男装勇者は一人で無双したい! ~勇者として召喚された干物女ですが、男と間違えられたので自棄で男装を貫いたら男女ともにメロメロらしいです。~

三月べに

♰01 神様と異世界召喚。



 白い空間の中に用意されている純白のテーブルの上には、二人分のティーカップと高級感溢れるチェス盤が置かれている。

 椅子に腰かけていた私は、白い駒と白銀の駒のチェス盤を見つめたあと、目の前の椅子に座っている純白の髪の少年に目を向ける。


「チェスは出来るかい? 猫宮理奈ちゃん」


 少年は問う。


「出来ない……」


 そう答えながら、私はオレンジの香りがするティーカップに目を移す。


「飲んでも?」

「どうぞ」


 少年の許可を得て、私はティーカップを持って、一口飲んだ。

 飲むにはちょうどいい温かさのそれは、オレンジティー。オレンジの香りがして、それから蜂蜜の甘さが広がる。

 私の好みの紅茶だ。

 夢ではないことを確信した私は、ティーカップを置いて確認することにした。


「私は死んだの?」

「違うよ」


 少年は、否定する。

 ちょっと覚悟していたので、拍子抜けだ。


「じゃあ、ここはどこ?」


 死後に来るような場所かと思った。


「そうだね、格好つけるなら……神の領域ってところだろう」

「……あなた、神様?」

「そう、僕は神様」


 この白い空間は、神の領域であり、少年は神様。

 とりあえず、その情報を呑み込むことにした。


「これから猫宮理奈ちゃんは、異世界へ勇者として召喚されるんだ」

「拒否権はあるの?」

「残念ながらないんだなぁーごめんね?」


 少年は笑いながら、ティーカップを持って啜る。


「……私、見ての通り、三十路間近の女なんですけれど」

「僕にとったら可愛い女の子だよ」

「神様にとったら、そうでしょう」


 見ての通り、と言いながら、私は自分の姿を見下ろした。

 いつもの部屋着のままだ。ぼかっとした大きめなサイズで着やすい青のスウェット。

 それに、私は引きこもり生活で、ろくに顔の手入れをしていない。

 眉とか整えてないけれど、黒縁眼鏡で誤魔化している。

 干物女というやつだ。

 顔立ちは悪くないのに、お独り様人生まっしぐら。かろうじて作家という仕事をしている。

 神様にとったら、どんな年齢の人間も、子どもに思えるのかもしれない。


「勇者って、普通男の子を召喚するのでは?」

「大丈夫。君には素質も才能もあるよ」

「……はあ、神様が言うなら……」


 神様が嘘をつくとは思えないから、自分には勇者の素質や才能があると思うことにしよう。


「それから、異世界転移の魔法のせいで、不老不死になるよ!」

「はぁ!?」


 とっても明るく言ったが、とんでもない事実に、私は思わずそう声を出してしまった。


「ふ、不老不死!? な、なんでっ!?」

「異世界転移っていうのはね、命がいくつあっても足りないくらい危険なものなんだよ。猫宮理奈ちゃんのいた地球から、今から行く世界まで無事到着するために、不老不死となるんだ。意図せず作り出した最高の副作用って呼ばれているよ」


 開いた口が塞がらない。

 少し間を空けてから、私は質問する。


「口振りからして……えっと、神様の意向で勇者として選び異世界へ召喚するわけではないの?」


 神様が厳選して私を勇者として選び、そして異世界へ召喚する。

 初めはそう思ったが、違うと感じてきた。


「うん、違うよ。ここは異世界エゼキエに行くために一度通るべき場所なんだ。だから、こうして、もてなして説明をしてあげようと思ったわけ」

「……つまり、異世界のエゼキエ? の人間が、勝手に私を召喚している最中ってこと?」

「そういうこと」


 神様は一つ頷くと、またティーカップを持って啜る。


「ああ、怒らないであげて。彼らも必死なんだ。新しい魔王がエゼキエの世界を征服しようと進撃をしていて、危機的な状況に直面しているからね。藁にも縋る思いで一か八かの博打的な勇者召喚の魔法を行使したんだ。前回は失敗して、自力で魔王を倒したけれど。元々使う側も、命を落としかねないリスキーな魔法だからね」

「やはり、魔王討伐が勇者召喚の目的か……」


 私もティーカップを持って、オレンジティーを飲んだ。


「ずばり、帰れる?」

「ずばり、帰れない」


 何がずばり、だろう。

 拒否権なしの一方通行。横暴だ。

 神様曰く勇者としての素質と才能がある。

 そうは言われても、私は引きこもり作家な干物女。

 魔王討伐して、世界を救えるのだろうか。

 不老不死になるなら、出来そうではあるが……。

 ……そうだな。ちょうどいいのかもしれない。

 どうせなら異世界転生して、新しい人生を歩むことを夢に描いて、小説にも書いていたが。

 魔王討伐のあとにでも、スローライフを送ればいいか。


「決心はついたかい?」

「……ええ、まぁ、一応」

「よし、じゃあ、いってらっしゃい。次はチェスをやろうね」

「次があるの? だから私は出来ないって……」

「僕は神様だ。神の領域に呼び出すことは可能だよ。チェスのやり方は教えてあげる」


 チェスか。駒を操作して勝負するやつだろう。

 ちょっとやだなぁ、と思っていれば、光りで視界が眩んだ。


「またね、猫宮理奈ちゃん」


 純白の少年は、笑顔で手を振った。


 白い光で、何もかも見えなくなるから、目を瞑る。


 変わらず、白い光りを感じた。


 一瞬、無音になる。それから、軽く耳鳴りがして、音が聞こえてきた。


 目を開けば、まだ白い。しかし、徐々に視界が晴れる。


 ひっ! 人が倒れてる!?


