♰04 真夜中の歌姫。



「はぁー……」


 放心状態なクスベリータ師匠と一緒に、隅に設けられたベンチに座って水分補給をする。


「取り乱してすまない。そして、礼を言う。ありがとう」


 膝に手を置いたまま、頭をガッと下げるクスベリータ師匠。


「勝手に呼びだされた上に性別を間違えられてもよく怒らなかったな……オレなら殴っていたぞ」

「まぁ、その上に不老不死の身体になった上に帰れないですからね、怒りは通り越しました」

「各国から代表者が来ている中、大事な勇者様の性別を間違えるなんて、恥どころじゃねぇ……責任取って廃位するかもしれない。それを避けてくれて本当に……なんかすまんな。前途多難は、お前さんの方だ」


 同情の眼差しが注がれた。


 うむ、前途多難です。


「魔王が世界征服するって時に、王様が代わっている場合ではないですもんね」

「まぁ、ニコラス陛下はいい王様だってこともある……後継者の殿下はまだ十六歳、国民の不安を煽るだけだ」

「召喚早々に国王をクビにした勇者なんて嫌ですもんね」

「ああ、本当だな」


 二人して、笑ってしまう。

 いや、笑い事ではないのだが。


「それにしても、この顔と声で男と間違えられるのは、流石にショックでした」

「んーまぁ……こちとら、美男なエルフの妖精さんを見慣れちまってるからな。人間の女つったら、長い髪が命って感じだし、基本ドレス着ているしなぁ……」

「ええ、わかってますよ。私もエルフの王子はどっちだろうとは思いましたが……」


 苦笑を浮かべ合う。


「あと、ぶっちゃけていいか?」

「なんでしょう?」

「その眼鏡がダサい。女はまずかけないと思う」

「グサリときました」


 常備している黒縁眼鏡を、はっきりとダサいと言われてしまった。


「そもそも、眼鏡なんて、あんま使わねーんだよな。視力を回復する魔法ならあるし」

「そうなんですか?」

「ああ、確かシュレイン様が使えたはずだぞ。治してもらえよ」

「いや、このダサ眼鏡で、男装を貫くので遠慮します」

「大丈夫だ。オレも協力してやる。先ずは軟弱の身体を気にしていると進言してやる、それからカバーするような服装を手配してもらい、その手も隠せるような手袋を用意してもらおうか」


