♰05 国王貴様またか。
「あの、勇者様」
「んぅ?」
朝食のパンをもぎゅもぎゅと食べていれば、珍しく使用人が話しかけてきた。
茶髪を結った彼女の名前は、リーアだったはず。
「勇者様もお聴きになりましたか?」
「何?」
敬語は無用と言われたから、咀嚼したパンを飲み込み、スープを口に運びながら問う。
「真夜中の歌姫の歌声です」
「誰?」
「さぁ? 正体はわからないのですが、昨夜庭園の方から風に乗って、素敵な歌声が届いたのですよ」
「ぶほっ!!!」
「勇者様!?」
私は思いっきりスープを飛ばしてしまった。
「ご、ごめ、ん。気管に入った……げほげほっ」
「お水をどうぞ」
「ありがとう。……詳しく聞かせて? 真夜中のう、歌姫について」
ポーカーフェイスだ、私。恥を感じるのは、まだ早い。
「詳しくと言われましても、私も風の魔法で城の中に響かせた歌声しか聴いてません。あ、そう言えば、どこの言葉かわかりませんでした。勇者様は特訓の疲れで就寝してお聴きにはならなかったのですね?」
どこの言葉って、きっと日本語のままの歌じゃん! 変換されてないじゃん!!
つ、ま、り、私の歌を、校内もとい城内放送で流したバカ者がいると!!?
バカヤロー!!
私は、大人しいアイツが歌い出したと思ったらとんでもない美声だった!! って展開になるほどの歌唱力ないぞ!?
カラオケで精密採点すると、80点ぐらいばかり出るぞ!?
聴いてて耳障りってほどでもなくても、歌姫って誰が付けた出てこいやーっ!!
「歌姫って名付けたのは、国王陛下だそうです!」
部屋の扉を開いて、護衛の一人が話題に入った。
こ、く、お、う。貴様またか。
何度失態をするつもりなんだ。
というか、会話聞こえたのか。やっぱり部屋の中で歌わなくてよかった。
そもそも、歌いに行くべきじゃなかったわ……。
「えぇっと……ジーンさん」
「はい、近衛騎士団のジーン・リチュアです」
「こら、護衛に努めろ」
「こっちも近衛騎士団のカーズ・ストライカーです」
「失礼しました、勇者様」
薄茶髪の青年がジーンで、黒髪七三分けの青年がカーズ。
「いいですよ、教えてください」
「はい。陛下のおそばにいた近衛騎士団長から聞いたんですがね、陛下が、こんな美しい歌声の主は誰だ? 歌姫のようだ。と言ったそうです。ちなみに、庭園で夜風に当たっていた最高魔術師シュレイン様が、皆にも聴かせようと風の魔法に乗せて城内に流したそうですよ! 陛下のために庭園を探したそうですが、すでにいなかったらしいです。謎の歌姫」
お、じ、い、ちゃ、ん魔術師! 貴様かぁああっ!!
そうだよね、ちょっと考えればわかるよなぁ!?
他人の歌声を風の魔法で広めるなんて、そんな器用な魔法使える人は最高魔術師くらいだよなぁ!!
もう歌わん。絶対に歌わん。
真夜中の歌姫……うた、ひめ……。
この歳になってまで、私はまた黒歴史を作ってしまった。
男装している時点でも、現在進行形で黒歴史か……。
くっ……! コロッ!!
「ちなみに、謎の歌姫……見つかりそうですか?」
「んー難しいかもしれませんね、名乗り出てくれないと。風の魔法で流してくれたのも、鼻歌みたいな小さな歌声ですから」
「へぇーふーん。自分は寝ちゃったんで聴けなかったなぁーへぇー……。じゃあ、特訓に行きます。ごちそうさまでした」
「「はい」」
今日は誤ってシュレイン師匠に、火炎放射を向けるかもしれない。
まぁ、しないけれども……多分。
「勇者様、昨夜の真夜中の歌姫の歌をお聴きなりましたか?」
開口一番。
私はこのおじいちゃん魔術師の長い髭を毟る想像をして、ポーカーフェイスを貫いた。
「寝てました」
「それは残念でしたね。ユーリウス殿下は、聴きましたか?」
「は?」
その場にいたユーリウス殿下にも、シュレイン師匠は話題を振る。
目上の人に対して、出すべきではない低い声がユーリウス殿下の口から出た。
しかし、謝ったのは、シュレイン師匠の方。
「失念しておりました、申し訳ございません」
「ああ、いえ、こちらこそ……」
ちょっとむすっとした顔を背けるユーリウス殿下。
どういう意味の会話だろう。
私が交互に見ていたら、ユーリウス殿下は仕方なく話し始めた。
「……女嫌いなんです」
女性が嫌い。つまり……?
