♰02 特訓開始。
美しい人だ。いや、美しい妖精か。
私はエルフの王国から来たという、国王代理の王子の挨拶を受けた。
名前は長すぎて覚えられなかったし、何よりその美しさに惚けてしまったのだ。
中性的な顔立ちとは、このことを言うのだろうか。
煌めきそうな白金の長い髪に包まれた彫刻のように彫りの深い顔は、欠点が挙げられないほど整っていた。
瞳はオリーブグリーンで、長い睫毛が包むように囲っている。エルフらしい長い耳も、素敵だと思えた。
女性と紹介されたら、きっとそうだと思っていたところだろう。女性的な美しさ。いや、麗しさを持ったエルフの王子だ。
もしや、この世界の女性って、このレベルじゃないと女性だと認識されないのでは……?
なんて過ったが、そうでもないらしい。
この世界の女性は普通、髪を長く伸ばす「髪は女の命!」が強いらしい。
見かけた女性は誰一人としてショートヘアではなかった。ちなみに、私はボブヘアーである。
この短い髪も手伝って、男性だと誤解されたのだろう。
あと、ドレスやスカートじゃないことも、大きな要因だ。
使用人の女性はエプロンドレス、貴族らしき女性は着飾ったドレス。
半ば女を捨てて怠惰に過ごした干物女な自分が悪い、と思うことにする。
この国の王様の紹介の直後、私はこのままではいけないと着替えるように促された。
うん、スウェット姿のままなんて、だめよね。
護衛と使用人に案内された部屋で、私は一人で着替えた。
手伝うと言う使用人の女性陣をなんとか追い払って、用意された服に素早く着替える。
肌触りが恐ろしいほどいい生地の服を着た自分の姿を、大きな鏡で見た。
本当に髪が白銀髪になっている。
染めた感じではなく、むしろ色が抜け落ちたようなそんな白銀髪。
でも、不思議とつやつやしている。触っていて、気持ちいい。
眼鏡を外していたから、瞳も確認出来た。
あんなに黒かった瞳が、こっちも白銀色になっている。
かろうじて、縁は黒いが、なんだかガラスみたいな瞳になった。
部屋の中には、様々なサイズの服が用意されていたけれど、どれも白い学ランのような服だ。
滑りそうなほどの肌触りがするワイシャツを着た上に、その学ランのような上着を羽織る。
胸が……出ている。
僅かに膨れた胸元で女性だとバレると思った私は、ドレッサーのところにあった鋏を使って、サイズの合わないシャツを一枚切り裂いて、サラシとして巻いた。
巨乳じゃなくてよかった……締め付けた胸、苦しいわ。
もう一度、ワイシャツと白い学ランを着た。
胸元の膨らみが気にならなくなったから、これでよし。
ズボンはサイズ大きめのものを穿いたし、革靴はサイズぴったりのものを履いて、オッケー。
黒縁眼鏡をかけると、なんか秀才みたいだわ。
それにしても、どんな勇者が来るかわからないからって、様々なサイズをずらりと並べるとは……。
金かけているなぁ……流石、世界の命運を背負わせるだけある。
着替えを終えた私は、冒頭で挨拶を受けた。
魔王軍の進撃を防いでいる最中なので、各国の王様が直々に来ることは出来なかったため、代理で来たことを申し訳ないと謝罪されたけれど。
それより、顔面がキラキラすぎて、会話の内容が入ってこないなぁ……。
「それで、ネコ様。故郷でのご職業はなんですか?」
「あ、作家です」
「文才が、おありなんですね。ぜひ、落ち着いて頃に読ませていただきたいです」
文才と呼べるほど、大した作家ではないと思うが、そう期待してもらえるのは照れくさい。
てか、ネコ様が定着してしまった……にゃーん……。
「長話をしてしまいましたね。顔だけでも、覚えておいてください。では失礼いたします」
「ああ、はい。また」
顔は覚えたけれど、名前が頭の中に入ってないんだが……。
その後も、各国のお偉いさんの挨拶を受けたが、一度では覚えられないでしょうと気遣われたので、お言葉に甘えることにした。
人の顔と名前を覚えるのは、苦手なんだ。引きこもりには、難度高い。
続いて、私に戦いを教えてくれる人を、紹介してもらう。
流石に召喚して早々放り出すことはなく、それ相応の特訓を受けてから、旅に出されるらしい。
魔法の方は、私の召喚で、まだ意識が覚めていないとのことで、後日。
戦いを教えてくれるのは、グラフィアス王国一の剣豪と呼ばれている大男。
名をクスベリータ・オニーオン。
ブラウンの鎧を纏っているせいか、余計大男に思えた。
私の身長は159センチしかないから、見上げる形になる。
黒の短髪で強面。
私の師匠となるであろう彼は、私を吟味するような目で見下ろしてきた。
これから世界を救うために鍛えるんだもんなぁ、吟味もしたくなるだろう。
どうせなら自分みたいにガタイのいい勇者がよかった、とか思っていたりして。
「神様が言うには、素質と才能はあるそうです。よろしくお願いします」
にへらと笑って握手を求める。
「……女みたいな手、だな」
握手をすると、ぽつりと漏らした。
ギクリーッ!!
