♰07 お泊り会。



 胸には、明るいブラウンの胸当てをしっかりつけていることを確認し、重たいブーツで歩く。

 見張りのための塔の一つに衝突したものは、卵型の物体だった。卵とは言え、巨大。

 中庭にめり込んでいたその中から割って出てきたのは、魔物。


「ぎゃーはははっ!! 侵入したぜ! 容易い容易い!! さぁかかってこい!! 人間ども!! この城を血祭りにして、我が魔王様に献上してやるぞ!!」


 そう高らかに宣言する辺り、やはり魔王が差し向けたのだろう。

 身体はゴリラのように腕が太く、猫背な体躯。けれども、顔はどちらかと言えばサイのようだった。鼻にあるツノがそう思わせるのだろう。

 全身が黒い。禍々しいってほどでもないが、ちょっと悪い感じの気配はする。

 警備の騎士達が取り囲んでいたが「お前達、下がれ!」とクスベェ師匠が命じて下がらせてくれた。

 逆に私は前へと進み、剣を抜いて鞘を放る。


「話を聞いてやる。用事は何だ?」


 私は一応、用件を問う。


「なんだ? お前は。ちっこい人間だな」

「うるさいなぁ。魔王の差し金なのか?」

「そうだ! 当たり前だろう!? 新たな魔王様は、積極に支配する気でいて、いい!! 城にいる人間を皆殺しにしたら、幹部にしてくれるという話だ!! だから、殺す!! 先ずはお前からだな!!」


 勇者を狙ったわけではないのか。

 しかし、頭の悪いやつだ。

 絶対ただ様子見か何かで送られただけじゃん。

 しかも、一体だけなんて。殺されるのは、魔物の方。


「”ーー火よーーフィアマーー”」


 とにかく、殺す気満々な魔物に、私は火魔法を放つ。

 火力を加減する必要もないから、火炎放射並みの火を放つ。


「遅いぞ!!」


 それを避けて、魔物は私の後ろに回った。

 振り返ると同時に、私は伸ばしてきた腕を両断する。


「え」


 真っ黒な目を点にした魔物。


「遅いのは、そっち」


 私は飛んで膝蹴りを顎に決めた。

 仰け反る前にツノを掴んで、引き寄せて、もう一度膝蹴りを入れる。

 残ったもう片方の腕で、私を掴もうとするから、その腕も切り落とす。

 ずしゃっと倒れた魔物の首を切り落として、おしまい。


 んー。うん。

 躊躇ないな、私。

 魔物とはいえ生き物相手に、容赦のない両断と蹴り。


「”ーー火よーーフィアマーー”」


 死体をそのままにするのもアレだと思い、私は火魔法を放って燃やす。

 周囲を見れば、騎士達が唖然としていた。

 乱れた髪を耳にかけて、私は首を傾げる。


 え。何。

 もっと情報を聞き出すべきだったかな。

 いやでも頭悪そうだったし、こっちに有利な情報なんて、持っているわけ……。


 途端に、歓声が沸いた。

 ビクッと肩を震え上がらせてしまう。


「流石勇者様だ!!」

「世界は救われる!!」


 こんなザコを倒したくらいで、そんな大袈裟な……。


「うぉおおおっ!!!」


 うるさっ!!


「よくやった、と言いたいところだったが、一撃で仕留められなかったのか?」

「本気を出せば、避けられないほどの火魔法で仕留められたのでは?」

「師匠達は厳しいですね……」


 一応、私が戦いに躊躇した時に備えていたクスベェ師匠と、シュレイン師匠が褒めてくれない。


「少し戦いを試したかっただけですよ。やっぱり人との戦いと魔物との戦いは、違ってきますね。魔物との実戦経験を重ねていきたいです」


 剣についた黒っぽい赤い血を振り払ってから、鞘を拾ってしまう。


「お、オレも!!」


 二人の間から出てきたユーリウス殿下が声を上げる。


「オレも実戦経験を積みたいです! 勇者様に負けていられません! 一刻も早くスケジュールを組みましょう!!」


 息巻くユーリウス殿下。


 私より俄然燃えてない?


 私の師であるクスベェ師匠とシュレイン師匠が、特に反対もしなかったため、会議が行われた。

 会議室。円卓があって、かっこいい。

 すると、もう一度鑑定をしないかと提案が出る。

 あれからの私はどう成長したのか、それを知るため。

 すぐさま鑑定用のあのガラス製の板が運ばれ、シュレイン師匠が持って私が手を翳す。


『人族 猫宮理奈 29 女 勇者 レベル16/99

ステータス

 体力 1333/1333 魔力 620/620

 攻撃力 230 防御力 180

 素早さ 190

 耐性 火・水・土・風・氷・雷

スキル

 火魔法(レベル5) 水魔法(レベル5)

 土魔法(レベル1) 風魔法(レベル1)

 氷魔法(レベル1) 雷魔法(レベル1)

 光魔法(レベル1) 闇魔法(レベル1)

加護

 神の加護』


 あれ!? あんなに頑張ってきたのに、レベル1しか上がってない!


