♰06 王子貴様もか。



 初めは、魔法を目くらましに使って、クスベェ師匠から一本取った。

 クスベェ師匠は魔法を使わなかったから、これはハンデで勝ったようなもの。

 次はクスベェ師匠の魔法を避けたり防いだりしながら一本取る。

 しかし、それがなかなか難しい。

 ベンチで休憩していたら、シュレイン師匠がキセルを取り出した。


 あの長い棒状……間違いなくキセルだよな?

 タバコ? タバコか!?


「タバコ!!」

「おっと、びっくりしましたぞ。ほっほっほっ」


 びくっと肩を震え上がらせたシュレイン師匠は笑う。


「タバコですよね? それ!」

「ええ、そうですよ。ネコ様もいかがでしょうか?」

「え。でも、勇者がタバコって、いいんですかね」

「何が悪いんでしょうか?」


 イメージダウンしそうなのに、シュレイン師匠がわからないと首を傾げる。


「自分も嗜む程度に吸っていたんですけれど……やはりないと口寂しいですよね。でもこの世界のタバコが口に合うか、正直わからなくて。そもそも自分の世界では大半のタバコは身体に悪いので、イメージダウン的な」

「ああ、昔は健康に悪いタバコが主流でしたが、これは違いますよ」

「どう違うんですか?」


 シュレイン師匠が健康に悪くないというタバコというので俄然興味が湧いてきた。

 シュレイン師匠は水分補給のために飲み物を持ってきてくれた使用人のリーアに、新しいキセルを持ってくるように頼んだ。


「ここには、好みのタバコの茶葉を入れましてね」


 キセルのシルバーな先端に茶葉を詰めると、そのまま口にくわえた。

 それから、すぅっと軽く吸う。


「ふぅー」


 煙を吹いたと思いきや、その煙はいくつかの黄色い花びらとなって落ちる。


 は。

 花びらーっ!!?


「なんですかそれ!?」

「ほっほっほっ。タバコです」

「私の知っているタバコの煙と全然違うのですが!? あっ、甘い香りがする!」


 ファンタジー世界のタバコがファンタジー!!


「火もつけてないし……魔法のキセルですか?」

「ええ、そうです。魔力があれば、誰でもこのタバコが吸えますよ。特殊スキルの幻影を持つ者が作ると出来上がるのですよ。つまり、これは幻影です。発明者は目でも楽しめる害のないタバコを目指したとか」

「花が咲くタバコですか……花咲きタバコ、吸ってみたい!」

「ほっほっほっ! 花咲きタバコですか、ネコ様はいい名付けをしますなぁ」


 シュレイン師匠は、また吸うと煙とともに花びらを吐いた。

 また数枚の黄色い花びらだ。


「花咲きというより、花散りタバコだと思うがな」

「クスベェ師匠は吸うんですか?」

「オレぁタバコはちょっとな……それにそのタバコは甘いものが多いからなぁ」


 会話に加わりにやってきたクスベェ師匠は、苦笑いをする。


 甘いのだめなのか。私は大歓迎だ!

 リーア、早く持ってきてくれないかなぁ。


「シュレイン師匠が今吸っているのは、どんな味ですか?」

「蜂蜜ですよ」

「蜂蜜? あーそんな香りですね」


 改めて、嗅いでみたら蜂蜜の甘みだとわかった。


「他にも、タバコの茶葉には色んな種類がありますよ。薔薇の味や香りがするもの、果物の味や香りがするもの、従来のタバコらしいコクのあるものまで」

「ほうほう。あ、来た」


 使用人のリーアがキセルを持って戻ってきてくれる。

 ついでに、何種類かタバコの茶葉まで持ってきてくれた。


 出来る使用人である! ありがとうございます!


 薔薇の華やかな香りがする茶葉を選べば、リーアは入れてからキセルを持たせてくれた。

 試しに、一回吸ってみる。舌で感じる煙をとりあえず吐いてみれば、甘さが広がった。

 そして煙は赤い花びらとなって、ひらひらと落ちては、空気に溶けるように消える。


「おお!」


 魔法タバコ素晴らしい!!


 華やかな香りが癖になりそう。

 私はまた吸っては、煙と花びらを吐く。

 これは楽しすぎる。


「ふふっ」


 リーアが笑う。


「あ、すみません。勇者様があまりにも可愛らしすぎて……あっ失礼しました! 失言をしてしまいました!」

「ああいや、いいんだよ? 別に……怒ってないから」


 またもや可愛いと言われてしまった。

 同性にまで可愛いと言われては、やはり笑顔を封印すべきだろうか。


 いや、はしゃいだ笑みを自重すればいいのかしら。


 リーアは頬を赤らめたまま、頭を下げたから離れていった。


「ネコ様は人たらしですなぁ」

「いや、全くその通りだな」

「たらし? 自分が?」


 師匠二人が、何か言っている。

 なんのことかわらかないまま、私はまた花咲きタバコを吹かした。


 キセルもタバコの茶葉ももらったので、夜はバルコニーで一服してから、就寝。


 それから数日は、風の魔法で加速した勢いで攻撃をしたり、十名の騎士相手に魔法を行使した戦いをしたり、とにかくハードな戦闘特訓が行われた。

 ある日のこと。


「勇者様!」


 これまた子犬のような笑顔を振りまきながら、ユーリウス殿下が休憩中に駆けこんできた。


「勇者様から陛下に頼んでくださったおかげで、勇者様の初の魔物討伐に参加する許可をいただけました! あとはシュレイン様の許可も必要ですが、これも勇者様のおかげです」

