1-8. 戦場は氷の迷宮

『エーンソフィ選手の第九階梯魔法が発動し、氷の迷路が競技場を埋め尽くしました。

 完全にミカレント選手とロウ選手の連携が絶たれた状態です。

 これで趨勢すうせいは決したでしょうか?』


 学園放送ブロードキャスト騎士団ナイツのボリルノ・バデラーゴが淡々と実況する。


『この魔法が初見で状況把握が遅れているミカレント姫はともかく、ロウ選手が何も対抗手段を持っていないとは思えません。

 次の一手こそが戦況を決めるでしょう』


 きりっと引き締まった面持おももちで学園長ハヌトベウィ・カルブラー・トジェジセ子爵が解説する。



 ロウは素早くサイドステップを刻み、片手を氷壁に付ける。


「第二階梯〔シェード〕〔ガムウォール〕」


 流体抵抗の薄膜を壁に貼り付け、長柄武器ハールーンを地面に突き刺す。

 そのまま抵抗を増した薄暗い壁に足先をかけ、武器を支えにさささっとウォールクライム。


 あっという間の離脱にダドリーが驚く。


「今さっき、こちらの決着が先だと言ったではないですか!?」


「戦闘中に相手が言うことを真に受けるなよ。

 弱っている方を狙うのは当然の法則だろ。

 その純粋さに涙が出るぜ」


 完璧な悪役面でロウが笑う。


「ミカレントも柱の上に来い。

 氷の妖精フラウを挟み撃ちにするぞ!」


 ミカレントは一瞬迷ったが、登ることを選んだ。

 術者をロウが牽制してくれている今がチャンスだ。


「第三階梯〔ジェット〕」


 柱の上も下と同じで迷路状態だが、視線が通る分魔法の打ち合いが出来る。

 懸念したエーンソフィからの攻撃はなく、氷柱の上に立つことができた。


 ぱっとみて、ミカレントからエーンソフィの元へ続く道はない。


 しかしロウ側にはエーンソフィに向けての架け橋がある。


 黒髪騎士が目標に接近して武器を振るおうとした時、


「御二方は〔シュート〕ですわ」


 エーンソフィが追加詠唱アドワードしたのは、ミカレントとロウが乗る氷柱を押し下げる呪文だった。


「くそっ。ここで新技かよ」


 屈んで氷柱から転げ落ちるのを堪えたロウが悪態をつく。


 一方でミカレントはジャンプして別の柱に飛び移っていた。


「なんか試合が別の競技になってない!?」


「戦術級魔法ってのは、そういうルールを追加するレベルのものだからな。

 とりあえずミカレントはできるだけ上にいてくれ。

 完全に頭を抑えられるのを避けるんだ」


 迷路を自由に組み替えられる相手に、立地でも上を取られるのはまずい。


「言われなくても、そうするわ」


 ミカレントは、何故か嬉しそうに小躍りするエーンソフィを睨めつける。


「昨日から連戦しているとなると、ロウの魔力はそろそろ尽きますよねー。

 期待の新人相手に、武装だけでどこまでやりあえるでしょうか。

 〔ホップ〕アンド〔シュート〕ですわ~」


 エーンソフィの魔法で氷柱が上下し、ロウとダドリーの間を一直線に結ぶ。


 接敵にずんずんと金属鎧の巨体を進めるダドリー。


「さあ、今度こそ決着をつけましょう。

 第三階梯の攻性魔法〔ブラスト〕!」


 狭い通路で放たれた攻性魔法を避けるすべはなく、ロウは直撃に甘んじるしかない。

 これでロウのライフゲージが一番短くなった。


 炎の姫は次の戦局を考える。

 こうなっては前衛後衛の区別もない。

 狙うべき迷宮の主は氷柱の操作に注力していて、自分の守りも厚いとはいえない。

 足場が不安定でも、この状況ならミカレントにも攻撃のしようがある。


 手持ちの武装を波状剣フランベルジュから短杖キャストワンドに持ち替えて第二階梯の魔法を発動させる。


「これでブーストドレスも終わりよ。〔ボイルダート〕〔アドカウント〕」


 連続火球魔法で、エーンソフィの残った装束を剥ぎ取りライフゲージを減少させる。


 火球が燃やしたのは氷のドレスだけではなかった。


 焦げたビキニアーマーのトップスが中空を舞う。


「いやーん」


 エーンソフィが腕を交差して胸を隠すが、豊かな房は覆いきれず腕の上下からはみ出してしまっている。


 ミカレントが慌てて謝る。


「ごめん。やり過ぎちゃった」


「大丈夫ですわ。本日二度目のじゃーん、です」


 腕を広げて胸を晒すエーンソフィ。

 これには会場も盛り上がざるをえない。



『エーンソフィ選手はビキニアーマーの下にニップレスを装備していました。

 それも雪晶模様です』


『これは嬉しいサプライズ。気合いが入ります』


『それは選手たちがでしょうか? 学園長がでしょうか?』


『両方です』



 ピィーッ! ピッピッ、ピィーッ!!