「レベル1しか上がってませんね」


 ありのままを報告する。


「やはり……特訓で得られる経験値をすでに得てしまったのでしょう。やはり実戦ですね」


 エルフの王子が、そう言った。


 でもまぁ、特訓だけでレベル16まで上がったのだから、上々だと思う。

 ゲームなら経験値くれないぞ。確か。


 すると「我が国へ!」という声が、あっちこっちから上がった。

 元々、自国が魔王軍の進撃を受けているか、またはその危険があるから、国王の代わりに来たという代理人ばかり。

 一刻も早く魔王軍を退いてほしい国ばかりが、私を取り合う。

 エルフの王子は、少し考え込んでいる。

 私は、エルフの王子と同じで、参加しない隣国のシンティリオ王国の代表者であるエリオット殿下を見る。

 私と目が合うと、少し驚いた反応を見せたが、意を決したように声を上げた。


「わ、我が国がいいです!!」


 お、おう……。


 それは他の大人達を黙らせるほどの声量だった。


「我が国シンティリオ王国は、このグラフィアス王国より奥にあり、グラフィアス王国の結界の恩恵で進撃してくる魔物はそれほど強くありません! 経験を積むためならば、我が国が最適かと思います!!」


 おお! 大人に負けずに、よくぞ言えたものだ!

 しかも、周りの大人より、よほど考えている物言いだ。

 他の国の代表者は、最適だと認めて黙り込む。


「決まりましたね。自分は、シンティリオ王国へ向かいます」


 私は立ち上がって、宣言した。

 反論はない。決定だ。


 そのあとの話は任せ、私は先に休ませてもらった。


 初めての実戦をしたしね。

 まぁ大して疲れていないが。


 それでもお風呂でまったりしたあと、ホクホクしたままバルコニーで一服。


 極楽極楽ー。


 薄紅の花びらが散る花咲きタバコの今日の味はさくらんぼ。

 こういう娯楽も、旅の間は我慢しなくていけないのだろうか。

 今のうちに吸っておこう。

 深く吸って、深く吐いて、花びらを散らせる。

 そこで、扉がノックされた。

 返事をしたが、一向に入ってくる気配はない。


 使用人や護衛なら、もう入ってきている頃だが……。


 面倒に思いつつ、キセルを置いて、扉を開けに行く。


「……いいですか?」


 熱を帯びた頬と眼差しで見てくるのは、この国の王子ユーリウス殿下。


 ……夜這いってやつですか???


 左右には、護衛がいる。

 だから、それだけを問う。


「あれ……ユーリウス殿下」


 幼い少年の声。

 もしやと思い、扉を大きく開けば、廊下には護衛を連れたエリオット殿下とアナンティ姫が立っていた。


 その格好は寝間着かしら。


「お話の邪魔でしたか?」

「全然! どうしたんですか? お揃いで」

「あの、突然すみません。そのぉ……親睦を兼ねて、部屋に泊ってもいいでしょうか?」


 お泊り会かーい。


「あっ、子どもっぽいですよね! やっぱりいいです!」


 恥ずかしそうに踵を返そうとするから、慌てて呼び止めた。


「全然構いませんよ!! しましょう! お泊り会!! ねっ? ユーリウス殿下!」

「え、は、はいっ」


 ナイスタイミングで来てくれましたエリオット殿下!

 門前払いもあれなので、ユーリウス殿下も誘っておく。

 落胆したような顔は、見なかったことにしておくからな!

 使用人達がどんどんもふもふのクッションを運んで、床に大きな敷布団を引いてくれた。

 あっという間に、お金持ちのお泊り会な図になったな。


「先程はありがとうございます。ネコ様」

「ん? 何がですか?」

「ネコ様が勇気をくださったおかげで、ああやって言えました!」


 ああ、目を合わせた時か。

 勝手に勇気を出したのは、エリオット殿下なのに。

 でもまぁいいか。そういうことで。


「かっこよかったですよ、エリオット殿下」

「……そうですか!」


 嬉しそうに満面の笑みになるエリオット殿下は頬を赤らめた。

 なごみつつも私は、ノンカフェインのルイボスティーを啜る。


「あ、あの……勇者様」


 ずっと黙りこくっていたアナンティ姫が口を開いた。


「これを差し上げますわ!!」

「ありがとうございます」


 ピンクのラッピングがされた長方形の箱を差し出される。

 何かはわからないが、受け取っておいた。


「これはなんですか?」

「食が細いと聞きました……でも果物やお菓子などの甘いものはお好きだとも聞きましたので!」


 あ、食べ物か。

 ……毒入ってないよね?

