1-9. そして呆然とする
試合後しばらくして。
コバック・ロウが第二競技場選手控室のドアをノックする。
「入っていいか?」
「どうぞ。開いてるわよ」
返事を待って入室する。
控室の中には、備え付けのシャワールームで汗を流したミカレント・シミュー・ルイノーフがベンチに座っていた。
火照った身体を冷ますため、海路の国ルイノーフの第三王女は運動着に着替えて髪をアップでまとめていた。
汗を流して着替えたのはロウも同じだ。
今は当世具足を外し訓練着に袖を通している。
「まずは試合の結果、残念だったな。
エーンソフィが相手だと、ああいった不条理がままあるから気をつけようぜ」
「まったく、この国の魔法騎士は普通に
「オレは自分の能力で試合に勝てるよう苦労した結果、こうなっただけだ。
面白さ優先で魔法を使う雪ん子と一緒にしないでくれ」
苦面のロウの後ろから、軽い感じでランザが入ってくる。
「今度こそはじめまして、王女さま。
俺ちゃんはランザ。ランザ・モズタホトロン。
ロウと同じく
よろしくぅ」
続いて中性的な美少年フリエジオも入室し扉を閉めた。
「こんにちは、ミカレント姫。
フリエジオ・カンポルトケナといいます。
ボクも同じ
並んだ三人に、ミカレントは怪訝な顔をする。
「どうしたのよ、いきなり学生騎士団の面子を揃えて。
いまさら断った入団を撤回するとか言い出さないでしょうね」
「その話だったら、どんなに良かったか……。
オレが瑞穂とラノベの
「それがどうしたのよ」
「そのラノベの1/4に当たる祖母は、現王の姉君になる。
血統的にオレはラナノベーシ連邦王国の潜在的な公爵にあたる」
は?
唐突な言葉にミカレントは混乱した。
ランザが横から解説する。
「とは言っても、いきなり今日から公爵しますってわけにはいかない。
貴族の制度はかなーり厳しい条件があるからさ。
ロウは新領地取得の功績で下駄が履けるから、貴族をするなら子爵位になるだろうな」
ロウは深いため息を吐く。
「その新領地も大絶賛領土問題を抱えているからなぁ……。
オレの存在が公式に出ることなんて、まずないだろう」
御用商家出身のフリエジオが笑う。
「いきなり地球の裏側にある土地を取得してもねぇ。
固有の特産品がたくさんあるからボクの家としては嬉しいけど」
ラノベ王国の爵位は上から順に公・候・伯・子・男の並びだ。
この内、子爵以上は自らが統治する方領を持つことが最低条件になっている。
更に侯爵以上は王族との類縁が要求される。
公爵ともなれば一桁の王位継承権を持つこともある。
ロウから見て現王は大叔父の間柄になり、血縁としては
ミカレントも大枠は理解できた。
ルイノーフ公国も、大本は旧帝国時代の公爵筋が源流だ。
帝国解体戦争の折に物流と兵站上重要度の高い港を守りきり、独立したことに端を発する。
王家の傍流が政治的な理由で隠れているというのは、考えられない話ではない。
ランザが前に出ようとする。
「それにどうする。
俺ちゃんが言おうか?」
「いや、一応オレからランザに使いを頼んだからな。
オレが伝えるよ」
コバック・ロウ潜在公爵は友人を制して、ミカレントを見る。
すると、三人は申し合わせてように懐から手帳を取り出して表紙裏を見せた。
そこには金属製のプレートが一枚あった。
猫の顔と音符で肉球の足跡が象られている。
古くから続く
この程度は珍しいことではない。
そのままロウが
「〔アクセス〕」
ランザとフリエジオも同じ呪文を唱えた。
魔力を通された騎士彰の模様が動き、猫の足音以外にも5つの模様を描く。
ミカレントは目を見張った。
プレートが魔法感応金属のミスリル製だったからだ。
只の学生騎士彰に、世界的にも希少な魔法金属が使われている。
そんな馬鹿な!
プレートに刻まれた合計6つの図形はぐるぐると混ざり合い、最後に鎖が巻き付き剣に貫かれた隻眼の大狼に変わった。
ロウが
「改めてご挨拶申し上げます。
ルイノーフ公国第三王女ミカレント・シミュー・ルイノーフ殿下。
わたくしは、旧帝室直轄秘密情報統制局
ランザ・スギエゴル・モズタホトロンが王族議会の決議を確認しました。
秘匿情報の一つを我らの権限で解禁いたします。
それを踏まえて、お耳に入れたいことが御座います」
王室に
つまりこれは、ラナノベーシ連邦王国からルイノーフ第三王女に宛てた非公式な通達なのだ。
三人が見せる
「新王宮で管理されていた
……言葉が出ない。
「“ポータル”の修繕復旧は技術的に不可能です。
契約通り
心中、お察し致します……」
呆然と。
望みを失ったミカレントは、ただただ呆然とするしかなかった。
第1話
炎と氷と
了
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