ちょっと肉付きのいい手! 隠さないとだな!
「よく言われます」
「それに剣なんて持ったことのないような手だな……はぁ、前途多難だ」
それ私さっき言ったーっ!!
どうやらクスベリータ師匠は、勇者である私を特別敬う気はないみたいだ。
多分、元々がそういう質なのかもしれない。ガサツなオーラが、ムンムンだ。
「この剣」
「おっと!」
「今日から百回振れ。明日、手合わせしてどれほど動けるかを見て、オレの戦う術を叩き込むからな」
急に投げ渡された剣を、反射的に受け取る。
鞘に入っているとはいえ、投げ渡さないでほしいなぁ……結構重いわ。
鞘から抜いてみれば、銀の輝きがあった……真剣じゃん。重いわけだ。
これをいきなり百回振れって、引きこもりには、つらっ!
一応、運動は難なくこなしてきたし、どちらかと言えば得意だが、引きこもる前だったしなぁ……。
クスベリータ師匠は、用は済んだと言わんばかりに、スタスタと離れていってしまった。
……本当、前途多難だ。
一通り挨拶を済んだそうで、私は与えられた部屋で、早速剣を振ることにした。
軽く一軒家の一階に相当する部屋が広すぎるので、剣を振っても何かを壊すことはないだろう。
……明日、筋肉痛確定だな。いや二日後とかに来たりして。
剣なんて振ったことないと思いつつ、剣道の見よう見まねをすることにした。
一歩踏み出すと同時に剣を振り下ろす。足を元の位置に戻して、振り上げる。
こんな感じで、百回。
流石に、腕が痺れるような疲れを覚えて、ベッドにダイブした。
ふっかふかのベッド。気持ちいいが、腕痛い。
そのまま休んでしまいたかったが、私のお世話係となった使用人達が、夕食を持ってきた。
腕が痛くて、食べにくい。それに、食欲もあまりなかった。
いっぱい食べろと言わんばかりの豪勢な食事は、見ているだけで胸やけがしてしまう。
食べることは好きだけれど、今日のところは遠慮させてもらった。
使用人達は口に合わないのかと心配してくれたが、単に疲れが出たと答えておく。
ならば、入浴をしてからマッサージをしましょうと提案された。
しかし、性別がバレるので、それは全力で断っておく。
せめて着替えを手伝う、と言われたが、それも「自分の世界では、お世話は不要でした!」と説明をしてお断り。
部屋から出ていってもらったあとに、素早く着替えた。
念のため、サラシを巻いたまま、腕をでろーんと広げたまま眠りにつく。
翌朝、特に疲れもなく目覚めることが出来た。
明日か、明日筋肉痛が来るパターンか。
にぎにぎと手を握り締めながら、ある可能性に気付く。
不老不死の身体だから、ちょっと丈夫になったのでは?
「そもそも、不老不死って……どうなんだろう」
腕をくるくる回しては伸ばしながら、ぼやいてみる。
例えば、心臓をとったりしても、私は死なないってこと?
どう死なないんだろうか……自己再生とかしちゃうのしら?