 ほっと肩の力を抜く。

 一人でも私の本当の性別を知ってもらえて、協力もしてくれるとなると心強い。


「眼鏡かけていると、気が散るだろう? たまにずれて直してるじゃないか」

「んーそうですけれど……」

「戦いじゃあ邪魔だ。シュレイン様に治してもらえ。ほら、特訓再開するぞ」


 ぽんっと頭を軽く叩いて、クスベリータ師匠は立ち上がった。

 現実問題、戦闘中は邪魔だけれども、眼鏡外しても平気だろうか。心配しつつ、私も立ち上がり、特訓再開。


 部屋に戻ってから、クスベリータ師匠のステータスを聞きそびれたと思い出す。


 午前はシュレイン師匠の魔法特訓。午後はクスベリータ師匠の戦闘特訓。

 魔法をある程度使いこなせるようになってから、両方を兼ね合わせた特訓をするそうだ。

 それから、実戦。野生の魔物相手に、戦えるかどうか。

 魔物も、生き物だ。殺せるかどうかは、私もわからない。


「おはようございます、勇者ネコ様。眼鏡を外してもらえませんか? 視力を回復させる魔法をかけましょう」

「はい。お願いします」

「美しい顔立ちをなさっていますね」

「あはは、ありがとうございます」


 どうせお世辞だろう。と思いつつ、私は眼鏡を外したまま、シュレイン師匠を見る。

 ちょっとだけぼやけている視界の中、やっぱりはっきり見えないのは気持ち悪いと感じた。


「この魔法は、視界を奪う暗闇状態から、回復する魔法でもあります」


 手が翳される。


「”ーー光あれーーブリラレーー”」


 この世界の言葉だろうか。

 いや、魔法の呪文、というべきだろう。

 少し目の前が真っ白な光に包まれた。すぐに消え、シワのある手も退かされる。

 すると、眼鏡をかけた時のように、シュレイン師匠の顔がよく見えた。


「すごいです、よく見えます! ありがとうございます! 私にも使えますかね?」

「はい。スキルの欄に光魔法がありましたから、使えるでしょう」

「魔法は呪文が唱えられれば、使えるのですか?」

「それと適正、スキルの欄にその属性の魔法があった場合ですね」

「なるほど」


 コクコクと頷く。


「他にも特殊スキルと呼ばれるものがあります。稀に生まれ持ってきますが、修行や加護を与えられた効果で獲得も可能です」

「あ、そう言えば……加護のこと教え忘れてました」

「神の加護をお持ちなんですよね」


 加護の話が出たから、言おうと思ったが、知っていると言い出す。


「神エゼ様と会ったと聞き、そうだと思ったのですよ」


 よかった。実は鑑定内容を知っているのかと。焦ったわ。


「神の加護って、つまりはどういう効果をもたらすのですか?」

「加護にもよりますが、恐らく神エゼ様の加護は、見守りなどの効果があると思われます。神様が見守っているのです」

「……なるほど」


 文字通り、見ていたりするのだろうか。神様。

 私が男装勇者を貫いていること、笑っていそう。


「得られる加護はこれから得る予定ですので、説明はこれくらいにしましょう。先ずはネコ様の魔法の威力をこの目で確かめさせてください」

「……はい」


 私は気を引き締めることにした。

 だって、真剣の時のようなことが起きるかもしれない。


「火魔法から、行いましょう。私めが手本を見せますので、やってみてください」


 私の右隣に立ったシュレイン師匠は、前の方へ手を翳した。

 ここは訓練場。人払いをしたから、誰かに当たることはないだろう。


「”ーー火よーーフィアマーー”」


 ボッと目の前に、一メートルほどの火柱が立つ。


「どうぞ、ネコ様」


 さっと火柱が消えると、微笑んでシュレイン師匠は促す。


「”ーー火よーーフィアマーー”」


 同じように、火をイメージして唱えてみた。


 ボォオオッ!


 特大の火炎放射のような火が出て、地面を焦がす。

 スゥッと、火はあっという間に消えた。


「ほっほっほっ、加減を覚える必要がありますな。人に当てていたら消し炭になってます」


 何笑っているの!? 笑い事じゃないよね!?

 レベル5じゃないよね!? あの威力!

 魔法を使えた感動とか、ないんだけど!!


「それでは、続いて水魔法を」

「か、加減をします」

「大丈夫ですよ。全力を出してくださいませ」


 呑気に笑うおじいちゃん魔術師。

 大丈夫の範囲なのか。地面、真っ黒だぞ。


「”ーー水よーーリークアーー”」


 ポッとシュレイン師匠の翳した手の中に、頭ほどのサイズの水の球体が現れる。


 おっ。これなら、大丈夫そう。


 そう油断した私は、水をイメージして発動させた。


「”ーー水よーーリークアーー”」


 バシャアアンッ!


 大きなバケツをひっくり返したかのような水の柱が現れる。

 空を見上げても、バケツはない。もちろん、雨を降らせる雨雲もなかった。

 訓練場は、水浸しとなる。


「ほっほっほっ」


 ほっほっほっ、じゃないから!!


「あの、シュレイン師匠。まさかとは思いますが、魔法のレベルって最高がレベル5ですか?」

「いいえ、最高はレベル10ですが、そこまで極めるのは難しいでしょう。私も得意な火魔法ですら、まだレベル6ですので」

「最高魔術師の得意魔法ですらレベル6!? レベル10なんてほぼ幻級じゃないですか!!」


 いきなりレベル5は強い!! 規格外にもほどがあるよ神様!!

 見てる!? 笑ってたら殴るからね!?


「では続けましょう」

「この水浸しの訓練場が目に入ってないんですか……?」

「次は土魔法です、水は吸収しましょう」


 なんだ。ちゃんと考えているのか。

 レベル1だから、どの程度のものなんだろう。


「”ーー土よーースオローー”」


 土を操るように、持ち上げた。

 シュレイン師匠と比べると、やはり私の方は量が多い。


「”ーー風よーーヴェンドーー”」


 風を生み出す。

 シュレイン師匠と比べると、私は竜巻のようだ。


「”ーー氷よーーヨギアーー”」


 狙いを定めた地面を凍らせる。

 シュレイン師匠と比べると、私は凍らせるというより氷結を出したようなもの。


「”ーー雷よーートォノドーー”」


 小さな電光を走らせる。

 シュレイン師匠と比べると、私は稲妻を出した感じだ。


「”ーー光よーーリラーレーー”」


 閃光。


「”ーー闇よーーヴィーオーー”」


 暗黒。


 っ! 全部規格外じゃん!!!