「ああ、別に性的対象が男ということでもないです。単に大半の女性が嫌いなだけです。触れることも嫌なほど」
なんだ。違うのか。別に残念がってないんだからね。
「だから、歌姫とか興味ないですね。どうせ猫被った甘えた声で、男にすり寄るような女でしょう」
この王子。女性にアプローチされすぎたのだろうか。
王子って立場だとアプローチが多いだろうけれども、やっぱり顔がいいし身長も高くてモデルみたいな体型だし、余計だろうなぁ。
「歌姫のことなんてどうでもいいじゃないですか。ほら、特訓を始めましょう」
ぽん、と肩に手を置かれる。
私を男性と認識しているから、難なく触れるが、女性だとわかったら、どんな反応するのだろう。
「あ、すみません。馴れ馴れしかったですか?」
私が触れられた肩を見つめるから、気を悪くしたと思ったらしい。
ユーリウス殿下は、謝る。
「ああ、別に、構わないですよ」
「そうですか、よかったです。その、勇者様に憧れているんです。戦い方もあっという間に吸収して、能力値も規格外で、魔法の威力もすごくて……。オレも腕を磨いて、勇者様と魔王討伐の旅に行きたいと思っているんです!」
ユーリウス殿下もか。
エリオット殿下と同じこと言っているが、こっちの方が本当について来れそうだ。
光の壁という便利な特殊スキルを持っているもの。戦いの実力の方は、知らないけれど。
てか、一人称がオレになっている。素が出ているということか。
「魔法を交えた戦闘では、お相手出来るよう精進します!」
「自分も負けていられませんね。では、始めましょう」
ビクともしない光の壁に向かって、火魔法を放つ。
もらった助言を元に、特大火炎放射のような火魔法を弱める努力をする。
微妙に強弱をつけられても、なかなか思い通りにコントロールが出来ない。
すると休憩中、ユーリウス殿下から、こんな助言をもらった。
「イメージせずに唱えてみればどうでしょうか? オレはイメージして魔法を使ったことないです」
なんですと!?
イメージせずに魔法を使うものなの!?
イメージって大切じゃないの!?
イメージを具現化するのが魔法では!?
一応作家な私は、イメージこと想像を大切にしてきた。
文章を読むと頭の中で想像を作り上げるタイプである。
試しに火魔法を何も想像することなく、気軽に放ってみれば、今まで一番弱い火を放つことが出来た。
「やった! 思わぬ落とし穴だったけれど……やった! ありがとうございます! ユーリウス殿下!」
私は手放しで喜び、バンザイまでする。
満面の笑みを見たユーリウス殿下は、そっぽを向いた。
「ユーリウス殿下? どうかしましたか?」
「あ、いえ……喜ぶ顔があまりに……」
「顔?」
声量が小さいので、聞き取ろうと歩み寄る。
口元を片手で覆ったユーリウス殿下の顔を見てみれば、仄かに赤くなっていた。
「か、可愛いと思ってしまいました」
「か、可愛い!?」
思わぬ褒め言葉に動揺してしまう。
こんな年下イケメンに可愛いって言われた!
落ち着け、私は大人だ! そして男装している!
それ相応の……って男が可愛いって言われたらどんな反応すればいいんだ!?
「すみません! 勇者様は男なのに……こんなこと言われても嬉しくないですよね!」
「お、おう! その通りだぞ! っです」
やばい、動揺が隠せてない。
「眼鏡を外した勇者様は……結構女性寄りの顔立ちをしているので、無邪気に笑った顔は可愛いです……」
「ほっほっほっ、確かにお美しい顔立ちをなさっております。私めも可愛らしいと思ってしまっていますよ。ユーリウス殿下だけではありません」
それなら、女性判定してくれよ。
私の黒縁眼鏡、どんだけダサかったんだ。
「あははっ、きっと不老不死の身体で、容姿がだいぶ美しくなったせいじゃないですかね」
白銀の髪とか瞳とか睫毛とか白い肌のせいにしておく。
「不老長寿のエルフも、美しいですしね」
ユーリウス殿下が納得したように大きく頷く。
「でも、女性嫌いなのに、可愛いって思うこともあるんですね。ユーリウス殿下」
「そうですね……言い寄ってくる女性も、勇者様ほどただただ無邪気に微笑むような人ならよかったんですけれど」
私の喜んだ笑顔、そんなによかったのか。
ユーリウス殿下に言い寄ってくる女性陣の笑顔を一度見てみたいわ。
ていうか、ユーリウス殿下。
男だと認識している私を可愛いって思ってしまうなら、きっとそっちの気があるのでは?
つまり、私はユーリウス殿下にとって受けなのか……?