 最近大好きなお兄様に懐かれた私に毒を盛るわけではないよね?

 なんて疑った私を許してほしい。

 赤面したアナンティ姫は、ちょっと不安げに俯く。

 なんか。好きな子にバレンタインデーのチョコを渡したけれど、味や返事が気になる女の子の反応みたい……。


「アナはお菓子作りが得意なんですよ。大好きな勇者様に食べてほしくて何度も作り直してました!」

「お兄様っ! 言わないでくださいませ!」

「ありがとうございます! 美味しいです!」

「まだ召し上がっていないじゃないですか!」


 大好きな勇者様!

 いつの間にか、ブラコン姫の中で好感度が上がっていたのね!

 お姉さん、嬉しい。


 つい美味しいって感想が先走った。

 ラッピングを綺麗に剥がして箱を開いてみれば、チョコレートが並んでいる。しかも、果物の形だ。

 一粒摘まんで、口に放ってみた。


「んん! 美味しいですね!」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ! 自分、チョコレートは好物なんですけれど、これはとても美味しいです」

「よ、よかった……」


 ホッとしたようで胸を撫で下ろすアナンティ姫。


「……オレもいただいでもいいですか?」

「うん、はい」


 ちゃっかり隣に座ったユーリウス殿下にも、渡そうとした。

 しかし、摘まんだチョコレートの方をぱくりと食べられる。

 一瞬だけれど、指までくわえられた。


 ……ど、どこで覚えてきた!?


「……」


 もぐもぐ。沈黙するユーリウス殿下。


 いや、褒めろよ! 美味しいって!


「ネコ様とユーリウス殿下は、仲がいいんですね」


 エリオット殿下は、今のを見てそう思ったらしい。

 純粋だ。まだ穢れていない。


 アナンティ姫の方は、なんだか怒っている様子。

 包んでいたラッピングを握り締めている。

 バチバチ。ユーリウス殿下とアナンティ姫の視線が交わって、火花を散りそう。


「よし! 夜更かししてもあれだし、寝ようか!」


 夜食も楽しんだところで、私は寝ることを急かす。

 王子と姫と雑魚寝。

 贅沢な雑魚寝だと思いつつ、もこもこ枕に顔を埋めて、眠りにつく。


 なんだか、もぞもぞすると思い、目を開く。

 くびれをさする手がある。それはお腹に回ってきて、徐々に下に向かう。


 どぅああああああっ!!!

 夜這い!!!


 背を向けていたユーリウス殿下の手だと理解した私は、飛び起きて振り払う。


 あっぶねぇええ!! 女だってバレるところだった!!!


「子どもがいるのに何してくれようとしてんだ! バカ!」


 なるべく声を潜めて怒る。


 怒っていいよね!? いいよーっ!!


「っ! ネコ様だってわかるでしょう!? この年頃の性欲!!」

「っ! ……っごめん!!」


 男と女ではちょっと、いやかなり違うと思うから、そういう意味でごめん!!

 そして残念系イケメンにまで降格させてごめん!!

 あと性欲とか叫ぶな! 子どもがそばで寝てんだから!!


「好きな人がそばに寝ていて、我慢できるわけないじゃないですかっ!」


 っ!?

 好きな人って……お前、そんなに私が好きだったなのか!?

 ぐっ! 揺らぐな私! 怒るんだ!

 こいつは男としての私を性的な目で見ているんだ!


「んぅ……どうしました?」


 エリオット殿下が起きてしまったじゃないか!


「やっぱりユーリウス殿下は自分の部屋に帰るってさー!」

「あ、そうなんですね……おやすみなちゃい……」


 寝ぼけているエリオット殿下は、頭を下げるともぞもぞとタオルケットに潜り込む。


 ……天使かな。


「ユーリウス殿下。お引き取り願おう」

「……オレのこと嫌いですか?」

「そういう問題じゃない。男同士でもすぐ事に運ぶのはだーめなの! 順序を追って関係を進めろ! 先ずは交友を深め、それから徐々に触れ合う! 自分の性欲は自分で処理しろ!」


 さっさと追い出そうと背中を押す。

 また子犬のうるうる目を使ってきたから、私は頭をがしっと鷲掴みにして、部屋から押し出した。

 扉も閉めたところで、私は床に敷かれた布団に戻る。


 朝起きると、何故か右にはアナンティ姫がいて、左にはエリオット殿下がいて、私の腕にしがみ付いていた。


 モテモテだな……男装勇者の私。



 

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