『主審席マリネル・テレンジー嬢、頬を膨らませ腕振り&ホイッスル連呼。

 エーンソフィ選手は危険行為の注意が二度目となり、後がなくなりました』


「カップサイズならマリネルさんの方が大きいですのに。

 この程度で警告とは、さすがに理不尽ではありませんか?」



 ピィピッピッ、ピィーッ!



『なぜか審判が涙目になっています』


『おそらくエーンソフィくんの言葉が嘘ではないのでしょう。

 これはマリネルくんの公式試合が楽しみになりましたね』


 淡々とした実況と喜色を隠さない解説役の学園長。



 対してミカレントは激怒した。


「一瞬でも申し訳ないと思った私の良心に謝りなさい。

 この色情変質者!

 第三階梯〔ファイヤーボール〕!」


 怒りの攻性魔法が放たれる。


「〔ホップ〕で防御ですわ」


 一本の氷柱が伸びて〔ファイヤーボール〕を防ぐ。


 魔法攻撃の結果は相殺そうさつだが、炎の姫君はある事項に気がついた。


「この氷の柱だけど、案外と脆いのね」


 ミカレントは炎球で破壊した氷の柱が土台ごと消えていることを見抜いていた。その箇所からもう一度氷の柱が出て来ることはなさそうだ。


「ふっふっふー。

 わたくしは多少欠点を抱えても長所があるなら躊躇なく選択する性分なのです」


 隠すものがシール一枚の胸を張って氷の妖精が自慢する。

 〔クリスタルアプソープション〕や〔ヴァクラヴィリンス〕は強力な魔法だが、弱点が見つかりやすく打破しやすい。


 その分、魔法階梯の高さと展開の速さを両得りょうとくしており、試合開始から力任せで強引に押し切る戦法を取っていた。


「とはいえ簡単に破壊できるほど、この氷が柔らかいわけじゃないんだよな」


 氷の谷でダドリーと武器の打ち合いしているロウが呻く。


 殴打の応酬での旗色が悪いのは黒髪騎士の方だった。


 まずライフゲージの残量が違う。正攻法の正面衝突では、ライフゲージが短いロウが押し負けるのが目に見えている。


 さらに氷柱に囲まれていて、一旦離脱しての仕切り直しが出来ない。


 氷の柱は破壊が可能だが、あれはミカレントの火力があってこその台詞だ。

 一回だけ武器を当てた程度では割れてくれない。近接戦闘しながらでは、まず無理だ。


 トドメに、エーンソフィが予測通り魔力も底をついている。先程の壁上りで打ち止めだった。


 まさか第九階梯の迷宮魔法に、新しく編集機能を搭載してくるとは。


 完全に一本取られた。


 ただし新技の〔ホップ〕〔シュート〕も欠点はある。追加詠唱アドワードで有りながら術者の行動を制限している。

 エーンソフィは〔ヴァクラビリンス〕を唱えてから、迷宮の変更以外の魔法を使っていない。

 氷晶の増幅器を一基余らせていながら、ミカレントに攻撃されるままだった。

 〔ファイヤーボール〕さえ氷柱で防いだ。


 ここまでは解っているが、コバック・ロウから氷の妖精フラウになにができるわけではない。


「いかんな。真剣に打つ手がない。

 暫くは粘ってみるが、後は頼むぜ。ミカレント」


 頼られたミカレントは嬉しそうに笑う。


「まったく、仕方ないわね」


 屈んで片膝をつき、波状剣フランベルジュを抜いて短杖ワンドキャストとの二刀流にする。


「第五階梯の炎よ舞え。

 碧き海路の国より出でる焔が謳う。

 瞬きは永遠とわに、羽撃きは紅蓮に」


 魔法の炎がミカレントの目の前で卵型にまとまりだす。


「またまた〔シュート〕アンド〔ホップ〕ですわ。

 対応速度ならこちらが上です」


 ミカレントの詠唱を聞いたエーンソフィは、彼女がいる氷柱を下げ周りの柱を上げて囲みこんだ。


 昨日の決闘でロウの第五階梯魔法に対抗して使おうとしていた魔法だ。

 校舎の窓から覗き見ていたエーンソフィはしっかりと覚えていた。


 炎の壁で仕切られた相手に届く魔法であり、呪いの爆発に対して楯にもなった高度な柔軟性も持っている。


「それなら氷柱で封じ込めてしまえばよいのですわ」


 ふんすっと勝ち誇る氷の妖精フラウだが、得意げな表情は一瞬で溶けた。


「炎翼よ、全てを焼き払え!

 〔フェニックスウィング〕!」


 氷の中心から天に向かって赤い翼が生え立つ。

 翼は左右に拡がり横薙に迷宮を破壊する。

 柱一本毎ではない。半径4メートル以上の広い範囲が根こそぎ折り倒される。


 倒された柱の真ん中に、両腕を炎の翼に変えたミカレントがいた。


 エーンソフィは炎の魔法の真意に気がつく。

 あれは単純な範囲魔法ではない。

 腕を炎の翼にする持続性のある付加魔法系統エンチャントマジックだ!