私的には、ユーリウス殿下みたいな年下のイケメンは、押し倒し……げふんげふん。
「イメージで強化しすぎたのでしょうかね。水魔法も同じようにやってみましょう」
「はい」
雑談もそこそこに切り上げて、特訓再開。
クスベリータ師匠が来るまで、全ての魔法の加減を覚えられた。
「ほら、グローブだ。これで女っぽい手は隠せるだろう」
「あ、ありがとうございます。クスベリータ師匠」
黒のグローブを渡されて、早速それを嵌めてみる。
結構ゴツいデザインの革のグローブ。確かに、女らしさはなくなる。
「でもやっぱり、眼鏡はかけたままがよかったみたいです」
「どうした?」
「殿下に可愛いって言われました。あ、ユーリウス殿下です。魔法の加減が成功して、思わず手放しで喜んだら」
「まぁ、女性だって知ってから、オレはフツーに可愛いと思っているぞ。……あのユーリウス殿下が可愛いっと言ったのか!?」
「私的には前半の言葉に驚きたいんですけれど」
クスベリータ師匠、女性に可愛いと思っていたなら、指摘してくれないと。
あなたは私の男装に協力するんでしょうが。
しかし、照れるな。干物女だったから、久々の可愛いって褒め言葉は。
「ユーリウス殿下つったら、女嫌いだろう? 確か」
「有名なんですか?」
「ああ、陛下も直々に縁談を断るレベルの女嫌いだ」
大事な跡継ぎの縁談を断る。それって一大事では。
「やっぱり、そっちの気があるのか……?」
「いや、性的な対象は一応女性とは言ってましたよ? まぁ、自覚ないってこともありえるかも……。この世界って同性愛はどうなんですか? 寛容的な方ですか?」
「寛容的とは言い難いなぁ。オレは本人の自由でいいと思うが、それを嫌がる人間が多くいると思う。一国の跡継ぎとなりゃ、大騒ぎになることは間違いないな」
「なるほどねー……」
そんな話をしながら、私とクスベリータ師匠は、剣を叩き合っていた。
木剣だから、こうしてお喋りする余裕もある。
クスベリータ師匠は、あまり自分から動くタイプではない。その場に踏み留まって、向かってくる相手を叩き切るスタイル。
一方の私は、自分から向かっていって切りつけるタイプ。ゴリゴリの近接戦闘を好んでいるとわかった。
なので、クスベリータ師匠と戦う時は、なんとか隙を作るために動き回っては攻撃をしかける。
「ところで、ユーリウス殿下が勇者の魔王の討伐旅に同行したいって言ってたんですけれど、どうなんですか? ユーリウス殿下の強さって」
「そうだな、騎士団と手合わせしてても、負けてはいなかったぞ」
「強いんですか」
「魔物との実戦経験はネコ様と同じでないらしいがな」
「やっぱりクスベリータ師匠はあるんですか?」
「あるに決まってるだろうが」
どんなに素早く攻撃を仕掛けても、クスベリータ師匠は木剣で防ぐ。
やっぱり強いなぁ剣豪。
魔法使って目くらまししてからの攻撃を、仕掛けたいなぁ。
「でもグラフィアス王国には、強い結界が張ってあって、弱い魔物しかいないんですよね?」
「ああ、レベル15以下の魔物しか出入り出来ない結界がある。古の守りの魔法だ。だから若い頃から、旅に出かけて、結界の外で魔物と戦って腕を磨いたわけんだよ」
古の守りの魔法は、グラフィアス王国の初代国王が使ったそうだ。
それから、何百年もこの王国は強い魔物から守られている。
ただ、本気を出した魔王の力では、壊されてしまうのではないか。それを懸念しているらしい。
光の壁という特殊スキルを持っているのは、流石その王家の血筋だけはある。ユーリウス殿下。
「初めての魔物討伐の時。ユーリウス殿下も同行することは可能ですか?」
クスベリータ師匠の頭上を飛んで、後ろから突く。しかし、これも木剣で防がれた。
からの~上段蹴り!
クスベリータ師匠は、仰け反って躱した。
蹴りや拳も使いつつ、剣を振ることにも慣れてきたな。
しかし、なかなか当たらない。
たまに相手してくれる騎士達なら、入るんだけれどなぁー。
「陛下に話を通さないとわからないな。同行させたいのか?」
「ユーリウス殿下の希望ですよ。特殊スキルの光の壁も、役に立ちそうではないですか?」
「そうだなぁ……まぁ、話してはみる」
「お願いします。ところで、クスベリータ師匠」
「なんだ?」
「クスベェ師匠って呼んでいいですか?」
「なんだ、その呼び方は……まぁいいが」
「クスベェ師匠!」
私が笑顔で呼ぶと、豪快に笑い声を上げるクスベェ師匠。
「やっぱり笑った顔可愛いなおい! 笑顔は封印した方がいいんじゃないか?」
「……まじですか」
私は笑顔封印について、しばらく考えることにした。
いや、笑うなって、無理じゃね?
数日して、魔法を兼ね合わせた戦闘訓練を始めることになった。
木剣は卒業して、真剣を再び持つ日が来たのだ。
いや、それは大袈裟か。クスベェ師匠の言いつけで、真剣は毎日百回振っていた。
なので正しくは、真剣を再び振る日が来たのだ。
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