 私を囲むようにして、十人以上の人が倒れていた。

 きっと神様の言っていた命を落としかねない勇者召喚の魔法を行使して倒れているのだろう。


 い、生きているよね……?


 心配したが、どうやら生きているらしく、用意された担架で次々と運ばれていく。

「息はある!」という言葉を聞き取れて安堵。

 ちゃんと言葉がわかる。テンプレなオプションか。

 倒れた人々があっという間に運ばれると、王冠を被った白髪のイケているおじいさんが目の前で傅いた。


「我が名は、ニコラス・ルーシス・グラフィア。グラフィアス王国の現国王です」


 お、おう。いきなり国王様のお出ましか。

 まぁ、勝手に呼び出したんだ。当然の対応だとは思う。


「誠に勝手ではございますが、この世界エゼキエの危機。我々は、世界を救える方を召喚しました。世界征服を目論む魔王の進撃を止めることの出来るあなたこそ、我々が救いを求めた勇者です。どうか、この世界を救ってください」

「神様から聞きました」

「神エゼ様と会ったのですか!?」


 異世界転移の途中で会うって、知らなかったのか。

 神様、エゼって名前だったのね。尋ねなかったのは失礼だったかしら。


「神エゼ様はなんと仰っておりましたか?」

「勇者として召喚されること、魔王の討伐、そして不老不死化……召喚も命懸けだと聞きました。それと帰れないということも」


 黒縁眼鏡をくいっと上げたあと、私は自分の髪が白銀になっていることに気付き、ギョッとする。

 黒髪のボブヘアーが、白銀のボブヘアーに!

 これも副作用か……? あ、肌も白よりの色白!


「はい、その通りです。勝手に呼び、その上に元の世界に帰せないことを、深くお詫び申し上げます。身勝手だとは承知です、どうかこの世界を救っていただけませんか? 世界を救っていただいた見返りは、我々が差し出せるものがあればなんでも差し上げます」


 言ったな? 言質は取ったからね、王様。


「わかりました。その言葉、忘れないでください」

「では!」


 希望に満ちたイケおじ王様の顔が上がる。


「ええ、自分の力の限りを尽くして、この世界エゼキエを救いましょう」


 神様のお墨付きの素質や才能と、不老不死の身体で、救おう。

 ここは努力します、と曖昧なことを言いたかったが、気が大きくなり言ってしまった。

 こちらも言質取られたかな。


「おお! その言葉だけで、我が心が救われた気がします。ありがとう、本当にありがとうございます」


 やっと立ち上がったイケおじ王様は、私の隣に立つと肩を抱き寄せてきた。

 そこで違和感を覚える。

 王様とはいえ、馴れ馴れしくないか。一応、私女……。


「皆、この青年……いや、勇者様が我々の世界を救うと言ってくださったぞ!!」


 え、ちょ、まっ。


 はぁああーっ!!?


 今青年って言ったか!? 言ったよな!? 間違いなく青年って言った!!


 王様とは言え、殴るぞ!? 右ストレートでぶっ飛ばしていいか!?


 固唾を飲んで見守っていたであろう家臣らしき人々が歓声を上げる中、私は殺気立った。


 神様と会っても自惚れるくらい冷静沈着でいられたのに、まさか!!

 いくらなんでも、男と間違う!?

 周りも気付いてない!?

 そりゃぼかっとしたスウェットのせいで、胸が出ているかどうかもわからないだろうけれども!

 こう見えても、目鼻立ちがはっきりしていて、小さい頃から可愛い可愛い言われてきた!

 だからこそ、怠惰にすっぴんで過ごしていたけれども!

 そりゃ眉を整えてないし、黒縁眼鏡で顔面を誤魔化している干物女だけれど!

 性別を間違えられるって、ありえるのかーっ!?


「これは失礼した、勇者様。お名前をお聞かせください」


 全然気付いていない王様が、爽やかな笑顔で問う。


「ね、ねこ……」


 私は怒りのあまり、それしか口に出せなかった。


「ネコ? ネコ様ですか?」


 ネコ様ってなんだよ。にゃーかよ。

 小学生でさえ、そんなあだ名で呼ばないぞ。


 私は右ストレートを出したい気持ちを、グッと堪えた。

 そして、私の殺意は通り越してしまい、呆れてしまう。


 一国の王様が、世界を救うべく召喚した勇者の性別を間違えたって、やばいだろうなぁ。

 最悪、王様やめるなんて言われたら、怖いわ。

 いきなり勇者が王様をやめさせるなんて、幸先悪いわ。

 くっ……こうなったら自棄だ!!

 私は男装する!!!

 どうせこの世界では? 私は女だと認識されないみたいだし? もうヤケクソだわ!!


 前途多難だ!!!




 

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