「私……当分、人に魔法使っちゃいけませんよね」

「頑張りましょう」


 私が落とす肩に、手を置くシュレイン師匠。


「失礼、勇者ネコ様、魔術師シュレイン様」


 第三者の声を聞き、後ろを振り返って見ると、王子がいた。

 この前から懐いた隣国の王子ではなく、ここのグラフィアス王国の王子。

 年齢は十六歳だが、私の身長を軽く超えている170センチはある身長。

 マントをひらりと舞わせて、歩み寄ってきた。


「先程から黙って見物していたことを、お詫びします。しかし、自分ならお役に立てると思い、声をかけさせていただきました」


 ……この王子の名前、なんだっけ。

 もう一回名乗ってくれないかしら。


「ユーリウス殿下。もしや、お身体を張るおつもりですか?」

「はい」


 シュレイン師匠が名前を呼んでくれたから、名前を知れた。


 身体を張るって……まさか、盾を持って、私が加減を覚えるまで、的になるとか!?


「私には、特殊スキル・光の壁があります。今のところ、誰の魔法にも打ち破られたことのない防壁スキルです」


 半分予想が当たっただと!?


「えっと、見ていたと言いましたが……自分の火魔法も大丈夫そうですか?」

「はい、大丈夫でしょう」


 ずいぶんな自信だな。


「私に狙いを定めつつ、加減を覚えてみてはいかがでしょうか?」

「私めがそばで助言します。そうしてみましょう」


 ユーリウス殿下の提案に、シュレイン師匠は乗り気を見せる。


 師匠が言うなら……。


 私は火魔法からコントロールを覚えるために、光の壁を張るユーリウス殿下に、先程覚えたばかりの呪文を唱えて火炎放射な火を放つ。

 自信は過信ではなかったようで、ユーリウス殿下には火の粉すら当たらない。

 光の壁は、完全に遮断して、ユーリウス殿下を守った。

 そばに立つシュレイン師匠に助言を受けつつ、なんとか火力を弱める努力をする。


 これがまた、難しいのなんのって。

 規格外に強くても、不便なことは起きるものね。


 クスベリータ師匠の特訓の時間ギリギリまで粘ったが、その日は加減が出来ないままで終わる。

 黒焦げになった訓練場を見て、クスベリータ師匠に「お前ってやつは……」と呆れたような目を注がれたのだった。


「はぁー……結構疲れた」


 主に魔法特訓の疲れだろう。

 入浴を済ませたホクホクの身体で、着心地のいい部屋着で、ベッドに倒れ込む。


「はぁぁああっ。歌いてぇ……」


 歌が恋しい。スマフォで音楽を毎日聴いていた。

 当然、スマフォはない。好きな音楽もない。

 恋しくて、堪らなくなってしまう。


「歌えないなら、せめてタバコを吸いたい……」


 がばっと起き上がるが、タバコをねだる勇気はない。


 まぁ、タバコとは言っても重度のニコチン依存症ではないし、一日何本か吸っていただけ。

 それも加熱式タバコと、ニコチンが全くない電子タバコだけ。

 煙を吐くことが好きなのだ。子どもだと思われるだろうが、楽しいのだもの。

 あと加熱式タバコの味が、割と気に入っていた。


「この世界のタバコ……絶対ニコチン多そう……」


 偏見だけれど。葉巻とか多分合わないだろうな。

 それにタバコ吸う勇者ってどうなんだ。自重しよう。


「やはり、歌うか」


 歌うしかない。

 カラオケとまではいかないが、覚えている曲を熱唱してやる。

 でもいくら一軒家並みに広い部屋とは言え、防音ではないのだ。聞かれる恐れがある。

 これでも低い声を意識して喋っていたから、歌声で女だとバレる可能性も。

 部屋の前には護衛と使用人が待機している。

 ならば、窓から出て、庭園に行こう。

 こんな夜更けに庭園に人はいないだろうし、きっと歌声は部屋のある塔には届かない。

 早速、バルコニーから、外へ飛び込む。

 着地成功。

 何を歌おうかと考えながら、真っ直ぐ庭園に行く。

 庭園は高校のグラウンドぐらいには広くて、迷路のように垣根が立っていた。


「んー。何から歌おう……」


 カラオケに行ったら先ず、スマフォの中の曲を確認するがそれがない。


 せめて、スマフォ、持ってきたかったなぁ。


 残念に思いつつ、メロディーと歌詞を覚えている曲から歌うことにした。


「米〇さんの推し曲、ピー〇サイン! 歌います!」


 頭の中でイントロを流して、大きく口を開いて歌う。

 意外とすんなり歌えた。恥じらいもなく、楽しく歌う。


 ヒトカラ行きますが、何か?

 そんな勇者になるための歌~!


 次は女性シンガーの曲を歌っていこうか。

 私は芝生の上に座って、その調子で好きな歌をどんどん歌い続けた。

 春前なので、身体が冷えた頃になってから、バルコニーをよじ登って部屋に戻る。

 歌ってすっきりしたので、すやすやと眠りに落ちた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る