「さあ、反撃よ!」


 ミカレントが氷の妖精に向かって進み、翼腕を伸ばす。


「〔ホップ〕〔ホップ〕〔ホップ〕ですわー」


 エーンソフィはミカレントとの間にある柱を連続で立ち上げるが、全てが炎の羽撃きに砕かれてゆく。


 〔ヴァクラヴィリンス〕は〔フェニックスウィング〕との相性が致命的にまで悪かった。


 ついに炎の姫が氷の妖精の乗る氷柱を叩き折り、地面に引きずり下ろす。

 そのまま着地の瞬間を不死鳥の羽根で捉えた。


「妖精の悪戯もこれまでよ!」


「きゃぁーーー!」


 左右から炎の腕に挟まれ、防御力の薄いエーンソフィのライフゲージが一気に減る。



 武器組は魔法戦を横目に打ち合いを続ける。

 二人が戦っていた空間は、ミカレントの炎翼によって魔法戦組と繋がっていた。

 今なら駆けつけることも出来る。


「パートナーがピンチだぞ。新入生はどうする?」


「先に貴方を倒します」


 ダドリーは目の前の相手に注力すると決めた。振るう斧に力を加えて、ロウにとどめを刺しにいく。


 ギリギリでスイングを避けたロウは、〔エンチャントウエポン・アイス〕の付加ダメージを受けつつも、左腕を地面に付けて肩の大袖を揺すり鳴らす。

 大袖に魔力を通し、魔法を発動させた。


「残念だが、その願いは叶わない。

 新しき島は影をく。

 第二階梯〔シェード〕〔マキシマイズ〕〔ボイドスワンプ〕!」


 二人が立つ地面に広げられたのは、これまでの薄膜ではなく光を遮る濃さを持つ影だった。



『ここで影使いの異名で呼ばれるロウ選手の十八番おはこが出ました』


『簡単な流体抵抗の魔法でありながら、最大化することによって戦術級魔法と同等の威力を発揮する使い方ですね。

 これでダドリーくんの脚が止められました。

 パートナーのフォローどころか、近接戦闘も不利になります。

 ロウくんはいつもながら戦い方が巧みですね』



 解説のトジェジセ学園長が言うとおり、ダドリーの脚は影によって地面に接着され動かせない。


「この程度……。ふぬっ!」


 力任せに片足を引き剥がすが、一歩動かしてもまた濃厚な影の沼に脚を戻すだけだ。


 ロウはダドリーの行動に呆れていた。


「いやはや、普通のヤツなら脚を上げることすらできないんだが……」


 言っている本人は、影の上を軽々と歩きダドリーに一方的に打撃を加える。

 実は影の歩き方にはコツがあるのだが、もちろん口外などしない。


 ロウの攻撃を斧で受けたり、鉄籠手で弾いたりして耐えるダドリーが歯噛みする。


「エーンソフィさんは魔力が尽きたとおっしゃっていましたが、あれは読み違えでしたか」


「いいや。俺の魔力はもう無いぞ。

 これは左肩の鎧が影魔法専用に魔法具化キャスターされているお陰だ。

 本来の用途は矢避けだが、暗幕はこういう使い方も出来る」


 あと口にはしないが、魔力に関しては試合前のドーピング効果もあった。

 苦い薬を飲んだ甲斐があったのだ。


 エーンソフィのライフゲージを残り僅かにしたところで、炎の翼がかき消えた。


「ふぅ、助かりました。

 強力な炎の翼ですが、代償に持続時間はそれほど長いわけではないようですね」


「でもこれで、あなたとわたしの間に迷宮の柱は残っていないわ。

 大人しく切り刻まれなさい」


 ミカレントは波状剣フランベルジュを構えて、エーンソフィに斬りかかる。


 炎の翼と同じタイミングで影の沼も消えた。

 ロウが魔力欠乏による小さな頭痛に苦笑する。


