♰03 おっと手が滑った。



 一日目は叩き潰されていたが、翌日から対等に戦えるほどの動きが出来た。

 クスベリータ師匠がまだ手加減しているから、対等と言えるのだろう。

 スポーツに関して、身体の動かし方に戸惑ったことはない。

 だから、すんなり戦う動きを吸収出来た。

 それは神様の言った素質と才能だろう。

 元々持ち合わせていたのか、はたまたこれも召喚魔法の影響なのか。

 わからないが、勇者として成長は出来ると期待。

 期待したのは、私自身だけではないようだ。

 私の特訓を見ていた見物客は、確信して安心したように見守っていた。

 ただ、いちいち歓声を上げてくるから、ちょっと気が散る。

 私を召喚した若い魔術師一人が完全回復をしたので、そろそろ魔法を教えようとしたのだが。


「生半端者に任せられるか!! 相手は勇者だぞ!? 死ぬぞ! お前がな!!」


 クスベリータ師匠が全力で脅迫もとい忠告をしたので、やはり最高魔術師である人に任せることになった。

 真剣を本気で振ったら、一メートルも地面を切り裂いたんだから、魔法を使ったらどうなることやら。

 確かに、剣豪と謳われるクスベリータ師匠だからこそ、死ななかった。

 まだ規格外な才能があるかもしれない。ここは最高の魔法の腕を持つ人に任せた方が最適。


 逆に魔法の才能が皆無だったらどうしよう……。

 やっぱり、魔法使いたいじゃん?

 あってほしい、魔法の才能!


「勇者様!」


 クスベリータ師匠との特訓を終えて、部屋に戻ろうとした廊下の途中で呼び止められた。


「えぇっと……」


 呼び止めてきたのは、子ども。十二歳か十三歳くらいの年の少年。

 後ろには、十歳になっているかなっていないかぐらいの少女もいる。

 王子と王女だってことは覚えているが、名前が出てこない。


「隣国のシンティリオ王国の王子エリオット・ルー・シンティリオです。気軽に、エリオットとお呼びください」

「……王女アナンティ・ルー・シンティリオと申します」


 金髪キラキラの髪とお人形のように愛らしい顔立ちが、お揃いの二人。

 しかし、エリオット殿下は笑顔で、アナンティ姫はどこか不機嫌そうに、私を睨み付ける。

 なんだろう。


「……勇者様、申し訳ございません。我が国の魔術師が、勇者様に魔法を教えると出しゃばってしまい……」

「あ、エリオット殿下の国の魔術師さんでしたか」

「はい……各国選りすぐりの魔術師を出して、勇者様の召喚を行いました。しかし、他国と比べたら、彼はまだ若くそして未熟……本当申し訳ないです」

「お兄様……」


 俯くエリオット殿下。えらいなぁ、こんな年でしっかり王子をやっている。

 そんな兄の顔を心配そうに見つめたあと、アナンティ姫は私を再びキッと睨んできた。


 あ、オーラでわかる。

 これ以上お兄様を困らせたら許しませんわ! 的なことが言いたいのね。

 絵に描いたようなブラコン姫か。

 大丈夫だ、ブラコン姫よ。私は空気の読める女。

 現にこの国の王様の失態をなかったことにして男装勇者をやっている。

 まっかせなしゃい!


「わざわざ謝罪をありがとうございます。エリオット殿下。自分は気を悪くしたりしていませんので、お気になさらないでください」


 胸に手を当て、軽く一礼をしてみせる。

 こんな感じでいいだろう。


「自分でもどのくらい魔法を使えるのか、またちゃんと扱えるのかはまだまだわかりませんからね。クスベリータ師匠はああやって忠告したのは少々乱暴だったかもしれませんが、そちらの魔術師さんを思ってのことですから、許してあげてください」

「いえ! クスベリータ様の言うことはもっともです! あの剣豪様が言うのですし……私も勇者様の特訓を拝見しましたから、わかります」


 クスベリータ師匠のフォローを入れると、エリオット殿下はぶんぶんと小顔を振った。

 再び俯いたエリオット殿下は、少し考え込むように沈黙したあと、顔を上げる。


「あの! 勇者様! いえ、ネコ様!!」


 頬を赤らめて、私を改めて呼ぶ。


 ネコ様呼び、定着ー。


「私も、勇者様のように強くなれるでしょうか!?」


 それは無理じゃないかな。

 多分、私は規格外な勇者だからさ。

 知らないの? 私、今日は騎士三人を木剣でまとめて吹っ飛ばしたよ?