「ああ、それなら、クスベリータ師匠にお礼を言ってください。直接陛下に頼んだのは彼ですから」


 ユーリウス殿下はまた嬉しさのあまりか、私の両手を取ってぶんぶんと振る。


 女嫌いなのに、触っちゃって……。

 知った時はどうなることやら。


「では、今から戦闘特訓に参加しますか?」

「いいんですか!?」

「一緒に戦ってみた方がいいでしょう」

「はい! ぜひ! 足を引っ張らないように頑張ります!!」


 エリオット殿下もたまに会うと駆け寄ってくるけれど、王子達は子犬みたいで可愛いなぁ。

 年下萌えかしら。


「あと、オレに敬語は不要です! 気軽に話してください!」

「でも、王子だから」

「オレ、もっと勇者様と親しくなりたいんです!」

「んー。じゃあ、いいよ」

「はい!」


 懐かれて悪い気はしない。

 年下だし、まぁいいか。


 それからまた数日が経つ。その間、ユーリウス殿下と共闘してみた。宣言通り、足は引っ張らない戦いっぷり。

 クスベェ師匠も、唸るほどだった。

 シュレイン師匠が放つ魔法も、ユーリウス殿下の光の壁で防いでもらえば怖くない。

 結構いいコンビと言える戦いが、出来た。そう周りには、見えたようだ。


「……ふぅー」


 オレンジ味のタバコの煙を吐いて、私は考え込む。


「どうかしましたか? 勇者様」

「んぅー……」


 休憩のベンチで並んで座っているユーリウス殿下に、言うかどうか迷う。


「自分、協調性がないっというか……とりあえず、ユーリウス殿下のフォローをしつつ攻撃をするのは、正直面倒というか」

「オレが邪魔ってことですか!?」


 青ざめるユーリウス殿下。ぶっちゃけすぎた。


「違うんだ、ユーリウス殿下。自分は多分」


 私は告げる。


「無双がしたい」


 キリッ。


「む、そう、ですか?」

「一匹狼が性に合っている気がするだよねー。もう一人で突っ込み、相手を蹂躙したい」

「じゅ、りん……」


 キセルを吸って、橙色の花びらを吐く。


「別にユーリウス殿下が足を引っ張っているわけではなく、単純に私が一人で戦いたいってだけだね。でも現実問題、魔王の軍勢相手に一人で突っ込むのは難しい……つまり、一人で無双出来るほど強くなればいいんだ! よし、目標は高く! 魔物の数十体くらい蹴散らせるほどの魔法や強さを身に着けよう!」


 私は一人解決を見付けて、気分よく頷く。

 ユーリウス殿下は、あっけらかんとした表情で固まっている。


「え? 無理だと思う?」

「……いえ、確かに、このまま成長すれば可能だと思いますが……」


 前を向いたかと思えば、ユーリウス殿下が俯く。


「それでは、オレ達は足手まといですね……」

「……」


 いいじゃん。勇者一人に任せればいいじゃん。

 私としてはそこまで強くなれたら、一人で魔王討伐に出掛けたい。

 そうすれば男装も何もないじゃん。

 帰ったら、実は女でしたーって、ドッキリさせたい。


「ユーリウス殿下。全て俺に任せろ」


 今まで「私」ではなく「自分」と称していたが、ちょっとかっこつけて「俺」を使ってみた。


 あ、俺っ娘だった黒歴史が過る……やっぱりやめとこうかな。


 すぅっとキセルを吸う。


「勇者様……」


 ふぅっと、ユーリウス殿下に向かって、煙を吐いてしまった。

 いやだって、吐くタイミングで呼ばれたから……。


「っ!」

「あ、ごめん! かける気はなかった! 本当ごめん!」


 橙色の花びらが散って消える中、ユーリウス殿下の顔が真っ赤だ。

 耳まで真っ赤になっている。


「この世界でもタバコの煙を他人にかけるなんて無礼だよね! 本当にごめんっ」

「……勇者様、今後人にかけない方がいいですよ」

「うん。本当にごめんよ?」

「いや、違うんです。タバコの煙を相手にかけるのは……その……」


 さらに真っ赤になりながら、ユーリウス殿下は口を開いた。


「夜の誘い……を意味してます」


 夜の誘い。

 一瞬、意味が伝わらなかった。

 夜。お誘い。

 ……そういう意味か!!


「本当ごめん!!!」


 私は全力で謝った。


 王子に向かって、夜のお誘いをしてしまうとは!

 干物女のくせに! 男装している勇者のくせに!

 猫宮理奈は、脳内でスライディング土下座をした!


「いえ……その……っ」


 ちら、ちらっ。

 真っ赤な顔を片手で押さえつつ、ユーリウス殿下は私を見る。


「……勇者様なら、オレは別に……いいです」


 ……???


