

 今のところ、実感が湧かないから、なぁ……。

 不老不死でこの世界を生きていく、か。

 先ずは、世界を救わないとな。ほんと。



 

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