「うーん。最後のカス魔力じゃ、これで限界か」


 攻めるのを止めて相手との距離を置く。


 ダドリーも一歩退いて氷が付加された斧を構え直す。

 ライフゲージは四人の中でニ番に長いが、短くないとはいえない。

 一番ライフゲージが長いのはミカレントだ。

 それでも半分を下回っているからエーンソフィに逆転の目がないわけではない。


 睨み合うロウとダドリーは、残った氷の壁を考えながら有利の位置を取ろうする。

 じりじり靴底と地面をすり合わせ、目で見てわからない程度に少しづつ移動する。


 先に走り出したのはコバック・ロウ。

 ミカレントと連携して接近戦でエーンソフィを落とすことを選んだ。

 一直線にパートナーへと向かう。

 ダドリー・ルトン・ゴカテケスルも後を追う。


 3人が合流することを見たエーンソフィ・カル・ホホディットは、悪戯を思いついた妖精の顔になった。

 波状剣フランベルジュを軽やかに避けながら魔法を準備する。


「ダンサ・タクナ・サーラ。

 セラセ・シックハ・ムポリ。

 テンテニ・ザーサール。

 氷海に漂い吹き荒ぶ母よ、ここに契約を果たせ。

 娘ホホディットの身に依り、雹雪ひょうせつの噴水を遣わせ賜え。

 園庭の空に揺らぎ舞う、第六の水輪すいりんを!」


 掲げた杖の先に氷が固まりだし、急激に巨大化してゆく。


 走りながらロウは慌てた。


「ちょっと、おい。まてこら!」 


 エーンソフィが唱えているのはの広範囲無差別攻性魔法。

 ただし少しクセがあるものだ。


 黒髪騎士は魔法の範囲に入らないよう脚を止めようとしたが、後ろに感じる存在感に進まざるを得ない。

 ここで立ち止まって後に続く巨漢騎士に体当たりでもされたら、ライフゲージが全損してしまう。

 前進するしかない。


 氷の妖精が全員を射程に収めたことに満足しながら、真っ白な雹球となった魔法を頭上に打ち出した。


「最後は運試しといきましょう。

 第六階梯〔ヘイルファウンテン〕!」


 上空の雹塊が爆ぜ降り注ぐ。

 範囲内に、不規則に。


〔ヘイルファウンテン〕の特徴は、このランダム要素。

 攻撃力が範囲内で一定せずに偏る魔法だ。


 範囲攻性魔法に巻き込まれた場合、ライフゲージが低い者ほど不利になるが、この雹雨は運が良ければダメージを受けずに済む。

 ……今回の術者のように。


 競技場の大型掲示板に決闘競技デュエルの結果が表示される。

 勝者、エーンソフィ・カル・ホホディット。

 他三名はライフゲージ損失による敗北。



『これは意外な展開か、はたまたいつも通りの看板を出すべきか。

 最後は魔力と運に物を言わせたエーンソフィ選手の一人勝ちです』


『実力的に順当な結果といえば、それまですが。

 エーンソフィくんの場合は遊びが過ぎる部分がありますからな。

 今回は本当に幸運が味方したといえるでしょう』


 実況と解説が試合を締めくくる。



 氷水に濡れた競技場で、普段から強運のエーンソフィがVサインを掲げる。


「かぁちまぁしたぁー!」


 一方でまとめて撃破されたダドリーは困惑顔だ。


「どうして自分まで……?」


 一番ダメージが多かったミカレントが、自分の身体を抱きしめて震える。


「さっ、むーい!」


 ロウも鎧に付いた霜を払いながらぼやいた。


「腑に落ちない最後になったな……」

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