 爆弾発言で宇宙ネコになった。


「オレ……何年か前に、侍女に襲われたんです。一国の跡継ぎであるオレの子を宿そうと目論んだ犯行です。もちろん未遂ですが。だから、それ以来、女を見ると恐怖が過ってくるんです。それ以前から女性のこびへつらう笑みは嫌気がさしていたのですが……触れられることにすら吐き気がしまして。陛下である父上も、そんなオレのために縁談を断ってくれて……でも跡継ぎだから、いつかは女性とそういう関係にならなくてはいけないとはわかっています」


 え。こわ。

 そんな襲われたって……怖い。

 それは、女嫌いも納得だ。

 侍女に一国の王子が襲われかけたなんて、一部しか知らないだろう。

 シュレイン師匠も事情を知っていたから、すんなり謝ったのかもしれない。

 とてもじゃないが、言える雰囲気じゃなかった。

 さっきの言葉、もう一回言ってくれない? って。

 宇宙ネコな顔はやめて、真摯に聞く姿勢を作る。


「女嫌いだからって、男を好きになることもなく過ごしてきましたが……あなたなら、勇者様なら、オレは!」


 ……宇宙ネコ、再び。


「男は嫌ですか? オレは無理ですか!?」


 いや、イケメン大歓迎だけど、ほら私は干物女だし、年齢的にアウト……。

 ハッ!! 違うわ私! この王子、男だと思っている私と、そういう関係になろうって言ってんだよ!!

 でもどっちにしろアウトだよ!!


「オレは勇者様なら、抱ける自信あります」


 超真剣な眼差しで迫ってくるユーリウス殿下。


 干物女には、その眼差しと言葉は破壊力ありすぎる!!!


 しかし、男装勇者としては、喜べない!!


「それとも、勇者様は抱く側? いや、勇者様は小柄ですし……どっちかって言えば、抱かれる側ですよね? 二人で試してみましょう!」


 お、う、じ、貴様もか。

 貴様も失言をするのか。

 取り返しのつかない失言を、親子ともどもやらかすのか。

 これから世界を救う勇者を、性的な目で見るな。


「だめ、ですか……?」


 だめだろぉおおおっ!!!

 心はそう叫びたがっているのに、子犬のようなうるうるした目で見られては、言えない。

 こいつ自分の顔面の良さをわかっているなぁ……。

 しかし、女嫌いという悩みを打ち明けて、同性と性的関係になろうって言うのは、かなりの勇気が必要だっただろう。

 まだあどけなさが残る少年だ。これ以上、傷つけたくない。


「ユーリウス殿下……あの」


 これ以上失言をさせないように、かつ波風立てず。

 ……どう断ればいいんだ。

 教えて! モテる人!


 そこで、何やら周囲が、ざわめき出していることに気付く。

 護衛のジーンさんやカーズさんが、私の元まで駆け寄る。


「勇者様! ユーリウス殿下! 城内へ、移動してください!」

「なんですか?」

「何かが……城に向かって飛んできているのです!!」


 何かが飛んできている、とは。

 飛行機、なわけないもんなぁ。

 砲弾、とか?

 または、ドラゴンとかか!?

 私は空を見上げて探してみた。

 何も遮るものがない水色の空には、確かに黒っぽい何かが飛んでいる。

 私みたいな重要人物の避難を優先したいらしく、早く城内に入るように促された。

 ユーリウス殿下達と城内のダンスホールまで避難した少しあとに、ドゴンッと衝突した音を耳にする。

 多少揺れたから、城のどこかにぶつかったのだろう。


「……妙な気配がしますね」


 私は、それを察知した。


「これが魔物の気配だ」


 クスベェ師匠が教えてくれる。


「魔物の襲撃、ですか?」

「魔物が城に来るってことは、魔王の差し金に間違いないな。たまに送り込んでくるんだ。今のところ、グラフィアス王国に進撃は出来ないからな」

「……じゃあ、私が討伐していいですか?」

「お前さんが?」


 私は持っている真剣を確認してから歩き出す。


「だって、魔王が送り込んだとは言え、グラフィアス王国の結界を通れる魔物はレベル15以下なんでしょう? 私なら倒せるはず。いい機会ですし、魔物と実戦してみます」

「ちょっと待ってください! 勇者様! クスベリータ様も止めてください!!」


 私の護衛であるカーズさんが、止めるよう促すが。


「いいんじゃないか? 確かに今のネコ様なら、レベル15以下の魔物なんかに負けないだろう」

「止めてくださいって!!」


 クスベェ師匠は、理解がある。

 もう一人の師匠であるシュレイン師匠にも、一応許可をもらおうと顔を向ける。


「腕試しと行きましょうか」


 シュレイン師匠も、乗り気だ。


「で、殿下!」


 ジーンさんが半ば泣きつくのは、一緒に避難したユーリウス殿下だ。


「おともします!!」


 ユーリウス殿下も、護衛の話なんて聞いちゃいない。

 避難したと言うのに、私達はぞろぞろと喧騒がする方へと足を進めた。



 

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