試したくはないなぁ……痛いの嫌だもん。
持ってきてもらった朝食を済ませたあとは、控えめに「お着替えは……?」と確認してきたので、お世話は大丈夫と伝えておく。
着替えを置いて出ていってくれたので、素早く脱いではそれを着た。
あれ、サイズがいい感じ。
昨日選んだサイズが私のサイズだと理解して、同じサイズのものを揃えてくれたのだろう。
サラシにしたシャツは、どうしたと思われているのだろうか……。
まぁいいっか。
首元を隠す立った襟の服。大きめのズボン。そして、やけに重たそうなブーツ。
これはぁ……あれか、ズボンをインしてみるタイプのブーツだな。
なんとか着替え終えた私は、部屋の外で待機してくれた使用人に連れられて、城の外まで出た。
城の外と言っても、城壁の内側。
そこが稽古場らしく広い空間になっている。
隅に見たことある人達は、見物客だろうか。
中央には、ブラウンの鎧を纏ったクスベリータ師匠が立っていた。
「そこに鎧があるから、好きなの選んで着ろ。早くしろ」
挨拶もなしに、クスベリータ師匠は急かす。
確かに、顎でさされた先には、鎧が昨日の服のように陳列されていた。
鎧って言われても、重いものは困る。
私は小柄だから、身軽の方がいいだろう。
そう思って、胸当ての鎧だけを着てみた。
流石に付け方を知らないので、ついてきてくれた使用人につけてもらう。
「ほう、身軽なものを選んだな。妥当な判断だ。今のお前さんでは、動きにくくなるだけだろう。戦い方もスピード重視した方がいいかもしれん」
褒められたが、ぶっきらぼうな口調だ。
私がどこまで動けるか、が問題なのだろう。
「ちゃんと百回振ったんだろうな?」
「はい」
「感想は?」
「重いですね」
「それが剣だ。さぁ、切りかかってこい。話はそれからだ」
「わかりました」
持ってきた剣を抜いて、鞘を適当に放った。
相手は剣豪。それに私はずぶの素人。
間違っても、相手を傷付けることはないだろう。
すぅーっと息を吸い上げて、挑む。
地面を蹴って、飛ぶように距離を詰める。
クスベリータ師匠の胸の鎧目掛けて、振り下ろす。
ズバッ!!!
間一髪、かわしたクスベリータ師匠。
私は思いっきり、全力で振り下ろした剣で、地面を切った。
その切れ味が、尋常ではなかったものだから、私もクスベリータ師匠も驚愕。
まるでアニメの中の剣士がスパッと斬撃を飛ばしたかのように、大袈裟に切れている。
一メートルくらいは、地面がぱっくりと割れていた。
「な、なんだこりゃぁあああっ!!!」
クスベリータ師匠の驚き様に、私の実力は規格外だと知る。
よかった……師匠が避けてくれなかったら、私は人殺しになっていたわ……。
「提案なんですけど、木剣から始めませんか? 師匠」
「当たり前だ!! オレを殺す気かよ!?」
「ええーっ」
怒鳴られた。
ズカズカと乱暴な足取りで、ざわざわしている見物客とは真逆の隅っこへ向かう。
飾るように並べてあった木剣を二本取ると、私に一本を投げ渡す。
「勇者なんて、無作為に選ばれた多少頑丈な身体の人間かと思ったんだがな」
真剣は、ひょいっと鞘の方へ放った。
ぶつぶつと言いながら、クスベリータ師匠は私の前まで戻ってくる。
来い、と頷きを見せるから、再び挑んでみた。
似たような重みがするが、これは刃のない木製の剣。
鎧に叩き付けても、大丈夫。のはず。
さっきのように、地面を蹴って飛び込む。そもそもこのスピードが、今まで感じたことのない勢いだと知る。
そのまま、私は胸を狙って木剣を叩き込もうとした。
しかし、クスベリータ師匠の木剣が防いだ。
グッと交じり合ったままになるが、やがて私の方が押される。
剣豪と呼ばれるだけある!
私なら、あんな斬撃を放つ剣を受け止めようとはしない!
さらには、押し退けるとは!
「っ!!」
木剣を持つ腕を上にまで押し退けられた私は後ろに倒れかけて、なんとか右足を後ろに移動させて踏み留まる。
押された分、勢いをつけて、再び木剣を振り下ろそうとした。
だが、先に顔を目掛けてスイングしてきたから、私は咄嗟の判断で膝をつくようにしゃがんだ。
すぐに、私の目の前に、膝が迫る。
木剣を盾にして防ぐが、踏み留まれず、一緒に吹き飛ばされた。
腕が痺れるが、なんとか両足で着地。
「それだけじゃないようだな。面白い」
次の攻撃に構えて、仁王立ちする私を見て、極めて面白そうに歪んだ笑みを浮かばせるクスベリータ師匠。
なんだか、彼の中の何かに火をつけてしまったようだ。
「オレから学べることは全て学べよ! 全部叩き込んでやる! 勇者様よ!」
その火は私の中にも飛び火したみたいで、俄然燃えてきた。
「改めて、よろしくお願いします。師匠」
私も、ニヤリと笑みで応える。
こうして、本格的に私の特訓が始まった。
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