 そう思ったけれど、あまりにも純真な目で見上げてくれるから、言えなかった。


 かといって、もちろんですよ! キラキラーな笑顔で無責任な言葉は言えないなぁ。


「正直、自分が強いかどうか、まだわかりませんから、答えることは出来ませんね」

「そ、そんな! 強いですよ! 私もクスベリータ様に教えを求めたのですが、自分が認めた者にしか剣を教えないと断られてしまいまして……」


 そうなのか。王子に向かって、お断りしちゃうクスベリータ師匠すごいわ。

 納得だ。初対面からなんだか気に入らなそうに見てきた理由。

 国王命令で認めてもいない者に剣を教えろと決められてご立腹だったのだろう。

 今では勇者だとも、弟子だとも認められている。

 ふふふ、ちょっと鼻が高くなりそう。


「そんな剣豪のクスベリータ師匠が認めているのです! 誇っていいんですよ!!」


 どうしよう。逆に慰められてしまった。

 大人なのに、少年に、誇れと言われたわ。


「エリオット殿下がそう仰ってくださるなら……ええ、はい、自分は強いと誇ります」


 微笑んで頷く。

 ぱぁああっと花が咲いたように、明るい笑みになるエリオット殿下。


「エリオット殿下は強くなって、どうしたいんですか?」

「もちろん、勇者様と同行して魔王を討ち取るのです! 我が国を守るため、そして世界を守るため!」


 ほほう。


「ですが……私は見ての通り、まだ成人していない子どもです。認めてもらえないでしょう。しかし、勇者様ほど強くなれば、きっとお役に立てると思うのです! いえ、お役に立ちたいのです!」


 よっこらしょっ。

 私はしゃがみ、エリオット殿下と視線の高さを合わせた。


「自分は勇者です。エゼキエの世界を救うために、異世界から召喚された勇者となりました。自分はそれから逃げることは出来ません。世界の命運から逃げるわけにはいけませんからね。世界を救うという使命を背負っています。それではエリオット殿下は、何を背負っておりますか?」

「私、ですか?」

「生まれた時から、シンティリオ王国の跡継ぎという責務を背負っているじゃないですか。今も果たしていて、ここにいるのでしょう? 立派です、自分を誇っていいですよ。自分がまだ成人していない子どもだからと、焦る必要はありません」

「っ……」


 励まされたお返しに励ます。

 覚えている限り、この城に集ったお偉いさんの中で子どもなのは、この子達だけ。

 連れてきた魔術師も、まだ若くて未熟。

 周りに比べてしまい、余計、劣等感が増したのかもしれない。

 頭を撫でてやりたかったが、不敬罪に当たるかもしれないので、やめておく。


「ともに強くなりましょう。自分は勇者として、エリオット殿下は一国の跡継ぎとして。ともに背負うものを果たすために」

「……はいっ。ありがと、ございます!」


 立ち上がれば、涙ぐんだエリオット殿下は強く返事をして、お礼を言った。


 それからというもの。

 見かける度に、エリオット殿下が子犬のように駆けより、挨拶してくるようになった。

 隣国の王子様に、懐かれたようだ。


 召喚から一週間が経ち、ようやく私の魔法の師匠となる最高魔術師が目を覚ましたという。

 彼へ配慮のために一日ほど経過を見て、問題ないとわかったらしく、翌日に私の鑑定の儀式を行うと知らされた。


 鑑定の儀式とは……?

 平たく言えば、私のステータスを見る儀式だという。

 ステータス。能力を数値化して表記したもの。


 その時点で、嫌な予感がしていた。


 また白い学ランみたいな服を着た。どうやら、これが私の正装らしい。

 最近運動というか、かなり激しめの特訓のおかげで余分の肉は落ちて、多少筋肉はついた。

 かえって女性らしいボディーになってしまい、サラシをきつく巻いては、キュッと締まったくびれがバレない動きを心掛ける。

 鑑定の儀式は、この国王を筆頭に各国の代表者が整列した中で行われた。


「初めまして、勇者ネコ様。グラフィアス王国の最高魔術師のシュレイン・フォートガスと申します」


 最高魔術師と名乗るのは、長い白い髭を垂らした老人。

 でも、ちょっと耳が尖っている。


「エルフと人間のハーフです」


 私の疑問を読んだように、シュレイン師匠はそう教えてくれた。


「エルフの魔法の才能を受け継ぎ、人間らしく成長しました」

「そうなんですか」


 エルフの方が魔法の腕がいいのかしら。

 エルフと人間のハーフって、不老長寿とそうでない普通に分かれるのか。

 やっぱり、親からどちらの要素を受け継いだかで分かれるのだろう。


「これからどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、魔法のご指導、どうぞよろしくお願いいたします」


 ぺこっと頭を下げあったところで、シュレイン師匠は「今日は鑑定の儀式を行います」と仕切り直した。

 予めに教えてもらった通り、シュレイン師匠にガラス製の板を差し出される。

 シュレイン師匠が持ったまま、そこに私の手を当てて、鑑定を始めるのだ。

 そうすれば、シュレイン師匠の鑑定という魔法で、私のステータスが映し出される。


「鑑定」


 私が手を置くと、早速シュレイン師匠は唱えた。

 掌に、ふわっと感じる仄かに温かい気配。


 もしかして、これは魔力だろうか。はたまた魔法?


「終わりました。これが勇者ネコ様の能力です」


 早い。

 私はそのガラス製の板を両手で持って、浮かび上がる文字に目を通す。


『人族 猫宮理奈 29 女 勇者 レベル15/99

ステータス

 体力 1313/1313 魔力 600/600

 攻撃力 200 防御力 150

 素早さ 160

 耐性 火・水・土・風・氷・雷

スキル

 火魔法(レベル5) 水魔法(レベル5)

 土魔法(レベル1) 風魔法(レベル1)

 氷魔法(レベル1) 雷魔法(レベル1)

 光魔法(レベル1) 闇魔法(レベル1)

加護

 神の加護』


 なるほどなるほど。

 人族猫宮理奈29歳女ーー……。


「おっと手が滑ったーっ!!」


 私はそう叫びながら、ガラス製の板を床に叩き付けた。

 パキーンと粉々になって砕け散る板を見て、シュレイン師匠始め、各国のお偉いさんがどよめく。


 ふぅ、よかった……ガラス製の板で。

 これで一国の王様が恥をかかずに済んだ……。

 まさかステータスに性別まで載っているとは。

 嫌な予感が的中してしまったわ。


「勇者ネコ様……?」

「すみません、壊してしまって。口頭で教える形でいいですか?」

「あ、構いません。元々鑑定しても、その者の故郷の言葉で表記されますので」


 なっ、なんだってーっ!?

 それを早く言ってよ!!

 日本語で表記されるなら、私高級そうな鑑定板壊さなかったよ!?

 弁償は出来ないからね!!


「ゴホン、では……体力は1313、魔力600。攻撃力200。防御力150。素早さ160。耐性が火・水・土・風・氷・雷と書いてありまして。スキルには、火魔法(レベル5)水魔法(レベル5)土魔法(レベル1)風魔法(レベル1)氷魔法(レベル1)雷魔法(レベル1)光魔法(レベル1)闇魔法(レベル1)とありました」


 覚えやすいステータスだったので、すんなり言えた。

 私が口頭で教えている間、どよめきが増す。

 魔法使ったことないのに、火と水の魔法がレベル5とか、やっぱり神様の言っていた才能なのだろうか。

 そう言えば、神の加護もあったっけ、最後。


「ネコ様、レベルは……現在のレベルと最高レベルはいくつなのでしょうか!?」


 この国の王様が、早く教えてほしいと言わんばかりの勢いで問う。

 最高レベルと言われてちょっと首を傾げてしまったが、勇者の後ろにあったレベルのところを言えばいいのか。


「99……」


 確かにそう書いてあった。それのことだろう。

 この場が、ざわっとする。


「現在のレベルが、15ですね。最高レベルが99」


 そう答えたら、今度は歓声が上がった。


 私のレベルの上限はレベル99。

 普通は違うのだろうか。


「まだレベル15でそのステータス……やはりこの世界を救えるのは、あなただけです!」


 王様感激して言っているけれど、勇者の性別を間違えたという大失態があるぞ。

 私だけは、今後忘れない。


「最高レベル99とは、伸びしろもあります。恐ろしいほど強くなるでしょう。きっと魔王すらも凌駕するに違いありません」


 エルフの王子が微笑みながら告げれば、賛同するように一同は頷き合う。


 はーあ、よかった。

 女だってバレることを回避した上に、皆が納得するステータスだった。


 よかったよかった、と頷いている間に、鑑定の儀式は幕を閉じる。

 余った時間で、クスベリータ師匠と特訓をした。


「休憩するか」

「はい」


 休憩中に、クスベリータ師匠のステータスについて問おうと思ったけれど、先に声をかけられる。


「ネコ様……その、なんだ……」

「?」

「何か気に入らないことでもあるのか?」

「えっ? なんでですか?」


 なんのことだろう。

 目を瞬かせて、私は眼鏡をくいっと上げた。

「……んー」と唸るようにして、面倒そうに頭をガシガシと掻く。


「使用人がほとんど世話をさせてくれないって、ニコラス陛下に報告したんだよ。そんで、ニコラス陛下がオレにそれとなく気に入らないことはないかって訊けって」

「ああー……」


 遠い目になってしまう。

 使用人さん達、気にしていたね。

 王様に告げ口しなくても……直接訊けばいいのに。


「男のくせに食も細いし、入浴も着替えも一切手伝わせてもらえないって……」


 そこでクスベリータ師匠は、言葉を止める。

 宙に向けられた視線は、私の手に移された。


「女みたいな手……」


 ぽそり、と呟く。

 ギクリ、と焦りが走る胸。


「……ステータスをぶっ壊すほど、見られたくないものが書いてあったのか?」


 そして、私と視線を合わせた。


 え。ガサツオーラ全開なのに、鋭いぞ。この人。


「もしや、お前……お……」


 クスベリータ師匠は、最後まで言わない。


「……」

「……」


 沈黙。


「いや!! やっぱりいい!! オレは!! オレは何も聞かなかった!!」

「何も言ってないです!!」

「知りたくない!! 知りたくないぞ、オレはーっ!!!」


 耳を塞ぎ声を上げるクスベリータ師匠に、本当の性別がバレた。



 

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